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5話

 その日の晩。二人が寝静まった事を確認した颯斗は一人で森の中へ。

 月明かりに照らされた森は美しく、見る者の心を落ち着かせるだろう。

 颯斗はストレッチをしてから森の中を走った。魔法が使えなくても自分の脚を信じて走り抜けるために。

 心地よい風が肌を触り、不思議と疲れをあまり感じない。

 2時間後。身体中から汗が滴り落ちるまで走り続けた颯斗は草の上で寝転がる。汗で土や草がべっとりとくっつくが、今の彼にはそれを気にする余裕などないほどに体は疲弊していた。


「僕の魔法……か」


 走っている最中もその事を考えていた颯斗。どうすれば魔法が発動出来るのか。落ち着くどころか、焦りばかりが募る。

 20分程度休んだ颯斗はエリス達の元に戻り、水を浴びてから就寝した。

 次の日の朝。

 まだ自分の魔法が分からない颯斗は座禅を続ける。慣れない座禅は途中で集中力を切らしてしまうが、昨日と比べれば進歩はしていた。しかし、魔法が使えなければ意味がない。

 午後も昨日同様に自由時間となった。


「ハヤトさん? どこに行ったんでしょうか?」


 午前を過ぎてすぐに何処かに行ってしまった颯斗が気になり、颯斗を探すエリス。

 森の中を探していると、木の陰に紛れ込んでいく颯斗の後ろ姿を見つける。

 急いで後を追うと、颯斗は崖の端っこで遠くを眺めて黄昏ていた。

 少し安心した。エリスは話しかけようと後ろから近寄る。


「ハヤトさん。何してーー」


 次の瞬間には颯斗の体は宙に浮いていた。


「ハヤトさん!!」


 崖から落ちる颯斗を助けようと走り出すが、一歩届かず、崖の下へと落ちていく。

 落下点に何があるか把握した颯斗は壁を蹴り、近くの気に掴み、勢いを生かして別の気に移動する。今度は枝を足場に大きく跳躍して地面に着地し、走り出した。向かいの壁へ走っていく颯斗は木や岩などを使い、リズミカルに登っていく。

 流れるような走りは、今まで住んでいたかのように迷いがない。

 岩の壁を登りきるまであと一歩の所まで来た颯斗。そして、異変は起きた。


「え?」


 最後の一歩。踏み込んだ足元から不自然な風が起き、足場が崩れる。

 規模はとても小さなものだったが、エリスは度外視する事は出来なかった。


「ふぅ……あ、エリスさん」


 振り返った颯斗はエリスに気がつくと、通ってきたルートでエリスの元に駆けつける。


「もしかしてさっきのがハヤトさんの魔法なんですね!?」


 キラキラした目で見つめられ、苦笑を浮かべる颯斗。


「いや、これは魔法でもなんでもないんだ」

「そうなのですか……」


 目に見えて残念がるエリス。

 フリーランニング。颯斗が唯一胸を張って特技と言えるスポーツ。

 道具は一切使わずに障害物をものともしない動きで、いかに効率よく目的地にたどり着けるか競うのを目的としている。

 フリーランニングを初めて見たエリスには魔法でも使っているように見えてしまったのだろう。


「不自然に風が起きたので、てっきり魔法を発動させたのかと」

「え?」


 不自然な風?

