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 7月になり、周囲が間近に迫った夏休みに浮かれる中、俺は初めて高等部校舎へ足を踏み入れた。

 高等部では毎年この時期に各学年で保護者総会と個別懇談会を行うそうで、竜胆が来年は3年生ということもあってうちの母も出席するという。その母に「高等部の校舎は綺麗よ」と誘われて俺も着いてきたというわけだ。

 まず学年ごとに大教室で保護者総会が行われ、その後に各教室で担任との個別懇談会となっている。

 保護者総会ではクラスごとに席が用意されており、竜胆のクラスの出席者は少なくすかすかだったので俺も遠慮なく母の隣に座らせてもらった。

 他も同じような感じで全体的に空席が目立つ。奥様方の会話に聞き耳を立てるとこの後の懇談会から参加するという人もいるらしい。長々と面倒なお話はパスってことね。

 親に着いてきた子供は俺だけではなく、幼稚園から中学生までちらほら姿を見掛ける。

 その子供達も含めて全員にお茶とケーキが配られた。フルーツがたっぷりのったそれは、高等部の学食の一つで提供されているものだとか。学食ってそんないっぱいあるの?

 俺は美味しく頂いたが、母は一口食べて残していた。口に合わなかったらしい。




「じゃあ、3時半頃に一階ホールの時計の前で待ち合わせね。わかった?」


 はい、と返事をすると母は懇談会のために竜胆の教室へ向かった。

 一緒に行っても良かったのだが校内を見て回りたかったのでここから別行動だ。

 廊下を歩いていると立ち話をしていた高等部のお姉様方が俺を見て「可愛い」と小さな声で言った。もっと大きな声で大丈夫ですよ。

 今日は土曜日だが登校している生徒は多い。大半がジャージ姿なのできっと部活動だろう。

 外は暑いし運動部がいるから行かない方がいいな。邪魔になるだろうし、体育館の近くも止めておこう。

 階段の近くに貼ってある各階の地図を確認し、行く場所と行かない場所を決めてから動き出す。


「にしても最近暑すぎるよな。そう思わない?」


 そしたらなんか変なお兄さんに絡まれた。

 気怠げな感じだがイケメンで背も高いので、すれ違ったらちょっと振り向いちゃうかもしれない。

 まるで以前からの知り合いのように気安く話し掛けてくるそのイケメンは、ついさっきまで2階の渡り廊下で女子に囲まれて話していた。

 ところが、そこに俺が通り掛かると急に馴れ馴れしく「てめー、捜したぞ節子ー!」と声をかけてきて戸惑う俺を妹と紹介すると「こいつと約束あるからじゃあね」と俺の手を引いて女子達とお別れしたのだ。妹じゃないし節子じゃないし。


 ドッキリかと思うくらい唐突な出来事だったので困惑したが、彼が自分を囲んでいた女子達から離れる口実が欲しかっただけだと何となく分かっていたので、騒がず素直に従った。目的を達成すれば勝手にいなくなるだろう。

 そう思っていたのに学校見学を再開した俺の後を何故かついてきた。ねえ、なんで?


「なー、アイスとか食べたくない?買ってやろうか」


「結構です……」


「あ、お兄ちゃん別に怪しいものじゃないから安心してくれな」


 安心できない。

 どうにも雰囲気が胡散臭い。イケメンだけどなんか信用できないというか……あれだ!この人目が死んでるんだ!

 死んだ魚と同じ目をしているイケメンは後ろから横へ移動し、歩幅を合わせてきた。


「今日は一人で来た感じ?あ、知ってる?ここトイレ。照明はセンサー」


「いえ、母が兄のクラスの懇談会に参加するので着いてきました」


「あー、なるほど。それで暇だから学校探索ってことか。高等部広いでしょ?ここもトイレ。個室が少ない」


「……そうですね。広いし明るいし綺麗だし、土曜なのに人も多くて賑やかですね」


「ああ、部活の奴もいるけど夏休み明けに文化祭あるからね。気合い入ってるクラスはもう集まってんだよ。あ、あそこもトイレな、広いから人気スポット」


「あの、トイレの紹介はもういいです」


 なんだこの熱いトイレ推し。

 高等部のトイレ事情に詳しくなっても仕方がないのでそう言えば「でも高等部ってトイレしか良いとこねーぞ」と返ってきた。流石に嘘だろ。


「マジであとは生徒会室くらいしか見所ないって。今日は3時過ぎたら会議で人いなくなるから見に行ってみれば?」


「そうなんですか?詳しいですね」


「俺も生徒会だからなぁ」


 人は見かけによらねーな。

 色々諦めて二人でのんびり辺りを見学していると実習室から人が出てくる。イケメンの知り合いらしく横を歩く俺を見るなり「えっ、雅之(まさゆき)の妹?」と驚いた顔で聞いてきた。

 俺が否定するより早くイケメンこと雅之さんが肯定する。

 この誤解を恐れない姿勢なんなの?なんかもう適当過ぎて怖いんだけど。



「節子、本当に俺の妹にならない?うちはアホの弟しかいなくてさー」


「お断りします」


「えー、節子が妹になってくれたら俺ももう思い残すことはないんだけど」


 死ぬのか雅之。

 階段を上がると外を歩く人が減った。しかし声はたくさん聞こえてくる。

 横から「ここ会議室だらけでつまらんよ」と言われた。そうなんだ、じゃあ別の階に行こうかな。

 ここでも階段近くに貼ってある地図を確認すると下から足音が聞こえてくる。

 誰かが上ってきたな、と視線を向ければ藤色の瞳がばっちり合った。げっ。


「あれ……」


「竜胆じゃん。見て、この子俺の妹の節子」


「お前こいつの妹だっけ」


「違いますね」


 雅之さんを指差す竜胆に対して首を横に振る。一応竜胆さんの妹ですね。

 俺達の会話に雅之さんは「もしかして竜胆の妹?」と頭を掻いた。察しは良いらしい。

 

「じゃあ百合ちゃん?」


「私の名前知ってるんですか?」


「そりゃ琴絵ちゃんに聞いたことあるし」


 琴絵さんって皆の情報源なんだな。

 由良少年と同じようなことを言う雅之さんは「そっかー、百合ちゃんかー」と竜胆の方を見た。竜胆はとても嫌そうな顔をしていた。この二人仲良いのか悪いのかどっち?

 ていうか竜胆も学校来てたんだ。部活には入ってなさそうだし、文化祭準備かな。

 気になっても直接聞けない俺の横で、雅之さんは腕を組んで暫く考え込むと神妙な面持ちで言った。


「でもさ、俺もう節子で覚えたからこれからは節子でいいよな」


 いや、良くねーよ。

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