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あのビビられ方を見ると竜胆って実は友達がいないんじゃないか、と心配になった。
仲が悪いとはいえ俺も妹だ。血を分けた兄貴が学校で孤立なんて可哀想じゃないか。
バレエ教室のロビーで一応お友達だと思われる琴絵さんを待ち伏せし、それとなく学校での竜胆の様子について伺うと彼女は腕を組んで暫し考えてから言った。
「竜胆は裏番って感じかな」
今日び裏番って聞かねーぞ。
そう言いたかったが天使のように可愛い俺が口汚いツッコミをするわけにはいかないので、心の中だけで抑えておく。冗談ではなく、琴絵さんは大真面目だった。裏番ねえ……。
「生徒会長でもクラス委員でも何でもないけど、男子のリーダー格っていうか」
「皆に頼られてるの?」
「うん、困ったら最後は竜胆に助けてもらう感じ」
あいつそんな親切な人間だったか?
普段の塩対応な竜胆を思い出していると「なんかギャップが受けてるのよね」と琴絵さんが笑った。ギャップ?
「線の細い美少年かと思いきや口悪くて喧嘩も得意で普通に授業サボっちゃうし。性格がすごく良いわけじゃないけど悪いやつじゃないし、無愛想でもないから顔も広くてさ」
「お兄ちゃん授業サボってるの!?」
「うん。あ、これあたしが言ったって内緒ね」
「あの……先生に怒られない?」
「全然。成績良いし、百合ちゃんパパから寄付金いっぱいもらってるから何も言わないよ」
小1にそんな汚い大人の事情を教えないでくれ。
どうやら竜胆は己のルックスと能力に加えて家の力という最強の武器を手に、学園生活を謳歌しているようだ。俺より楽しそうじゃん。
流石はフィクション。少女漫画に出てきそうなキャラだと思った。あ、乙女ゲームか。
孤立どころか裏の中心人物で、俺が心配する必要はなかったらしい。
奴の順調過ぎる生活に嫉妬を覚えるくらいだ。俺の心配返せよ。
そんなことを考えていたら、翌日の登校中も隣に座る竜胆の事を無意識のうちにじっと見てしまっていたらしい。
久しぶりに俺達の藤色の目がばっちりかち合った。
「なに」
「え、何でもない」
冷たい声色に怯えながらさっ、と目を逸らす。
琴絵さん、妹には信じられないほど無愛想ですよ彼。
小学校に入ってから習い事が増えた。
絵画教室、乗馬、書道、社交ダンス、料理、華道に茶道。
死ぬ……俺、そろそろ死ぬ……。
お迎えの車の中で横になった。運転手さんが心配して声を掛けてくれたが返す元気もない。
親は俺をどうしたいんだ。最強の美少女ロボットにでもするつもりか?
流石に学校もあるため毎週ではなく一ヶ月に一回という習い方なのだが、それにしたって覚えることが多すぎるのだ。
体力のない子供だから余計に疲れを感じるのだろうか。
柱にひたすら頭でもぶつけてみるかな。そしたら両親も泣いて止めさせてくれるかもしれない。
へへ、とアホな計画を練っていると頭の近くに何か硬い物があることに気が付いた。
手を伸ばして探る。
「パスケース……?」
それは深緑色のパスケースだった。開いてみると電車で使うICカードが入っていた。
基本的に、この車で送迎をしてもらうのは俺と竜胆だけだ。間違っても家族以外を乗せたりしない。
父は専用車があるし、ひょっとしたら母を乗せることもあるのかもしれないが、母の物にしてはシンプルで安っぽい。
後部座席に落ちていたのだから運転手さんの物ではないだろう。
じゃあ竜胆か。ふーん、あいつ電車とか乗るんだ。
意外に思っているとICカードの下に何か入っていた。
紙のようで引っ張り出してみると黒のペンで今から20年近く前の日付と、その横に「小夜子と」と書かれていた。
さよこ?
質感から写真のようだ。
ぺらりと紙を捲るとそこには見たことのない綺麗な女性が写っていた。20代前半、いや、もっと若いかもしれない。
俺の全く知らない人だった。
ただ、この人を見て何となく「竜胆に似ている」と思った。
あれ、竜胆ってもしかして、
「お嬢様、着きましたよ」
運転手さんの声に心臓が止まるかと思うほど驚き、反射的にパスケースを隠した。
いやいや、隠してどうする。
ありがとうございまーすと震える声でお礼を言いながら起き上がり、鞄を取るふりをしながら写真をICカードの下に戻した。
「あの、これ座席のところに落ちてました」
「あれ、竜胆さんのですかね?」
「多分……わ、渡しといてください」
言って、運転手さんにパスケースを押し付けると返事を待たずに車を降りた。
見ちゃいけないものを見たんだ。




