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根拠はないけれどそれはよくないことのような気がした私は、そのまま畳にしゃがみ込む。それから頭を両腕で抱え、なるべくその身が小さくなるようにぎゅうっと押し縮めながら一生懸命思い出そうと考える。
けれど考えれば考えるほどに呼吸は苦しくなるし、ざわめきが大きくはっきりと聞こえてくる。ざわめきは囁きやすすり泣く声、それらにぐるりと輪をかけたように聞こえる揶揄い交じりの笑い声。
『ねぇ思い出した?』
『思い出すの?』
『思い出していいの?』
これはいったい誰の声なんだろう?
私の声のようでもあるし、全く知らない女の人の声でもある。
もう少し小さく身体を縮めることができるとなにか思い出せそうだと更に手に力をこめ固く目をつむる。歯を食いしばれば、こめかみに走る鈍い痛みが何かを連れてきてくれそうで少しずつ力を込めていく。ぎりっという音が聞こえたけどそんなことはあまり気にならない。
どれだけ時間がたったのだろう。
主様の声が、上のほうから一言「やめろ」と小さく聞こえてくる。
やめたい気持ちは重々あったが、私の気持ちとは裏腹に頭はいやいやと横に振れる。するとぎゅうぎゅうに頭を抱え込んだ私の手にちくりと何かが刺さる。
生暖かく鋭い何かに反射的にびくりと手が解ける。追い打ちをかけるかのように今度は少し温度の低い何かのぬるっとした感触。
驚きと戸惑いでがばっと主様を見やると、バーガンディの瞳でこちらをじっと見つめていらっしゃった。
どうやら主様が自ら私の手を甘噛みしてほどかせ、ぺろりとなめたようだった。
「忘れたのか?」
あぁ。そうだった。
不要なものはか弱き者にとって此処で過ごすには負担にしかならないと主様がいくつか置いてきてくださったことを私はすっかり思い出した。