消えゆく日常
中編です。だいたい11話前後で完結する見通し。
「私、ユートと結婚する事にしたからもう気安く話しかけたりしてこないでね」
そう言ってきたのは俺の幼馴染のミナだ。前まであんなに仲が良かったのに、今はこんなに俺を蔑むような目で見てくる。なぜこんな事になったのか。
あれは数ヶ月前の事だ。俺はいつものように村で他愛ないが確かに楽しい日常を過ごしていた。
「ねぇローシュ。ついに今日だね」
ミナが出発の準備をしていた俺にそう言ってきた。
「うん、“鑑定”の日だ」
鑑定とは、齢15を迎えた者が神父様から神のお告げを告げてもらい、“スキル”と呼ばれる特殊技能を授けてもらえる儀式の事だ。
ちょうど今日が俺達の儀式の日。いったいどんなスキルが貰えるんだろう。
「いいスキルが手に入るといいね」
「そうだな。レアスキルなんて手に入ればそれだけで一生安泰だし」
「そしたら私ローシュに養って貰おうかなぁ」
またこいつはそういう心臓に悪い冗談を……。
そう思ってミナを見ると目が合って、彼女の顔が真っ赤になっていた。
え? 何今の表情。もしかして案外本気だったり?
「な、なんてね? もう、ローシュ本気にした?」
取り繕うようにミナはそう言う。
やっぱりこういうことは男の俺が覚悟決めなきゃ駄目だよな。
俺はミナの目を見つめた。彼女もそれに気づいて、赤い頬のまま俺を見る。
「本気になるよ、俺だって」
「え?」
「好きだ、ミナ」
言った。言ってしまった。時が止まったかのように感じる。鼓動がうるさい。
ミナは俺のその言葉を聞いて、少しの間の後、何故か涙した。
「え、ミナ。な、なんで泣いて。そんな嫌だったか?」
「馬鹿! 嬉しいからに決まってるでしょ! もう、鈍感!」
「そ、それって」
「私も好き! 好き好き好き!」
そう言ってミナは俺に抱きついてきた。
ま、まじか。本当に告白成功した? 全然実感が湧かない。
けど嬉しい。本当に嬉しい。今俺は人生で一番嬉しいかもしれない。
そんな事を思いながら俺達は鑑定を受けに行くために他の子供達と一緒に馬車に乗り、“聖堂”へと向かった。
聖堂の中は15になる子供達が50〜60人ほどいる。そして最初の一人が神父様のいる壇上へと上がった。
神父様は何か詠唱のようなものを呟くと、持っていた一枚の紙切れが輝きだした。そしてその紙を見てこう言った。
「神は仰った。汝、“戦士”なり」
「あ、ありがとうございます!」
そして持っていた紙を少年に渡す。
戦士、一般的なスキルだが悪くない。戦いに向いた力が手に入り兵士になる為には必要条件になることが多い。
その後次々と子供達は鑑定を受けていった。今のところ際立ったスキルを授かった子供はいない。
次はいよいよ俺の番だ。いいスキル、出てくれよ、頼むぞ。
そう思いながら俺は壇上に上がる。神父様が紙に祈りを込めると、紙には文字が浮き出てきた。そして神父様がそれを読み上げる。
心臓が高鳴る。頼む!
「神は仰った。汝、“無警戒”なり」
だが神に俺の祈りは届かなかったらしい。無警戒はハズレ中のハズレスキルだ。なんてったって効果は簡単。“人に警戒されにくい”、これだけだ。
こんなハズレスキル、周りから笑われる。ていうか既に知らん奴らが笑ってるし。
俺はトボトボと壇上を降りた。次はミナの番だ。すれ違い様にミナと目が合った。彼女は俺を心配そうに見つめていた。
ああ、俺の救いはお前だけだ。けどこれでお前が良いスキルなんか取ったら……。
……今、俺は何を思ったんだ? 今俺は、ミナが良いスキルを取らない事を祈ろうとしてた。最低だ……!
自分で自分が嫌になる。ごめんミナ。
そんな事を考えていたらミナのスキルが読み上げられた。
「神は仰った。汝、“剣姫”なり」
「えっ?」
周囲が一瞬でざわついた。もちろん俺もだ。
剣姫だってっ?
剣姫は、魔王を討ち亡ぼす勇者の仲間となる者のスキル。レアスキルなんかより遥かに格上の伝説級スキルだ。
これはとんでもない事件だ。まさかこんな片田舎から剣姫のスキルを持つ人が出るなんて。しかもそれがミナだなんて。
訳も分からぬまま、ミナは壇上から降りようとした。だが子供達が伝説のスキルを持つ者を近くで見たいと押し寄せていった。
ミナが危ない!
