09
年長クラスのトップ、それ即ち幼稚園のトップ。
有名人となった俺は周りからどこぞの女王のような扱いを受けた。別に敬語を使われているとか様付けで呼ばれているとかじゃない。話し方は今まで通り対等だ。
変わったのは幼稚園での過ごし方で、俺が遊具に近付くと人が消えるようになった。神隠しではなく、それまでその遊具で遊んでいた子が俺を見るなり自発的に姿を消していくのだ。
こちらは何も言っていないし、使っているなら順番待ちをする予定だったのに皆「あ、もういいかな」と呟きながら立ち去っていく。なにこれ絶対おかしい。
由貴ちゃんやいつも一緒にいる他の子達は並ばずに使えて嬉しいみたいだが、俺としてはどうだかなーっと。
よく見ているとどの子も俺に対して怯えているわけではないようで、単純に「ボスが来たから場所譲らなきゃ!」な思考らしい。一応、幼稚園児なりに上の者に敬意を払っているわけだ。そんなことしなくていいのに。
おままごとでもずっとお母さん役だったのに何に気を使ったのか『隣国のお姫様』という役を与えられた。世界観おかしいだろ。どうやって話に食い込めばいいんだ。
これが普通の幼稚園ならこんなことにはならなかっただろう。
下手に金持ちの多い幼稚園だったからこそ自分の家より金持ちイコール偉いの図式が成り立ってしまったのだ。そこで相手に敬意を払うあたりお育ちがよろしいというか何というか。
ゲームの白峰百合香も幼稚園の時はこういう感じだったのかな。
「おかえり、誠君が遊びに来てるわよ」
幼稚園から直行した習い事を終えて帰宅すると出迎えてくれた母にそう言われた。
来客用の部屋へ向かうと誠はソファーに掛けていて、傍にはお手伝いさんが控えていた。
あの魔女のような誠ママの姿は見えない。どうやら置いていかれたようだ。
誠はお腹は空きませんか、というお手伝いさんの問い掛けには答えず、生後20日の子犬か?ってくらい震えていた。その姿に男の子の方が母親と離れるのを嫌がる、という話を思い出した。
「まことー」
名前を呼びながら部屋へ入ると震えがぴたりと止まる。琥珀色の目がこちらを見た。
「お帰りなさいませ」
「ただいま!」
お手伝いさんにぶりっ子モードを発動していると誠がソファーから降りて俺の方に近寄ってきた。そしてきゅ、と俺の服の裾を掴む。可愛いじゃんか。
気分は弟を持ったお姉さん、というより息子を持った父だ。いきなり性別が変わって申し訳ないが男として歩んだ人生の方が長いのでそっちに引き摺られてしまう。
とりあえず俺の部屋で遊ぶか、と誠に裾を掴ませたままずんずん進んでいく。
「そういえばさ、誠ってどこの幼稚園通ってるの?」
「……えっと……みどり…」
「みどり?みどり幼稚園?」
「みどり……なんとか」
「なるほど」
覚えてないのか。
誠は現在、花霞とは違う幼稚園に通っている。同年代で目立つ容貌なので攻略キャラっぽいのだが、仮にそうだとしたら学校はどうなるんだろう。小学校から花霞かな?
まあ、もし攻略キャラなら高校生の時点で花霞にいればいいのでそれまでは別の学校でも問題ない。
それを言ったらヒロインの榛名なんとかちゃんはいつから花霞に来るのか。今のところ幼稚園に榛名という名字の子はいないのだが、高校から入学組かな。
色々考えていると黙ってしまった俺に後ろで誠が不安がっているのが伝わってきた。あ、ちゃんと相手してあげないと。
「今日は何にして遊びたい?」
「……なんでもいい」
「わかった、決めちゃうね」
そう言うとこくりと頷く。
年中さんになっても誠は相変わらず受け身だった。彼が自分から積極的にモノを言える日がきますように。
部屋まで来たものの今の俺は女の子。親に買い与えてもらった玩具はドールハウスやお人形の類で、着せ替えごっこなんてしても楽しくないだろう。
かといってお絵描きや折り紙など他の遊びもやりつくした。お手伝いさん総出で行ったかくれんぼはこの間俺が迷子になったので禁止令が出たし、どうしたものか。
そこまで考えて思いついた。そうだ、倉庫へ行こう。
部屋の近くにいたお手伝いさんに声をかけて誠と一緒に倉庫へ連れて行ってもらった。あそこなら一つくらいは何か面白いものがあるはずだ。
誠の手を引き、中の物を物色すると電車の玩具が出てきた。レールを好きに繋げて、上を走らせるやつだ。
俺も昔持っていたな、と懐かしむ。これいいな。
「それ、竜胆さんが使われていたものですよ」
「えっ……」
お手伝いさんに教えられて迷う。竜胆の玩具を俺が使っていいのかな。
いや、もう使わないから倉庫に閉まってあるんだろうけど、俺と竜胆ってあんまり関係良くないし、勝手に持ち出しちゃダメ……だよな?
うんうん悩む俺の服の裾を誠が強く引っ張った。
「これで遊びたい」
「よし、やろう」
竜胆?気にすんな。
折角誠が自分から遊びたいって言ってきたんだから使っちゃおうぜ。
でもちょっとだけ心配だったので遊ぶ時は部屋のドアを閉めておいた。