プロローグ3
「君は夢の中の.....どうしてここに?そもそも一体君は何者なんだ?」
自分の部屋に突如として少女が現れたら、かてて加えてその人物が夢で出逢った者であるなら。なべての人はまず喋ることもままならないであろう。しかしながらこの青年、周章狼狽せずにいられるのは何故か。それは彼にもわからぬことであった。畏怖の念など微塵も抱くことはなく、むしろ安心感すら湧いてくるようだ。
「紅葉と申し上げたはずですよ、陽佑様。」
「俺は名前を教えた覚えが無いんだけどな。それに俺が聞きたいのは君の名前じゃなくて君の正体というか、素性というか」
「教えてもよろしいのですけれど。その前に...」
「?」
「私のことは紅葉とお呼びくださいな。君君と代名詞ばかり使われましても、気分の良いものではありませんわ」
どうしてか鳥渡拗ねたような口調でそう告げる紅葉。
「ああ、それもそうか。じゃあ紅葉、そろそろ話をしてくれないか?」
紅葉は満足げに微笑みながら
「ふふふっ。それではまず私のことについて。もう薄々お気づきかと思いますが、私は人間ではございません。所謂物の怪の類に相当します。」
「物の怪、か。まあ信じざるを得ないよなあ」
「物わかりの良い方は好きですわよ」
普通の人間ですなどと言われた方が大変なことであろう。釜宮はさほど驚いた様子もなく受け入れる。
「それで、そんな物の怪の君が俺に何の用だ?俺はごく普通の人間だぞ」
「......」
「く、紅葉は俺に何の用があるんだ?」
頬を僅かばかり膨らませ、双眸を細める紅葉に可愛らしさを感じるも、同時になんとも言えぬ戦慄が背を撫で上げるので釜宮はその名を直様呼び直す。
「単刀直入に申しますと、私と一緒にとある場所を探してほしいのです」
「うーん、よくわからないな。どうして俺なんだ?さっきも言ったが俺は普通の人間だし、妖と関わりのある家系でもないと思う。俺を連れていったところで役に立つことなんて一つもないんじゃないか?」
「それは...」
途端に口篭る。暫しして
「理由はまだお話できませんが、とにかくあなた様でなくてはならないのです。」
「もし俺が行かないと言ったらどうするんだ?」
「そうしたらそれまでですわ。私が死ぬだけです」
至極当然という風に話す紅葉。でもその面貌はどこか憂いを帯びていて。
「そんな顔されたらこっちが悪者みたいじゃないか......でも実際問題、行くのは難しい。俺は大学にも通わなければならないし、家族にだって何と話せばいいか」
「その点については問題ありません。私がなんとか致しましょう」
「どうやってだ?」
「何、少しばかり皆の記憶を弄るだけです。妖であればこの程度は容易いことでございます」
「やれやれ。なんでもありだな。わかったよ、一緒について行ってやる」
あまりの決断の早さに紅葉も驚いたようで
「本当によろしいのですか?一日二日で済む話ではありませんよ?ともすれば年単位ということも...」
「構わないよ。俺の世間体については紅葉が上手くやってくれるんだろ?それなら何も問題ない」
何を隠そうこの釜宮陽佑、もう弱冠近いにもかかわらず、心のどこかで非日常的なものを望んでいたのだ。こんなシチュエーションは彼にとってまさに棚からぼた餅。図らずも紅葉と釜宮の利害が一致した訳である。
「さて、それじゃあいつ出発するんだ?」
「無論、今からでございましてよ」
莞爾として微笑みながら紅葉は告げた。