俺は人を掻き分け、ミナの元へ行くと彼女の手を取って、聖堂から出た。
「ロ、ローシュ! ありがとう」
「はぁはぁはぁ。いいんだ、そ、それよりミナ。剣姫って……」
「わ、私もびっくりよ。けど私がなんであってもローシュは私に変わらず接してくれるよね?」
ミナは不安げな顔をして問いかけた。俺は即座に答えた。
「勿論。ミナはミナだよ。あ、でも逆に俺は無警戒なんてスキルだったんだけど……」
「ローシュはローシュよ。大好きなローシュ!」
そう言ってミナは俺に抱きついた。
俺は自分が恥ずかしい。一度でもミナを妬んだ自分が。
そんな事を思っていたら俺達の方に走って向かってきた。
いったい何の用だろう。
俺はミナを庇うようにして立った。
「はぁはぁ。こんなところにいたのか。ミナ殿、だったかな? あなたは聖堂に戻ってもらわないと困ります」
「な、なんでです?」
ミナが俺の後ろから怯えた声でそう聞く。
「この後あなたは勇者殿と会っていただかないといけないからです」
「ゆ、勇者?」
思わず俺も驚いてしまった。
勇者は5年前王都で勇者召喚の儀により異世界より呼び出されたらしい。そして勇者は今20歳である。
彼は5年前に見つかった伝説のスキルを持つ少女2人とともに魔王討伐の旅に出た。
その少女2人が持つスキルは“弓姫”と“杖姫”。弓は文字通り弓使いで杖の方は魔法使いだ。だが後1人、伝説によれば“剣姫”がいるはずだったのだが見つからなかった。
そのため勇者達は剣姫不在のまま旅に出た。しかし勇者は3人の“姫”がいてこそ真の力を発揮するらしく、戦績は芳しくなかった。
そんな中ミナが剣姫だと発覚したのだ。おそらく勇者はミナを仲間に加えるつもりだろう。
ミナにそんな危険な真似はさせたくない。
「あ、あの、その場に俺もいていいですか」
俺は神父様にそう尋ねる。
「ああ、別にいる分には構わないが……」
「ありがとうございます。ミナ、俺がついてる」
「う、うん。ありがとう」
ミナがきゅっと俺の袖を掴んだ。俺がなんとかしないと……!
聖堂に戻ると、さっきまであんなにミナに近寄ってきていた子供達が落ち着いて座っていた。どうやら何か注意されたようだ。
とはいえやはりミナに視線が集まっている。
俺達は少し離れたところに座り勇者が来るのを待った。そして待つ事20分程で勇者は現れた。
煌びやかな装飾を施された武具。そして男の俺でもわかる整った顔立ちの勇者が、壇上に上がった。
途端座っていた子供達が歓声をあげる。
そして勇者に続いて弓を担いだ美女と杖を持った美女が壇上に上がった。再び歓声。
実は俺も少し高揚していた。勇者達は子供なら誰だって憧れる。そんな人達が目の前にいるのだ。少しくらいはしょうがないだろう。
「やぁ、こんにちは。俺が勇者のユートだ。後ろにいるのが仲間のヒナとレナ。今日は喜ばしい事にここに新たな仲間が加わる事になる」
そう言って勇者はミナの方を見た。
そして、こちらへ歩いてくるとあろうことかミナの手を取り、立ち上がらせようとした。
ミナは嫌がっているようにみえる。
俺は思わず勇者の手を掴む。
「嫌がってるだろう!」
勇者は俺を見た。
「なんだ? お前。この子は今から俺と一緒に世界を救いに行くんだ。邪魔しないでくれ」
「そ、そんな勝手に決める事ないだろう! ミナの意思とかもちゃんと聞いて……!」
「お前馬鹿だろ。世界が懸かってるんだぞ? 世界。わかるか? この子の意思なんて関係ない。剣姫が発現した時点でこの子は運命に見初められたんだ。この子には世界を救う“義務”がある!」
「け、けど……」
「じゃあ何か? お前が代わりに世界を救ってくれるのか? ああ? 無理だろうが。雑魚は黙ってろや。おら」
勇者は何事か俺に手をかざした。すると俺の身体はあっという間に急に現れた光る紐のようなもので縛られてしまった。
俺は身体の自由を奪われ、その場に芋虫のように転がる。
ミナがそれを見て立ち上がった。
「や、やめて! ローシュに酷い事しないで!」
「じゃあほら、こっちに来て。壇上でみんなに挨拶するんだ。今から君は俺と一緒に旅に出る仲間なんだから」
「わ、わかったわ」
「ミ、ミナ!」
「ローシュ。ごめんね、ちょっと待ってて」
そしてミナは勇者とともに壇上に上がった。
駄目だ、そこで宣言してしまったらもう魔王討伐に行くしかなくなるんだぞ!
だが勇者は俺が何か言うのを防ぐためか、俺の口にまで光の紐を巻きつけた。俺は何も喋ることができない。
「みんな、見てくれ! これが俺が探し求めていた最後の仲間。剣姫だ! さぁ、みんなに挨拶を」
ローシュはミナを前に出して宣言させるようにした。
ミナは俯いて、迷っている様子だった。そんなミナに勇者は呟いた。俺には聞こえたが聴衆には聞こえないくらいの大きさで。
「世界を救わないとあそこにいる彼も死ぬぞ」
なんて汚い手を。
ミナは呆然とした目で俺の方をちらりと見ると決心したように宣言した。
「私、ミナ=リーパックは勇者ユートとともに魔王討伐の旅に出る事をここに誓います」
周りからは歓喜の声が鳴り響いた。そしてその瞬間、俺は見た。勇者が俺の方を見て、静かに卑しい笑みを浮かべたのを。
そのあとはトントン拍子で進んでいった。その日のうちに旅の支度をすませるという事でミナの両親は泣いて喜んで旅の支度をしていた
そして軽い旅の支度を終え、勇者達も俺達の村に迎えに来ていた。ミナは最後に俺と話をした。
「ローシュ、こんな事になって……私は、ううん。泣き言言っても仕方ないね、すぐに魔王とかいうの倒して戻ってくるから」
「ああ、俺は凄く寂しいよ。無理しないでね」
「うん、毎日手紙を送るから。だから、ね。帰ってきたら……」
頬を染めるミナを見て俺は察した。
「うん、そしたら結婚しよう」
「うんっ!」
ミナは俺に抱きついて、そして俺に口づけをした。周りの人達は少し驚いてたが俺は気にしない。
そうしてミナは旅に出た。