 フリーランニングをしている時に吹いた風と勘違いしているのだろうか。念のためにエリスに確認をとった。


「それって走り抜けた時とか、自然に吹いた風じゃなくて?」

「いえ。ハヤトさんが最後の一歩を岩に踏み込んだ時に足元に纏わりつくように風が起きていたのです」


 フリーランニングをしてそんな現象が起きるはずもない。

 しばらく考え込んでいると、希望を見出したように目を輝かせ、口角が少しずつ上がっていく。


「エリスさん! それは多分魔法だと思う!」

「本当ですか!?」


 エリスも笑顔を見せ、ともに喜びを分かち合う二人。


「でも、なんの魔法なのでしょうか? 魔法と言っても種類がありますし」


 ただ単純に風の魔法なのか。それとも体に変化をもたらす魔法なのか。はたまた二人が思いつかないような魔法なのか。


「それでも一歩進んだ事に間違いない。このままこれを続ければもしかしたら」


 颯斗は崖に向かって走り、飛び降りていく。


「無理しちゃだめですからね!」


 親が子に言いつけるような口調で注意をするが、颯斗の楽しそうに駆ける姿を見ていると、それ以上強く言えなくなってしまう。

 少し颯斗の様子を見てからその場を離れていった。

 エリスが去った後も走り続ける颯斗。フリーランニングに夢中になり過ぎ、所々魔法の事を忘れてしまいそうになる場面も多々見受けられた。


「ふぅ……今日はここまでにするか」


 汗を袖で拭った颯斗は区切りをつけ、エリス達の所へ。

 この世界に来てから三日目。競争の日まで四日しかない。

 その日も2時間座禅を組み、すぐに森の中でフリーランニングを始める。

 エリスも見守るために付き添いで来ていた。

 見るのは二度目だが、エリスの目には颯斗の走る姿は舞のように映る。


「ハァ、ハァ……まだ、ダメか」


 走っている最中に何度か兆しのようなものを感じる事が出来るが、完璧に自分のものとするまでの決定的な何かが足りない。颯斗はそう思えて仕方なかった。


「クソッ!」


 途中までは楽しんでいた颯斗だったが、時間が進むにつれて日がなくなっていく事への焦りが再び芽生え始めていく。

 そしてそれは比例して走りにも影響を及ぼした。

 最初の颯斗の走りを優雅な風と例えるなら、今の颯斗の走りは野獣のような野蛮的で余裕のない走りだった。

 足を止めると苛立ちから壁を力強く殴る。痛みで痺れた拳に血が滲む。颯斗は生まれて初めて自分で自分を傷つけた。

 颯斗の姿は労しく、目をそむきたくなるエリスだが、それをしてしまえば颯斗を惨めな人間と自分の中で決定づけてしまう。それだけは認めたくなかった。

 颯斗はエリスの中の英雄。必ず壁を乗り越えてくれると信じていた。だから、今自分がやれる事は颯斗のサポートだけ。

 エリスは森に生えている薬草をいくつか摘む。


「ハヤトさん。今手当てを――」


 エリスが崖の先から颯斗を呼ぼうとした途端、足場が崩れた。

 不意を突かれたエリスはしがみ付く動作が遅れ、崖から真っ逆さまに落ちていく。


「きゃぁぁぁぁ!」

「エリスさん!!」


 崩れた瞬間を見ていた颯斗は全速力で疾走するが、距離が離れすぎている。間に合う余地などない。


「頼む……間に合ってくれええぇぇぇぇ!」


 颯斗の目には全てのものがスローモーションのように流れていく。同時に、体の熱がフッと消えると、踏み込んでいる右脚に何かが纏わりつくような違和感を覚えた。

 何かが脚に装填されたような不思議な感覚。装填されたならば引き金を引かなければ。

 颯斗の意思と同調するようにその引き金は引かれた。

 脚に纏っていた風が押すように吹き出し、颯斗の体を加速させる。

 今までの比にならない速度のおかげで、間一髪の所でエリスを受け止める事が出来た。しかし、まだ慣れない速さにそのまま壁に激突。颯斗がクッション代わりになった事でエリスは無事だったが、颯斗の体はボロボロだった。


「いてて……」

「ん……ハヤトさん!? 大丈夫ですか!?」


 目の前に傷だらけの颯斗にあたふたするエリスは急いで薬草を傷にこすりつける。


「いてっ! 痛い! 薬草の棘が刺さってる!」

「あ、すすすっすいません!」


 原型を留めている薬草を顔にこすりつけられ、たまらず颯斗は声を出す。遅れて気づいたエリスは慌てて薬草を離した。


「ごめんなさい。私のせいで怪我をさせてしまって」

「気にしないで。それにエリスさんのおかげでやっとここまでこれた」


 立ち上がった颯斗はついた土を払うと、集中するように目を閉じる。

 魔力を溜め、それを消費すると周りの砂や葉が渦を巻くように舞い上がった。

 颯斗が集中を解くと同時に葉はひらひらと揺れ落ち、パラパラと砂が落ちてくる。


「これって……」


 目を見開くエリスに視線を変えずに颯斗は答えた。


「僕の魔法は風の魔法だったんだね。これでやっとアルビンさんと同じ所に立てた」


 魔法への自覚。ようやくスタートラインに立てた颯斗は次のステップへと脚を踏み入れる。


「お、おめでとうございます! 次はいよいよ実践的な特訓ですね!」


 魔法の発現を喜ぶエリス。

 その後は自由行動だった午後が魔法の実践的な使い方をマスターするための時間に費やされた。

 しかし時が経つのはとても早く、前日までにはある程度加速させるまでには成長をしていたが、アルビンが見せた奥義と言える魔法が完成していない。

 さらに問題はまだある。

 どうやって村同士の競争に出るかだ。風の噂だがエリスの村はアルビンを出す事に決まっていた。


「どうやって参加しよう」

「私におまかせください!」


 キメ顔するエリスに若干の不安を覚える。かと言って他に策が思いつくわけでもない。

 この件はエリスに一任する以外の方法はないようだ。


「分かった。エリスさんに任せるよ」

「はい! では早速」


 突然颯斗の手首を掴み、どこかへと連れて行く。

 あれ? こんな光景前にもどこかで……。

 デジャブを感じながらエリスにされるがままの颯斗だった。

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