11話
突然のエリスの告白から一週間後。
帰る方法が見つからない颯斗はエリスの自宅の空いていた一室を借りて過ごしていた。
「ハヤトさん、朝ごはんが出来ましたよ、!」
床に敷いた布団にダイブすると、中から唸り声を上げながらかけている布団から顔が出てくる。
「呼びに来てくれるのはありがたいんですけど、もうちょっとなんとかなりませんか?」
「こうすれば男の人は喜ぶと聞いた事があるので」
誰から教わったのだろうかと一瞬疑問を浮かべながらも布団からエリスをどかし、ゆっくりとのびをした。
二人で一階に下り、朝食を並べているアリスに挨拶を交わす。それぞれ席に座り終え、一緒に朝食をとった。
「ハヤトさんはこの後どうするんですか?」
毎朝聞かれる質問。いつものように颯斗はアリスに答える。
「今日はアルビンさんに頼まれてる事があるので。その後、書物庫に行こうかと」
「そうですか。夕飯までには帰ってきてくださいね」
「分かりました」
最後のパンを口に含み、胃の中に落とすと手を前で合わせる。
「ごちそうさまでした。いってきます」
「いってらっしゃいませ!」
二人に見送られた颯斗は急いで、アルビンの元に向かった。
「アルビンさん!」
村の広場で待つアルビンを見つけ、急いで駆け寄る。
「やぁ、ハヤト君。時間を開けてもらってすまない」
「特に用事はなかったんで気にしないでください」
「そうか。じゃあ、早速だけどこの辺りの魔物退治を手伝ってもらおうか。どうやらあの競争でマッドウルフに怒りを買ったらしくてな。この村の近くにも現れたと報告があったんだ。報酬ははずむからよろしく頼む」
あの競争が終わってから颯斗はこうして誰かかの手伝いをし、お金を貰っていた。
最初は受け取る気持ちなどなかったが、元の世界に戻るための旅に出る事かもしれないとの事で村人達はお金を渡しているのだ。
「この辺りのはずなんだか」
近くの森の中に入り込んだ二人を迎えたのはガサガサと揺れる草木の音。
「お出ましだ」
草木の奥や木の上から見下ろしていた二人を窺うマッドウルフの群れ。
自分達の縄張りに入り込んだ事に腹を立てているのか唸り声を上げて威嚇している。
「アルビンさん、どうします?」
「こいつらを殺すわけにはいかない。元々は俺達のせいだからな」
だが、マッドウルフ達はアルビン達の気など知らず、本能のまま飛びかかった。
二人は悠々と避けると死なない程度で、しかし再起不能になる力でマッドウルフの腹を蹴り上げる。
キャンッと声を漏らし、地面にぐったりと二頭のマッドウルフが横たわった。
「その調子だ!」
その後も同じようようにマッドウルフを気絶させ、計10匹を檻に捕獲し、馬車に乗せてある程度離れた場所で解放する。
痛みつけられた事で颯斗達に刃向かおうとしないマッドウルフ達は一瞥する事もなく、檻を出てすぐに平地を走り去っていった。
「行ったな……お疲れ様、助かった。これが報酬だ、受け取ってくれ」
小袋を両手で支えるように受け取る。
見た目よりもずっしりと重い袋に困惑した颯斗は慌てて、いくらか返そうとするがアルビンに「俺に恥をかかせないために、受け取ってくれ」と言われてしまい、迷いながらも感謝の言葉を贈り、懐にしまった。
「また何かあったら頼む」
そう言うと、アルビンは颯斗と別れる。
一人残された颯斗はエリス達の元に帰る前に村唯一の書物庫へと立ち寄り、元の世界に戻るための手がかりを見つけるため本を読み漁った。
ここ最近は時間があれば書物庫による生活を送っている。しかし、まだ手がかりと呼べるほどのものが見つからず困り果てていた。
机の上に山を二つ作り、重要そうなページには目を通す。
あっという間に積まれていた本を読み終わり、新たな本を探しに行った。
颯斗の背より遥かに高い棚を見上げながら、そばにあったハシゴで一番上まで登る。
指で背表紙をなぞって探していると、指先は一冊の本に触れながら動きを止めた。
その本はエリスも持っている『伝説の風』だった。
ふと、あの時パラっと見た内容を思い出した。
「確か伝説の風も突然この世界に現れたんだっけ?」
今の自分と伝説の風を重ね、親近感を湧きながら隣の本に目を移す。
「ん?」
