次期魔王へ殺戮の誓い
「いや、ちょっと待て」
アザゼルはルシフェルの目の前に自らの掌をかざす。
ルシフェルの顔はその手によってアザゼルには見えなくなってしまった。
「話が唐突すぎるし、脈略がない。何言ってんだ?ルシフェル、だっけ?名前をくれた件は感謝するとして、人の身体思い切り貫いておいて1人で興奮して1人で決定事項だ。みたいな顔してるけど、頭大丈夫?」
かざしていた掌をゆっくり降ろすと、唖然とした顔をするルシフェルが目に映る。
馬鹿にする様な口調で言うアザゼルに対し、次第にルシフェルには怒りのような感情が湧き出てきたかのようだった。
唖然としていた顔を下にむけ、ワナワナと肩を震わせ始めた。
「お、お主、魔王候補第一位のこの我に向かって、なんて態度なのだ!先程の行為よりも更に残虐的な事をしてやっても構わないのだぞ!人間風情が!側近にしてやるとは言ったが、そんな態度をとっていいとは言っていないよ!」
顔をバッとあげると、涙目になり、必死に自らの存在の偉大さをわからせようと、手を広げ、こんなに凄いんだと言いたいばかりのジェスチャーをする。
その口調は堅いものと少女のようにはしゃいでいた時のものが混ざって、とてもてんてこな言葉遣いになっている。
初めて見る、見た目相応の態度だった。
初めは、異様な生き物に見えたルシフェルの子供っぽい態度に、力が抜ける。
悪い奴には見えない、と感じたからだ。
確かに、先程の行動は許し難いものであり、またも発している言葉は怖いものであったが、この見慣れない空間に現れた唯一、色々なことを聞けるであろう存在だ。
おまけに自分に好意的であると感じたアザゼルは、どこかホッと胸をなでおろすような気分だった。
「あーもう、わかったよ、少しばかり言い過ぎた、でもお前も俺の身体に風穴ぶち開けた事は謝れ、流石に許し難い」
穴があいていた部分を指でトントンと叩くと、諭す。
ルシフェルは次第に必死になり、ジェスチャーを続けていた腕を止めた。
「あぁ、それは、なんだ。好奇心故の行動だ、まぁ痛みを伴った事だけは、上辺だけだが謝ってやらん事も無い。すまなかった。しかし、悪いとは思っていない!」
謝った?と思われるルシフェルは拗ねたかのように顔を横にフイッと向けた。
反省はしていないと言いたいかのようで、彼女の性格がいかに素直でないということがよくわかった。
そんなルシフェルを見たアザゼルは呆れたように一つ溜め息をつくと、
「まぁいいや、謝ったってことにしてやるよ。それよりルシフェル、俺はお前に聞きたい事がある。そこで条件を出したい。」
「なんだ?」
横に向けていた顔はゆっくりとアザゼルの方を向き直し、疑問であるかのように首を傾げる。大きな瞳には、アザゼルの姿が映っていた。
「お前を王にしてやる。側近にだってなってやる。その変わり、この魔王国とかいうところの情報、現状を教えてくれ。訳も分からない状態だ、俺には今お前にもらった、アザゼルという名前しかない。これじゃ王にしてやろうにも何も出来ない。俺にもお前にも特がある話だと思うんだが、どうだ」
しっかりとルシフェルの瞳を見つめ、自らの現状、交渉内容を伝える。
アザゼルの瞳は真剣そのものだ。
「ほう、なるほどな。良いだろう、その交渉、のってやる事にする!」
話を聞いたルシフェルはニヤリと口角をあげ、笑う。
整った顔からは牙がチラリと見えて、とても可愛らしいものだった
「ルシフェル、お前…よく見ると結構可愛いなぁ」
その笑顔を見たアザゼルはジーッとルシフェルの顔を見つめ、先程の真剣な表情とは違い、呆けた顔で口をだらしなく開けている。
「なっ!?」
笑顔だったルシフェルは、驚き目を見開く。
頬は徐々に紅潮していった。
「く、くだらないことを言うな!そんな暇があるなら聞きたい事をさっさと言え!我に答えられる事なら、答えてやる」
