6話
次の日。
颯斗がこの世界に訪れて一週間。つまり村の運命が決まる日だ。
他の村々からきた村人達が主催したササラ村に溢れかえり、多くの屋台が点在して活気に満ちていた。
お祭り騒ぎの人々もいるが、半分近くの人々の顔は険しい。今日の結果で村の存続が決まるのだから無理もない。
まともに音が聞き取れないほど騒ぎの中、けたたましく鐘を叩く音が響き、その場が静まり返った。
「さぁ皆さん! お楽しみの所申し訳ないけど、もう少しで最大のイベント! 村の合併をかけた村対抗の大競争が始まりますよ! 早く現場に向かっちゃいな!」
陽気な若者の声がスピーカーから響き渡る。それに呼応するように歓喜の声が上がった。
すぐさま大衆はスタート時点でもあり、ゴール時点でもある現場に足を向けて走る。
設置された階段状の観客席は一緒にしてうまり、座れなかった観客は立ってでも観戦しようと仕切られたロープ前で広がった。
「皆さん! 準備は良いですか! 村の未来を背負った戦士達の登場です!」
高台からマイクを持ってテンションが上がりっぱなしの実況者は大きく手を広げ、入場口に向ける。
選手達が入場して行くたび、観客のボルテージが上がっていく。
実況者はテンポよく選手達の紹介をしていった。
やがてアルビンの名前が呼ばれる。
「ハナハ村代表・アルビン=ビーガス!」
興奮している観客席の中にいる長老を一瞬だけ盗み見ると、選手達の中に混じった。
「この競争の主催であるササラ村! 代表者はもちろんこの人! ワール=シスギス!」
今日一の歓声が上がる。
この競争で一番人気の選手が姿を現わす。
頭を丸くし、自信に満ち溢れた目は全ての選手を見下している。ボディビルダーのように肥大した黒い体は強さの証だと言いたげに上半身を露出した服装。
アルビンの隣に立つと巨大さがよく分かる。
これで競争参加者は全て揃った。観客の全員が思っていた。しかし、実況者の言葉はこう続く。
「そして、最後はコロロ村代表です!」
村の名前を聞いた途端に観客席からどよめき始める。
コロロ村は10以上ある村の中で最も小規模で、力を持たない。
人材も乏しく、今回の競争は不参加であるとも噂されていた。
「それでは登場していただきましょう!」
実況者の合図でコロロ村の代表である少年が入場する。
その少年は体つきは細く、男性か女性かの判断が揺らぐほど中性的な顔立ちがより観客達の猜疑心を煽った。
その一方でアルビンと長老は驚愕し、少年から目が離せない。
一週間前に現れた少年を少女が英雄と称し、敬っていたの思い出す。
「ハヤト=カザハヤ!」
「アルビンさん。こんにちは」
目の前に立つ颯斗に呆然と眺めた。
試合前日。
エリスは颯斗を連れてコロロ村に赴いていた。
「着きました。ここがコロロ村です」
エリスと同じような村が目の前に広がっているが、少し小さな村と言うのが颯斗の第一印象。
「どうして、この村に?」
「この村は私達の村ハナハ村と同じく、合併に反対する村です。ですが見ての通り、村の規模は小さく、今回の競争に出れるかどうかも分かりません」
エリスが何をしにこの村に来たのかようやく理解した。
「つまり、僕がコロロ村の代表として出場すればいいんだね」
「その通りです!」
だが、村人達が首を縦に振るとは限らない。よそ者である颯斗を邪険に思い、話すら聞いてくれない可能性もあった。
「すいません! アルフさんいますか?」
家の扉を叩きながら呼びかけると、カチャリとドアノブを捻る音が聞こえる。
中から初老の男性が顔を覗かせた。
「おやおや、貴方はハナハ村のエリスさんではありませんか。こんなおいぼれにどんなご用事で」
「実はこの人をコロロ村の代表者として出場させてほしいんです!」
単刀直入に話すエリス。当然言われた側は驚いた。
「そ、それは流石に……。もう代表者も決まっておるので」
「どうかお願いします!」
深々と頭を下げるエリス。颯斗も誠意を込めて頭を下げた。
二人の後頭部を見つめながら困り果てていると、青年が三人の元に一人の女性が歩いてくる。
「アルフさん。どうされたんですか?」
「ああ、ミシェルさん。実はこの子たちがどうしても明日の競争に出たいそうで、コロロ村の代表者になりたいと」
「へぇー、そうですか」
ミシェルはエリスと颯斗の肩をポンと叩く。それに反応した二人は頭を上げてミシェルに向けた。
「いいよ。譲ってあげる」
「「……え?」」
「ミシェルさん!?」
