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オルガは、歳は数え年で20になっていたことを思い出す。
これは前々から知っていたが、大人であったのかはよく分からない。
性別や世界、また同じ世界でも時によって人間の成人年齢は12~30歳前後と幅がある。
が、それらをおしなべると18,19歳に落ち着くのと、一人前の魔法使いだったことは覚えているのでおそらく成人を迎えたあたりなのだろうと本人は納得している。
また体つきについても個人や世の価値観によって異なるが、無作為に選んだ同じ年齢の女性の人間100人の平均身長よりやや小柄で中肉の持ち主である。彼女の特徴といえば、気だるげで時に愁いを帯びているように見える顔立ちにライラック色の瞳と腰あたりまで伸ばした少し癖のある髪の毛を持つところである。取り立てて美人と呼ばれることはないが、色が白く、きめ細やかで滑らかな肌が彼女の自慢である。
主様は、仮姿のヒトである際は「羽二重肌はいいな」といって痛くない程度に私の頬をみょーんと引っ張って遊ばれる。ヒトであっても無表情に近い主様が微かにお笑いになっている(ようにみえる)のを目の前の特等席で見られるのは嫌じゃない。
問題なのは、主様を訪ねてくる他のやんごとなきお方や彼等にお仕えする精霊様たちも私の頬でお遊びになることだ。引っ張ってはきゃらきゃらと笑い、頬をつついては得も言われぬような満足げな顔をして感触を堪能しているようである。主様の大事なお客様である方々の手前、少しの間ならされるがままになっているけれどあまりにもしつこくされるのは好きではない。頬が熱を帯びてきたりしばらく頬で遊ばれるのが嫌になると、高貴なとある方の仮姿を模したというしもぶくれの女性の面か被ることにしている。
以前は、すっぽりと頭から首までが覆われ鉄でできたヘルムという防具と交互につけることにしていたのだけどヘルムは今、手元にはない。
どちらも私が人間だったころに住んでいた世界にあったものではなく、時渡りや界渡りの好きな主様のお友達が主様へとお土産にと色々と持ってきて下さるもの達だ。主様はなんとも読めない無表情でいつもそれを私に下さるがこの面とヘルムが近頃頂いたものの中で特に気に入っていた。
ヘルムはお顔を隠すには最適。ただ被っていると段々と気分が悪くなってしまうのだけどその鉄壁の守りが気に入っていたので構わず使い続けていた。ある日、ヘルムを被ったその姿をみた主様が何にも言わず、ヘルムをどこかへ隠してしまった。お気に入りを取り上げられてしまったので主様へ抗議してみたところ『弱き者には手の余るものだ』といってけんもほろろに取り合って頂けなかった。
その抗議の現場をたまたまそのお土産を下さった主様のお友達に目撃されたので、主様へ取り成ししてもらおうとしたところ、優しく頭を撫でられて『また面白いものを見つけてきてあげるから』とこちらも味方になってくださらなかった。主様にしてもいつも主様を揶揄うお友達にしても解せぬ行動だけれど高貴な方のお考えはよく分からない。
なので、私はもっぱらこの面を被ることで玩具にされることへの無言の抗議と己の頬を守っている。ただどういう訳か面を被るとモデルになったやんごとなき方から、私宛に付け届けの果物やら砂糖菓子が届く。
正確には、お手紙の添え物としてそういった私への貢物が届く。
面をつけるきっかけとはまるで関係ない、私や主様が知らないところでこの話題が高貴な人たちの間で上がっていてもどこからか話を聞きつけてはそれはすごい早さで届くものだから私はいつも瞳をまんまるにしてしまう。
お手紙に使われる紙は、手に取ると植物の良い香りがふわっと広がるものや光にかざすと精緻なかの方がお使いになっている紋様が浮かぶものといずれも手が込んだもので手紙の内容はさておき、頂くことに大変に心が躍っていることをご存じないだろう。頂いたお手紙全てをいつだったか主様から頂いたお土産の玉虫色の塗箱に大事にしまっておいて、時々取り出しては眺めている。
ちなみにお手紙の内容は、意訳すると大体いつもこうだ。
『お願い、いますぐその面を被るのはおやめになって』
確かにこの面は少しばかり、いや随分とデフォルメされておりかの尊い御方の仮姿に全然似ていない。それでも私がこの面を大事にしていることを知っているので取り上げたりしないのがかの御方の優しいところだ。最近は、あまり優しいかの御方を困らせたくはないから独りでいるときにこっそりとこの面を眺めるだけにしている。
…今度、主様のお友達がいらっしゃったら別のお面をおねだりしよう。
この面を作った人の世界は、きっと幸せが所々に溢れている世界でかの御方の愛情深いところを知っているのだろう。そうでないと、私のようなとりとめもない存在を惹きつけてやまないものは造れない。
それにしても似ているのは豊かな緑の御髪と優しげなまなざしだけだとは思う。
それのまなざしが誰かに似ていると思うけれど、それが誰だったか。これも要らないものだったのかもう私は思い出せない。