3話
「立てるか?」
目の前に差し出された手からゆっくりと顔を上げる。
手の主は競争相手だったアルビン。
「あ、ありがとうございます」
立ち上がった颯斗はアルビン以外はその場から離れている事に気がついた。
「エリスがすまなかった。ただ、無意味に君を振り回したかったわけじゃない事だけは信じてくれ」
「エリスさんとこの村に何かあったんですか?」
不思議とエリスの事が気になった颯斗は自然と口が動く。
一瞬の躊躇を見せるがアルビンは包み隠さずにエリスと村の事を話し始めた。
「この村は近い内に大きな村と合併するかもしれないんだ」
それの何が悪いのか? そう問おうとしたが、長老とエリスの会話が颯斗の頭の中をよぎる。
「元々この辺りには小さな村がいくつも点在しているんだが、ある時ここらで最も規模の大きな村から全ての村を合併する話が持ち上がったんだ。勿論反対する村もあったが、村同士の仕来りで決め事は競争で決める事になっている。しかし、競争相手は皆が手練れ。とても俺達が敵う相手じゃ……せめて、バーダさんが生きていれば」
「バーダさんというのは?」
「エリスの父親だよ。もしかしたら父親の事もあって、あんなに躍起になっているのかもしれない」
事情を全て話したアルビンは踵を返し、その場を去る。
残された颯斗はしばらく空を見上げた。
今の最善の行動は分からないが、このまま空を見ても答えは出ない。颯斗は来た道を戻り、エリスの自宅に向かう。
「あら? エリスは一緒じゃないんですね」
戻ってきた颯斗はアリスの言葉に疑問符が浮かぶ。
「先に帰ってたと思うんですけど」
もしかして、あの後何処かに行ってしまったのだろうか。颯斗の脳裏には涙を溜めたエリスの泣き顔が浮かぶ。不甲斐ない自分に嫌気がさした事は数え切れないほどあったが、今ほどそれが痛いほど実感した事がない。
「アリスさん。エリスさんが行きそうな場所って分かりますか?」
真剣な眼差しで真っ直ぐと見つめられたアリスはその質問に答える。
「エリスがいるとすれば……」
陽も傾き始め、赤色のグラデーションが地面に建てられた十字架と白髪の少女を照らす。
思わず逃げ出してしまった。
颯斗への罪悪感が時間を追うごとに積もっていく。
「お父さん。どうすればいいかな」
バーダ=シューツと書かれた十字架に雫が落ちる。
「エリスさん!」
不意に呼ばれたエリスは反射で後ろを振り向く。
自分が散々振り回した颯斗が心配そうにエリスを見ていた。
すぐに涙を拭って作り笑いを浮かべる。
「ハヤトさん。どうしたのですか?」
「あ……その」
何を話すか考えていなかった颯斗。頭をフル稼働させてやっと出てきた言葉はたった一つ。
「ゴメン」
颯斗の謝罪にエリスはの心に罪悪感が積もり、重さを増す。
「謝らなければならないのは私の方です。散々振り回しておいて、最後にはハヤトさんを置いて逃げたんですから」
エリスは自分の非を認めた。そして言葉を続ける。
「今度は私がわがままを聞く番です。元の世界に帰れるように手助けします」
しばしエリスの顔を見つめる颯斗。
無理に作った笑みが痛々しく心に突き刺さる。
(これでいいのか? 何も出来ないの? 僕じゃ無理だ。なんでこんなに心が苦しいんだ? 悔しくないのか?)
"僕は何になりたかったんだ"
自問自答の末、颯斗の心に決心がついた。
「エリスさん……僕に魔法を教えてください」
颯斗の申し出に驚きを隠せない。
「な、なんでですか?」
「僕はこの村を救いたい!」
この世界は颯斗の世界と別の世界。なのに何故ここまでするのか。
「ハヤトさんには関係ないんですよ?」
涙が目尻に溜まる。気を緩めてしまえば溢れそうだった。
「エリスさん。僕、本当は英雄って呼ばれて嬉しかった。こんな僕でも誰かの英雄になれるんだって。でも、結局は期待だけさせただけ。エリスさんが僕を置いてった時、怒るよりも自分が情けなかった。だから今度はエリスさんにあんな顔させない! 僕はこの村の英雄になる!」
「ハヤトさん……」
嘘偽りのない言葉にエリスは気持ちを制御する事が出来ず、崩れるようにその場で涙を流す。
ハヤトはエリスの方にそっと手を置いた。
「ありがとうございます。私、ハヤトさんの力になれるように、頑張ります」
「よろしくね。エリスさん」
「はい!」
本来の笑顔を見せて、力強く返事をする。
思い立ったが吉日。と言いたい所だが、遅い時間という事もあり、魔法の練習は後日となった。
二人は一度アリスが待つ家に戻る。
家では料理をこしらえたアリスが帰ってきた二人を出迎えた。
その日の夕食はとても賑やかで、あっという間に夜が更けていく。
「あれ、エリスさん?」
汲まれた水で水浴びをした颯斗が戻るが、エリスの姿が見当たらない。
よく見ると、ロッキングチェアの背もたれから白い髪がぴょんと出ている。
回り込むと、静かに寝息を立てるエリスが気持ちよさそうに寝ていた。
颯斗がその姿を見て微笑んでいると、エリスの膝の上に一冊の本が置かれている事に気づく。
少し気になった颯斗はその本を手に持ち、ページをめくっていく。
タイトルは『伝説の風』
それはエリスが話していた伝説の風と呼ばれた人物の物語が綴られていた。
「気になりますか?」
ドキッとした颯斗は思わず本を離してしまうが、寸前で上手くキャッチする。
胸をなでおろし、後ろを振り向くとクスクスと笑うアリスがいた。
「ごめんなさい。あまりに真剣に読んでいたのでつい」
持ってきた毛布をエリスにかけると本を見つめる。
「エリスはその本が大好きなんです。いつか本物の英雄に会うのが夢だなんて。だからハヤトさんと会った時は、本当に嬉しかったんだと思います」
「蓋を開けてみればただのポンコツでしたけどね」
アリスは首を横に振った。
「エリスから話は聞きました。私達の村のために」
「いえ。僕に出来るかは分かりませんが何もしないよりかはましかなって。それに」
エリスの顔を眺めたまま言葉を続ける。
「僕は英雄ですからね」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるアリスだったが、上体を起こした瞬間目つきが変わった。
「所で英雄であるハヤトさんに一つご相談があります。エリスの事なんですが、実はもう一つ夢がありまして」
「は、はい」
急に饒舌になるアリスに若干戸惑う颯斗。まるで獲物を捕らえようとする獣のよう。
「その夢というのがーー」
「うにゅ? お母さん?」
目を覚ましたエリスが欠伸をすると目をこすりながら二人の方に顔を向ける。
「あら、起こしちゃったわね。ほら、ちゃんとベッドで寝なさい」
「うん」
背中を押されながらエリスは自室のある二階へと上がっていく。
エリスのもう一つの夢が少々気になったが、睡魔に襲われた颯斗も用意された布団で睡眠をとる。次の日には昨日のアリスの会話など忘れて、目を覚ました。