突然彼女がそんな事を言うので、一瞬反応が遅れる。アルフも驚愕してるが、そもそも何故長老のアルフではなく、この女性に決定権があるのか二人には分からない。しあkし、そんな些細な謎はすぐに解かれる。
「代表者の私と競争で勝ったらの話だけど」
「貴方がコロロ村の代表」
颯斗は改め、ミシェルを見る。
体つきは女性らしく、程よく筋肉がついており、健康的な印象を持つ。単純に運動神経の良さそうに思えた。
「さて、時間がもったいないからもうこの場をスタート時点兼ゴール時点。いい?」
「は、はい!」
「うん、いい返事」
そこら辺に落ちている変哲もない石を拾い上げ、地面にこの村周辺の地図を描いていく。
「ルートは覚えるまでもないよ。すぐそこの森に入って一直線に進むと、奥に苔の生えた大きな岩があるから苔を採ってきて、またこの場に戻って来る。ただそれだけ」
簡単に颯斗に説明すると今度は長い直線を一本引く。役目を終えた石を無造作に放り投げるとミシェルはその線の後ろに立つ。
「さぁ、やろうか」
颯斗も線をまたがないように立つ。
「そ、それでは。合図は私が」
邪魔にならないように二人の横で手を上げるエリス。
「位置について」
二人はスタートの構えをとる。
「よーい」
脚を緊張させ、解き放つ瞬間を窺いながらその時を待った。
「……ドン!」
合図と共に二人は足に魔力を込めて走り出す。しかし颯斗は力み過ぎたのか、前ではなく体が高く上がってしまった。
これにはミシェルも足を止め、笑いが込み上がる。
すぐに体を目的地に向け走り出した。
地面に真っ逆さまに落ちた颯斗は頭を押さえてのたうち回る。
「ハヤトさん! 急いでください!」
すぐに走り出した颯斗は今度はしっかりと魔力を調整して魔法を発動させた。
二人の間は大きく開かれ、ミシェルは勝ちを確信するが一切手を抜く気はない。
突然現れた少年に村の運命を背負わせる事に快くは思わない。自分達の村は自分達の手で守る。でも、もし仮に、あの少年が自分よりも力を持つなら……。
考え事をしている内に目的の岩までたどり着いた。
証として、苔の一部をむしり取り、ポケットの中へと詰め込み、折り返す。
疲れを全く見せない走りで森の中を駆け抜ける。
ゴール時点まであと80エルズ(200m)。ミシェルは違和感を覚えた。
颯斗の姿を見ていない。
ルートを外れたのか? いや、一直線の道を外す意味が分からない。
不可思議が不気味を帯び、ミシェルを襲う。
追い打ちとばかりに聞こえる風音と木を揺らす音も聞こえる。
だがそれらよりも、直感的に感じるプレッシャーを無視する事が出来なかった。
「な……なに?」
思わず後ろを振り向くが誰もいない。
集中を乱しかけたがミシェルは気を保ち、ゴールへと向かう。
森の出口は目前に迫っていた。ここを抜ければ勝ちは決まる。
ミシェルは疾走し、森から飛び出す。
「え?」
一面木の光景から村に移り変わる。ミシェルは目の当たりにしている現実に思考が追いつかなかった。
颯斗がミシェルの頭上を飛び越え、前を走っている。
(ま、まさかこの子! 木に登ったまま移動してたの!?)
地面を蹴るよりも枝の方が進行方向に無駄なく蹴れるが、実際にそれを続けようとするには優れたバランス感覚と枝の見極め。何より経験則が必要だった。しかし、颯斗は実際にそれをやり遂げ、見事にミシェルを抜かしたのだ。
慌てて速度を上げるが比例するように差は広がっていく。
そして、先に線を踏んだのは颯斗だった。
「や、やったーー!」
「なんと……」
結果に各々が表情を浮かべる。
ハッとしたアルフはハヤトに詰め寄った。
「貴様! 不正をしたな!」
「そ、そんな事してません! ちゃんと苔も」
ポケットから苔を取り出し、証明しようとするが、アルフは聞く耳を持たない。
「どうせそこら辺に生えてる苔を採ったのだろ! でなければあんなに開いた差を埋める事など出来るはずがない!」
飽くまで不正と判断するアルフ。だが、颯斗が無実だと証明する事は出来ない。誰も颯斗が苔を採った所を見ていないのだから。
「アルフさん。その子はちゃんと完走したわ」
意外な事に颯斗を弁護したのはミシェルだった。
「ミシェルさん。なにを言ってーー」
「私は走ってる最中に圧迫感を感じた。最初は分からなかったけれど、今なら分かる。あれはハヤト君が必死に追いつこうとする気迫だったんだって」
ミシェルは右手を颯斗に差し出す。
「私の負けよ。コロロ村の運命、託したよ」
「ミシェルさん……はい!」
ガッチリと握手交わし、ミシェルのバトンを受け取った。




