02
転生から3年。
前世の記憶がある状態での赤ちゃん生活という羞恥プレイに耐えつつ、恵まれた環境ですくすくと成長した俺は3歳にして既に人目を引く美少女となっていた。
真っ直ぐで艶やかな黒髪に透き通るような白い肌、形の良い桜色の唇、長い睫毛に縁取られた瞳は綺麗な藤色。
鏡で自分の容姿を確認できるようになったと同時に、兄貴である竜胆とはあまり似ていない事に気が付いた。
瞳の色は同じだが、竜胆は金に近い茶髪でやや癖毛。吊り上った目のせいか俺よりもずっと冷たい印象を与えている。
俺達に共通する藤色の瞳も考えてみればおかしなものだった。日本人は普通こんな色にならないと思うのだが。
まあ、父親も同じ色の瞳なので遺伝だろう。もしかしたら父方の家系に外国人がいるのかもしれない。
しかし父も母も黒髪直毛なのに、竜胆のあの髪色と癖毛はどこから来たのか。隔世遺伝かな?
日本人離れした白峰家の人々の外見が不思議で仕方がなかったが、そんな風に色々考えるのも俺の幼稚園入園が決まってから止めた。理由を求めても無駄なことだと分かったからだ。
この度俺が入園することになったのは『花霞学園』という私立幼稚園だ。
幼稚園から大学までエスカレーター式の一貫教育となっており、幼稚園に入れた時点で自動的に大学までの片道切符を手にしたこととなる。
一応面接や行動観察もあったのだが、面接は好きな食べ物や色を聞かれたくらいで特に気負うこともなく普通に答え、行動観察も他の子達と仲良く遊んでいたら受かった。多分挨拶ができて元気が良ければみんな受かると思う。
うちは両親ともにこの学園出身で、竜胆も初等部に通っているので俺がそこへ行くのは当然のことだった。
花霞学園、それはあの白峰百合香やヒロイン達が通っていた学校の名前でもある。ゲームの舞台はその高等部だった。
……やはり俺は乙女ゲームの『白峰百合香』として転生してしまったらしい。
正直まだ信じられないのだが、名前も外見も学校名もここまで一致してしまうと流石にもう偶然とは言い切れない。
ゲームの世界だと思えば、不思議な部分も説明がつくのだ。
そう、俺達の外見設定はフィクションだ。兄妹とか遺伝とか細かいことは気にするなってやつだ。現実通りの色にすると画面が地味になるから突飛な色を与えて華やかにしようというやつだ。
いや、しかしそうすると竜胆には華がありすぎないか?学園のマドンナ(になる予定)の俺を差し置いて、あの明るい配色はなんだ?
実は竜胆もゲームに出てくるキャラだったのか?記憶を辿るが、思い出せない。
もしゲームキャラの一人だとしたら、彼はどんな立ち位置になるのだろう。
学園ものの乙女ゲームでヒロインの兄ならともかく、サブキャラの兄なんてわざわざ出す必要あるのか。
しかも年も離れている。確か今5年生だと母が言っていたから俺の8つ上だ。
高等部に上がる頃には24歳、立派な社会人。
うーん、俺が知らないだけでサブキャラの年の離れた兄貴って学園ものだと定番キャラだったりするの?大人の魅力が素敵!みたいな……大人の魅力?
ここで閃いた。攻略キャラの一人、だったりして。
美形で俺より配色明るいし、ありえないことではない。家も金持ちだし、一応キャラは立っている。
未成年相手にするなんて犯罪じゃね?と思わなくもないが、ゲームってことでとりあえずそこは目を瞑ろう。
うん、ありえない話じゃないな。
百合香以外の登場キャラの名前が分かれば確信が持てるのだが、残念なことに一人も覚えていない。うちの妹は百合香推しで彼女の情報以外はまともに教えてくれなかったのだ。
かろうじてヒロインの名字が榛名だったのは知っているのだが、妹がヒロイン=自分タイプで下の名前だけ本名を入力してプレイしていたためフルネームは分からなかった。
……厄介なことになったな。
竜胆がどうとかじゃない、俺の今後についてだ。とてもじゃないが自分が白峰百合香のようになれるとは思えない。
俺はあんなに人に好かれる人間じゃない。自分を嫌な人間だとは思わないが、物凄く良い人間だとも言えないのだ。
誰に対しても優しくなんてできないし、気に食わない奴がいたら悪口だって言ってしまう。よくいる普通の人間だ。
百合香が学園のマドンナと言われ周りから慕われるのは、家柄や美しい外見だけでなく彼女の性格に因るところが大きいはずだ。
他人に好かれる人は外見的にも内面的にも魅力的なものである。俺はそんな人間になれそうにもない。
今は3歳ということで毎日自由に過ごしているが、きっとこれから色んな習い事や学校以外での勉強が始まるのだろう。
大きな家のお嬢様なんだから、どこに出しても恥ずかしくないように教育するんだろう。そこは親の評価にも繋がるから、出来る限り頑張りたいとは思う。
けど、元の性格はどうなる?人格は育った環境によって変わるが、俺は前世の記憶があるから今更変わるとは思えない。
しかも元男だ。お淑やかで可憐なお嬢様なんて柄じゃない。
答えはすぐに出た。
決めた。好きに生きよう。