07
俺の5歳の誕生日、家族揃ってとあるホテルへ出掛けた。
そこは以前由貴ちゃん達と遊んだプールがあるホテルで、今日はそこの25階にあるフレンチレストランで食事をとるらしい。
5歳にしては品の良すぎるネイビーブルーのドレスを着せてもらった俺は、化粧も何もしていないのに人形のように美しかった。ナルシストで申し訳ない。
いつになくお洒落をして向かったレストランでは一組の親子が待っていた。
うちの両親より年上だと思われる夫婦とその子供らしい小さな男の子は、高級レストランに相応しい出で立ちで品の良さが滲み出ている。
旦那さんがうちの両親と挨拶をすると奥さんが俺にお祝いの言葉をくれた。
「百合香ちゃん、お誕生日おめでとう」
にっこり笑ったその女性のことを失礼ながら魔女のようだと思ってしまった。
赤い口紅のせいだろうか、泣き黒子のせいだろうか、それとも日本人には珍しい琥珀色の瞳のせいか。そう、琥珀色。
「さ、ご挨拶して」
「こんにちは……」
彼女に促され、息子らしい男の子は小さな声で俺にそう言った。
自然にできるとは思えない青みがかった黒髪に、彼の母と同じ琥珀色の瞳と左目の下の泣き黒子が印象的だった。
はい、また見つけた。
親切にも顔見せに出てきてくれたようだな、ゲーム関係者が。
その男の子は俺と目が合うと魔女のような母親の影に隠れてしまった。
「すみませんね、人見知りなもんで」
彼の父親は申し訳なさそうにそう言うと本人に代わって自分達の一人息子の桐生誠だと紹介してくれた。俺より一つ年下らしい。
両親からお友達になりなさいオーラを感じ取った俺は、一歩進んでこんにちはと挨拶をする。
「白峰百合香です。仲良くしてね」
なんだか小動物のように思えたので、できる限り優しく言った。
すると誠は母親の後ろからそっと顔を出す。だが、またすぐに引っ込んだ。あらら。
再度彼の父親が謝ってから席に案内され、食事が始まった。
なんで俺の誕生日に知らない親子と飯食うの?と思っていたらちゃんと説明があった。
彼らはこのホテルの経営者であり、うちの遠縁にあたるそうだ。普段はここの最上階で暮らしているんだとか。えー、いいな。
このホテルで誕生日を祝うことになったのは親戚付き合いの一環でもあるが、俺と誠を仲良くさせたいというのも目的の一つみたいだ。
「それにしても百合香ちゃんは人見知りしないのね。お利口さんだわ」
魔女のような誠ママは先程の挨拶を思い出したのか俺を褒めてくれた。
「習い事も頑張っているんですって?」
「ええ。百合香、何をしているかお話しして」
「今はバレエと水泳とピアノとバイオリンと英会話を習っています。最近はピアノのコンクールがあって、金賞をもらいました」
母に促されて言うと誠ママは「まあ、素晴らしいわ」と笑った。その言葉にいち早く反応したのは俺の父親だった。
「そうなんですよ。特にピアノは楽譜も見ないですらすら弾けまして。いやー、我が娘ながら天才かなと思っているんです」
やめろ親父、余所のお宅に恥ずかしいことを言うな親父。
ドヤ顔で自分のことのように語り始めた父に母も竜胆も呆れていた。
あのな、俺は一応ピアノ経験者だから年のわりに飲み込みが早いのであって、決して天才ではないんだぞ親父。園児用の課題曲なら余裕だが小学校上がったら絶対に詰むぞ親父。
父に心の中でツッコミ続けた。くそ、上手く笑えねぇ。
その後も周りが見えないのかテンションが上がったのか親バカトークが炸裂した。このおっさんこういう人だったのか。普段あまり家にいないから知らなかった。
恥ずかしくて堪らなかったが、親父とは娘に弱い生き物なのだから仕方がないと思うことにした。考えてみれば、俺も自分の娘に対しては親バカだったからだ。
当時2歳の娘が家の狭い廊下で「どーじょ」と俺に道を譲ってくれた時は幼いうちからこんな気遣いができるなんて天才だと思ったのをよく覚えている。いや、実際天才だよなあの子。
そう思っている間も話は続く。よくぞネタがあるものだ。
信じられない事に桐生家が特別優しい一家だったことと親戚とはいえ力関係は白峰家の方が上だったことから親バカトークを止める者は居らず、俺の誕生日は父による娘自慢で幕を閉じた。酷い。
主役は俺なのにほぼ父が喋り倒していた。確かにその話の内容は俺という天才についてだから主役に違いはなかったけども。
俺にとっては生まれてから一番楽しくない誕生日となったのだが、あれ以来誠が家へ遊びに来るようになった。
元々俺と誠を仲良くさせたかったみたいだし何も不思議じゃない。誠ママにも直接よろしくと頼まれた。
誠は身体が弱いのか、よく熱を出すので幼稚園も休みがち。両親が歳を取ってから生まれた一人息子でもあるため大事に育てられてきて、常に桐生家の大人が傍に控えていたからかあまり自分から人と関われず同年代の友達は殆どいないと言う。
それで俺と引き合わせたわけだ。息子を心配する誠ママの想いを汲み取った俺は、任せとけとばかりに親指を立てて誠と交流を始めた。
「誠は何して遊びたい?」
「うん……なんでも…」
「ふーん。あ、そうだ、シールあげる」
よく分からないが子供はシールが大好きだ。部屋にあるシール専用ファイルを取り出し、誠に差し出す。
男の子だから可愛いお姫様より新幹線とか飛行機のやつが良いだろう、と選んで渡せば「ありがとう」と口にした。これが交流開始3日目のこと。
誠は本当に人見知りで大人しく、母親の姿が見えなくなるとぷるぷる震えていて、ぶつかったら死ぬんじゃないかってくらい脆かった。思わず取扱注意と貼りたくなる驚きの脆さ。
壊れ物を扱うように丁寧に対応していたら、初めは喋ってくれなかった誠も少しずつこちらに慣れてきて、交流開始から3週間が経つ頃には俺を友達というより親とでも思っているのか後ろをとことこ着いてくるようになった。おいおい、可愛いじゃねーの。