03
幼稚園は年少~年長クラスがそれぞれ2つずつ。
制服は男子が紺色のブレザー、女子は紺色のジャンパースカート。揃いの帽子は子供の頭には大きく思えたが、大人の視点からはむしろ愛らしさを増長させているナイスアイテムだ。
幼稚園までは毎朝母と共に車で送迎してもらうことになった。バスも出ているらしいのだが、一緒にお喋りしたいという母の希望で車になった。そんなんでいいのか。
学校って送迎禁止のところが殆どだと思うのだが、花霞は大丈夫らしい。
大学まである私立校というだけあって幼稚園から通っているのは裕福な家庭の子ばかりでうちのような運転手付きの送迎は少なくないため、専用駐車場まで設けられている。
そんな家庭の奥様方は、元々お嬢様だったのか上品で洗練された空気を纏う方が多い。意外にも全身ブランド品で固めている、みたいな人はいなかった。かといって安物を着ているわけではなく、服は上質なものでちょっとしたアクセサリーや小物類にお金を掛けている、といった感じだ。
その中でもうちの母は一目置かれているようで、前世で熾烈なママ友虐めドラマを散々観ていた俺はカースト最上位にいるらしい自分の母に怯えた。いじめとかしちゃダメだからな。
さて、入園から数ヶ月後。
俺は早くも年少クラス『ひまわり組』のボスになりつつあった。
いや、別に何もしていない。俺は何もしていないはずだ。
大人ならいざ知らず、幼児じゃ相手の外見や家柄にそこまで左右されない。大切なのは一緒にいて楽しいか、嫌な子じゃないか。それだけだ。
前世の記憶を持つ俺には純粋さがないので子供らしく騒げない。
しかし幼児の中に入れば必然的に何をしても頭一つ抜けてしまうのだ。
例えば工作やお絵描きはクラスで一番上手い。鉄棒もすぐに出来たし、かくれんぼも得意。お片付けも無駄に早かった。
誰よりも落ち着いた性格でしっかりと会話ができるため、先生がいない時は代わりに揉め事の仲裁をすることもしばしば。
三つ編みや二つ結びも自分で出来るため、髪が解けてしまった子達を結び直してやったりもした。
おままごとではお母さん役を務め、放っておくとぐだぐだになるストーリーを進行させ完結へ導く。
といった具合に俺としては普通に過ごしていた。
結果、幼児としては普通じゃなかったためクラス中が俺を大人と遜色ない頼れるリーダーと判断し、何かあった時に指示を仰ぐようになったのだ。
まさかこんなことになるとは……これまでを振り返って渇いた笑いが出る。
ちなみに今は休み時間でクラスの子達と砂場に来ているのだが、一人に割れない泥団子の作り方を教えてやったら感動したらしく、他の子達にも話がどんどん広まり先生も加わって皆で泥団子作りが始まった。
この急速に一つの遊びが流行る感じってすごく園児っぽい。
砂場で黙々と泥団子を作るひまわり組が気になったのか、隣のたんぽぽ組の子達まで何の遊びかと覗きに来た。
君達はうさぎに餌をあげてたんじゃなかったのか。気にせずうさぎと戯れてなさい。
という言葉は声に出していないので届かず、人はどんどん増えていった。
気づけばたんぽぽ組も殆どの子が泥団子作りに参加しているらしく、砂場はかつてないほどの混雑を極めている。
こりゃすごいな、と流行らせた当人でありながら砂場を抜け出し、他人事のように眺めていると沢山の園児達の中で一人やけに目立つ髪色をした男の子を見つけた。
黒髪や茶髪の子達の中、その男の子は一人だけ銀髪だった。思わず二度見した。
な……!?え……?
状況が整理できずに混乱する。先生も含め周りの子達は黒か茶髪しかいないので余計に浮いて見えるのだ。
実際めちゃくちゃ浮いてる。出来の悪い合成かと疑ったが、銀髪の彼は間違いなくそこに存在していた。
たんぽぽ組怖……あんなファンキーなお子さんいるの?
と思ってすぐに自分の兄が浮かんだ。
も、しかして。
そっと近付く。
意外にも目は焦げ茶色と普通の色をしていた彼は、女の子のように可愛らしい顔をしていた。なるほど美少年だな。
続いて胸元の名札を確認すると『やまぶきともや』と書いてあった。
やまぶきは恐らく山吹と書くのだろう。日本人離れした頭髪で美少年。
恐らく彼もゲームに登場する人物ではないか?年齢から考えると攻略キャラの一人かもしれない。
確証はないが、3歳で銀髪ってことは地毛だろうし、少なくとも関係者の一人であるはずだ。これで違ったら逆に恐ろしいわ。
こんなところでゲームキャラを見つけるとは。
ちょっと吃驚したがここは幼稚園からの一貫教育校だし、主要キャラは俺と同年代のはずなのでいてもおかしくはない。
その『山吹ともや』君とは、案外早く話をする機会を得た。
ひまわり組、たんぽぽ組合同のお楽しみ会での出し物で同じ演奏グループになったのだ。
俺達は共に鍵盤ハーモニカ担当であり、一緒に練習をした。
「ねえ、ゆりかちゃんはなんのうたが好き?」
と、山吹君は可愛らしく首を傾げる。
彼は髪の色がちょっと特殊なだけの普通の子供だった。
「森の音楽家かな」
「ふーん。あのねえ、ぼくはもうはっぴーばーすでーを一人で歌えるよ」
「そうなんだ」
俺も歌えるよ。
とは言わないでおいた。にしても森の音楽家への反応があまりにも薄すぎないか?聞いておいてそれはないだろう。
しかし俺は精神年齢だけなら彼よりずっと上なので、にこにこと話を聞き続けた。
すると山吹君は一人で歌えると豪語したハッピーバースデーを披露し始めた。
突然の山吹リサイタルに面食らったが、途中で止めるのは野暮だろうと静かに聴いた。
所々つっかえていたし、音程をも外れていたが、幼稚園児なんだからこれだけ歌えれば十分だろう。
見事最後まで歌い終えた彼に拍手を送れば、彼の頬につう、と涙が流れた。なんで!?
「ど、どうしたの?」
「こっ、こん……こんなん……じゃ、ないっ!」
しゃくりあげながら言った。
どうやら歌の出来に納得がいかなかったようだ。ええ?上手かったよ。大丈夫だよ、泣くことないって。
そう慰めながら肩を叩くが、彼は泣き続けた。
他の子達からの視線が俺に突き刺さる。なんか俺が泣かしたみたいになってしまった。
ハンカチで涙を拭ってやりつつ慰めるが、泣き止む気配がなかったので先生を呼びに行った。子供って一生懸命だな。