またもそっぽを向いてしまったルシフェルは、腕を組みながら、急かす。
行動とは違い、言葉はなかなか親切なものだった。
「ハハッ、ごめんごめん、それで聞きたいことってのは二つだけだ、初めに聞きたいのはルシフェルがよく口にする、魔王候補とかいう言葉なんだが、それはなんだ?」
ルシフェルの拗ねた態度を見て、少し微笑むが、話をすぐに切り替え、また先程よりではないが真面目な顔をして首を傾げた。
「あぁ、それか」
耳に入ってきた言葉に、目線だけを一瞬アザゼルに向けると、そう呟き、徐々に顔全体を向ける。
すると、ルシフェルは語り出した。
ーーーー昔々、5000年もの間魔王国を束ねる王がいました。
その名はサタン。
その王はとても偉大でした。
滅ぼした人間が住まう村の数、奴隷にした人間の数、増やした領土。
どれに置いても、歴代の王と比べると圧倒的なものだったのです。
人間の奴隷が増えれば増えるほど、魔王国は豊かになりました。
国の力仕事をすべて奴隷化された人間にやらせるのです。
人間にやらせれば、やらせるだけ魔物達の仕事はなくなり、遊び狂える。という仕組みでした。
所詮は奴隷、しかも何の能力も取り柄ももたない人間。
気に入らない奴隷がいれば、ただ殺せばいい。
とても便利なものでした。
時には、気に入らない者を殺したはいいものの邪魔になり、人間に人間の死体を処理させる為、死体を食べるように命令する魔物もいました。
魔物にとっては極楽の世界です。
しかし、そんな極楽の日々は長くは続きませんでした。
人間の村を粗方、滅ぼした時のことでした。
人間の国には王都と呼ばれる都市があることを知ったサタンはその場所を攻め滅ぼそうと計画したのです。
人間の王がいるであろう場所です。
サタンは自らが直々に参って、王の首を取る事を決めました。
だが、襲撃をかけた日のことです。
「勇者」とよばれる者が率いた5人の戦士達が魔王サタンの前に現れたのです。
激闘の末、魔王サタンはその勇者達によって、命は落とさなかったものの、封印されてしまいました。
その日から魔王国の王座に座る者はいなくなりました。
封印されてしまった、ただそれだけの事。
いずれ戻ることになる、王はサタンにしか務まらない。
魔物達は、最初はそう思っていました。しかし、100年、200年たっても魔王サタンは封印から目覚める事はありませんでした。
こうして、魔王不在の魔王国が誕生してしまったのです。
「っと、言うのが古くから伝わる昔話というわけだ」
「なんか、全然よくわからないんだけど」
語り終えたルシフェルに対して、だらけた表情をむけたアザゼルは、つまりどういうことだ?と付け足した。
「つまり、魔王不在の国家、それが今の魔王国だ。長年、王はサタンにしか務められないとされていた。しかし、わりと最近の事、新たな王を決めようと国が動き始めたのよ」
立ち上がり、首にあたる髪をフワリとかきあげたルシフェルはアザゼルに背を向けると、魔王城である、霧のかかった城に目線を移した。
「あの場所の最上階に住まえる称号、それが魔王。それを決める為に、候補となり得る魔物には順位付けがされた。候補者は数多くいるようだが、我は何位までいるか、など興味が無い。なにせその王候補第一位は、この我であるからな」
振り返ったルシフェルは自慢ありげな表情をして、座り込むアザゼルを見下ろした。
「つまり、お前が一番王に近い存在ってことかよ、そんな見た目でも強い、ってことだよな?」
見上げるアザゼルはルシフェルの身体を上から下まで凝視する。
見た目は明らかにか弱そうな少女、というようにしか見えない。そんな少女が魔王に一番近い存在と言われても、パッとしなかった。
「お主、そんなにまた胸元に穴を開けられられたいのか?」
腰に手をやるルシフェルは座り込むアザゼルの顔をのぞき込むように、身体を屈める。