思わず手に取り、まじまじと見る。
題名に『首飾りの奇跡』と書かれた本を持って下に降り、席に座ってページをめくっていく。
魔王に支配された世界。食料もまともにとれない人々はただ、自分達の死を待つことしか出来なかった。
だが、ある日の事だ。巫女の少女は神からお告げをもらい、泉へと向かう。
少女が泉に着くと、湖が輝き出し、水面に美しい装飾が施された首飾りが浮かび上がった。
ガラスを扱うように丁寧に首飾りを持ち上げると、再び神からのお告げを授かる。
『その首飾りは貴方の願いを叶えてくれるでしょう』
少女はすぐに首飾りを首に付けて願った。
『この世界に平和の光を』
首飾りはそれを聞き入れたのか、数日後に魔王が支配する時代は終わりを告げる。
この本のに対して颯斗が抱いた印象は中途半端だった。
『伝説の風』と比べると明らかに話の出来が悪く、重要な部分があらふやで、読者の想像に頼ったような文体。
口からはため息を吐きながら、そっと本を閉じる。
気がつけば日が傾き、茜色の光彩が颯斗に帰宅の時刻を告げた。
「もう、こんな時間か」
『首飾りの奇跡』を元の棚に戻すと、司書に一言お礼を言ってから早足に帰宅する。
茜色に染まっていたはずの空はいつの間にか薄暗くなり、星をいつくつか散りばめていた。
「戻りました。遅くなってすいません」
入って早々エリス達に謝るが、気分を害した様子もなく颯斗を迎え入れる。
「ハヤトさん。"戻りました"ではなくて"ただいま"ですよ」
「あ、その……た、ただいま」
「はい。おかえりなさいませ」
詰まりながらも言う颯斗に、にっこりと笑顔でエリスは温かく接する。
前の生活ではあまり返ってこなかったこの言葉。とても心地よく、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「さぁ! 夕飯も出来ています!」
颯斗の腕を引っ張って椅子に座らせ、二人も席に着いた。
食事が済み、温かい紅茶で一息つく。
「ところでハヤトサン。書物庫で何か手掛かりになるものはありましたか?」
「あまりですかね。あ、気になる本ならありました。『首飾りの奇跡』って本なんですけど」
途端にエリスの瞳はキラキラと輝きだす。
「あの本ですか! 私、あの本も大好きなんです! 『伝説の風』と同じように言い伝えられているお話で、首飾りの力が魔王の時代を終らせるんです!」
「いや、同じような話がふたつあったら、どちらか一方は作り――」
何かの違和感を覚えた颯斗は言葉を止める。
同じように言い伝えられた話……魔王が支配する時代……同じ時代……。『首飾りの奇跡』は所々重要な部分が欠落していた。
「もしかして、二つの話は」
何も見えない暗闇に小さな光がさしたように希望が見えた気がした颯斗は思わず立ち上がる。
エリスとアリスは驚きと動揺が混ざった表情で颯斗を見た。
「ど、どうかされました?」
「エリスさん! 『首飾りの奇跡』に詳しい人知ってますか?」
「それなら村長が……」
それを聞いた途端、家を飛び出して村長の家へと向かう。
肩で息をしながら村長宅前に着いた颯斗は大きく二、三度深呼吸をして心拍数を整えると、扉を三回ノックした。
中から声と共に扉が開かれ、村長が颯斗を出迎える。
「ハヤト殿? どうかされましたか」
「あの、『首飾りの奇跡』について知ってる事を聞きたいんですが」
「ええ、構いませんが。どうぞ中へ」
中に招いた颯斗を床に座らせ、同じように胡坐をかいて座った。
「さて、『首飾りの奇跡』についてでしたな」
「はい。正確には首飾り自体についてですが、あの話が言い伝えられていると言う事は実物の首飾りもあると思ったんですけど」
長老は一息つくと颯斗の目を真っ直ぐと捉える。
「……魔王祭」
「魔王祭?」
「十年に一度開かれる大会です。そして優勝した証こそ伝説の首飾り、手にしたものに一つだけ願いをかなえる力を持つと言われています。しかし、実際に願いが叶ったものはおりません。ですが、その大会で優勝した者達は巨万の富と名声を手に入れる事が出来るため多くの参加者が集っております」
「その大会に優勝すれば首飾りが手に入るんですね」
「そうですが、何故首飾りを」
