2
オルガと呼ばれゆっくりと立ち上がった女は、黒紅色のフレンチスリーブのワンピースに身を包んでいた。他に身を飾るものは特になかったが、控えめであるが光沢のあるシルクで出来ているため寂しい印象は与えない。
「起きたか」
「はい、っあ・・・えっと」
目の前に向かい合っているやんごとなき御方の名前を私はどうしてだか知っているのに、音にできない。
私では、やんごとなき方々の名前を音にできない。
目の前で私と向かい合っている御方の名前は、風が木々の葉を揺らすさらさらという心地よい音に似ているといつだったかそんな事をぼんやりと考えたことがあったなぁと思い出す。
なんだか急にとても泣きたい気分になってきた。
「お前が悪いわけではない」
か弱き者であるオルガは主様の名前は呼ぶも聞くことですらそれだけで体が保てなくなってしまうため、身を守るため呼ぶことはできないし聞こえもしないようになっているのだ。
そういえばそうだった。
既に私は知っていた。
主様という最も慕うべき方のこと
私というか弱き者のこと
此処のこと
時の過ごし方のこと
今、主様と私がいるこの大座敷は、最近完成した秋の休息所の中の一間だ。
ここはゆっくり身を休めるようにと他の場所よりも光が入りにくく全体としてひんやりと涼しく過ごせる。
私は、涼しい場所で休むのが寝心地が良くて好きだ。
だから暑さが苦手な主様に時にしつこくせがんで、最近はこの場所をよく使うようにしている。
今日は、主様はお友達とのお約束で私は一人でお留守番だった。
そして知らぬ間に一人で寝てしまい、さらに寝ぼけてしまったらしい。
全くお恥ずかしい限りだ。