眉は怒りを我慢するかのようにピクピクとし、口元は引きつっている。
ルシフェルの言葉に、あの激痛を思い出したアザゼルの顔はサーッと青ざめていく。
「ご、ごめんなさい!そういう意味ではないんだ!穴を開けるのだけは勘弁してくれ!!」
両掌を合わせ必死に哀願しながら、頭を下げた。
「ふんっ、まぁ良い。魔王候補については話してやったが、まだ聞きたい事はあるのだろう?さっさと言うがいい」
屈めた体制を元に戻し、またアザゼルの見下ろす形に戻ると、腰に手を当てたまま仁王立ちをする。
小柄な体だ。迫力にはかける。
そんなルシフェルに哀願していた頭を上げ、見上げ直す
「あ、あぁそうだった。魔王候補についてはまぁザックリだったけどわかったよ、それじゃああと一つだけ、低級悪魔倒した俺って実は結構強かったりする?」
「いや全く。ゴミを片付けただけだ、誰でも出来る」
はっきりと真顔のまま言い放ったルシフェルに、アザゼルはガクッと肩を落とす。
「まぁ、低級悪魔って時点でそんなに期待はしてなかったけどさぁ」
ため息混じりに言うアザゼルを見るルシフェルの真顔だった顔は徐々に表情を取り戻していき、フッと鼻で笑うと
「しかし、アザゼル。お主の残虐性は見事なものだ。さすがの我でも関心した程にな、この国ではその残虐性こそが役に立つ。魔物の国というのはそういうものだ、だがアザゼル、お主は人間である筈なのに何故そこまでの行為ができる?」
不思議だと言わんばかりにアザゼルの顔を見つめる。
アザゼルは少し考え込むように斜め上を見てから、立ち上がりアスファルトに触れていた部分を手でパッパッと払った。
軽く砂埃のようなものがたつ。
「あぁー、そりゃあ簡単な事だ。俺は、自分に危害を加える奴、助けてくれない薄情な奴、そんな奴等つい最近、大嫌いになったから。俺が味わった苦痛を味あわせてやりたい。一発殴られたら三発返せ、てな。…まぁ、それより、ありがとな」
払うために屈めていた身体を起こし、ルシフェルを見ると少しだけ微笑んだように感謝の言葉を投げかける。
「何がだ?」
何故、お礼を言われたかわからないルシフェルは不思議そうに首を傾げた。
「いや、この国の事を教えてくれて、だよ。本当に助かった、それに名前もくれたしな、何もない今の俺からしたらお前は女神のようだ。胸元に穴あけられたけど結局、俺なんか死なないみたいだしさ、だから」
ーーーールシフェル、君を王にしてやる
この世界にきて初めて見せる満面の笑みだった。
歯を見せて、自信ありげに笑ったが、
「俺の倍返し精神が気に入ったんだろ?俺は俺に苦痛を与えるやつを全員殺すつもりで今、二度目の人生的なやつを送り始めるところなんだけど、未来の魔王様のために一肌脱いでやるよ。」
ーーーールシフェルを傷付ける奴を皆殺しにする、約束だ
と真剣な顔でルシフェルの目を見つめながら言ったアザゼルの瞳には、決意のようなものが浮かび上がっていた。
その目を見たルシフェルは、腰に当てていた手を離し、口元まで持ってくると笑い声を上げる。
「ハハハハッ、馬鹿だねアザゼル、お主より我の方が何倍も強いのだよ?盾にはなるかもしれないけど、殺すだなんて無理に決まってるじゃない、我が殺した虫螻をその残虐性でさらに刺し続ける程度が関の山よ?アハハッ、もう笑わせないでよ、お腹いたーい」
片手で腹を押さえて爆笑するルシフェルの笑顔は実に無邪気なものだった。お前は弱いと馬鹿にされているようだが、またしても少女のような口調が入り混じる口調は何故かアザゼルまで微笑ましい気持ちにしていった。
「ハハッ、ハ、ハァ…それじゃあ、よろしく頼んだよ、我の側近として日々励め、アザゼル」
一息ついて、笑い過ぎて瞳に浮かんだ涙を指で拭うと、アザゼルに向かって握手を求めた。
「あぁ、よろしく。次期魔王様」
その手を取るアザゼルはしっかりとルシフェルの目を見つめていた。