長老の疑問はもっともだ。願いが叶わなければただの首飾り。しかし、颯斗はあくまで首飾りにしか目を向けていなかった。
「『伝説の風』と『首飾りの奇跡』。どちらも同じ時期に言い伝えられた話ではないですか?」
「確かにどちらも昔から言い伝えられていましたがそれが――」
「二つの話は一つだった」
遮るように発せられる颯斗の考えに長老は耳を疑う。
「は、颯斗殿。どうしてそのように思うのですか?」
頭の中で組み立てられた推測。それを確信と思える颯斗は堂々としていた。
「『伝説の風』は細かく言い伝えられているのに『首飾りの奇跡』には重要な部分が欠落していました。最初は『首飾りの奇跡』は後から作られた話だと思いました。でも、首飾りが実在している事で確信が持てました。巫女の願いを聞き入れた首飾りは世界の平和に導くために別世界の住人を呼び寄せた」
「ま、まさか!」
思わず立ち上がった村長を見上げながらはっきりと答える。
「そうです。その人物こそ『伝説の風』なんです」
信じられない様子でペタリと尻餅をつくとそのまま胡坐をかく。
「確かにそれなら辻褄が合います。それで颯斗殿はこれからどうするんですか?」
村長の話を聞いた時点ですでにどうするかなど決まっていた。ようやく見つけた元の世界に帰れる可能性を逃したくはない。
「今日にでも僕はこの村を出ます。そして、魔王祭に出場します」
颯斗の頑なな決意に村長は止めはしない。
「そうですか。ですが、魔王祭に出場条件には指定された大会で3回以上の優勝をしなければなりません。それだけは覚えておいてください」
「分かりました。いろいろ教えてくれてありがとうございました」
颯斗は立ちあがり、深々とお辞儀をしてその場から立ち去ろうとすると、「待ってください」と長老から呼び止められる。すると、長老は引き出しから背負い鞄を取り出し、そこに地図や少しばかりの食料を詰め込むと颯斗に渡した。
「持ていってください。どんな旅でも手ぶらでは危ないですから」
「村長……ありがとうございます」
ここまでしてくれる村長に。いや、村長だけではない。エリスやアリス、アルビンや他の村人も見知らぬ自分にここまでしてくれる事に思わず気持ちが込み上げるが必死に涙を堪え、その場を後にした。
颯斗が家に戻ったのは出て行ってから2時間後の事だった。流石に泣きそうな顔を見せるわけにもいかなかったため気持ちを落ち着かせていたのだ。
入る前に鞄を木陰に隠すと、大きく息を吸ってから扉を開けた。
「た、ただいま」
「ようやく戻られましたね! どこに行っていたのですか? 突然走り出したから心配したんですよ」
「す、すいません。ちょっと長老の所に」
ふくれっ面のエリスに苦笑を浮かべていると、エリスの後ろからアリスが顔を覗かせる。
「帰ってきたからいいじゃないの。ハヤトさん、水でも浴びて今日は寝たらどうですか? 仕事をして疲れているでしょうし」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
そう言って颯斗は水を浴びに行き、布団に入り込んだ。しかし、数時間経っても颯斗は眠りにつく事はなく、布団から起き上がると音を立てないように、そーっと扉を開けて廊下に出た。他の二人が寝ていることを扉の隙間から確認するとわずかながらのお金を置いて外へと向かう。
隠しておいた鞄を背負い、地図で近くの町に行き先を決めるとエリス達が眠る家を一瞥した。
「さよなら。エリスさん、アリスさん」
胸の奥の苦しみに耐え、ハナハ村を去る颯斗。
ここに来てから辛い事もあった。しかし、それ以上に充実していた。短い間だったが本当に楽しかった。
ハナハ村での生活が走馬灯のように蘇る。いつの間にか何時間も森の中を歩き続けていたらしく、目の前にようやく出口が見えてきた。
日の出の光に目を細めるながら森を抜けだすと草原が広がり、目の前の緩やかな傾斜が待ち構えている。颯斗はその頂上を見つめると、そこにいる人物に驚愕した。急いで頂上に向かった颯斗。
肩で息をしてその人物を直視する。光に照らされ際立つ白い髪とワンピース。あの時と同じように青い瞳で颯斗を見つめていた。
「お待ちしておりましたよ。ハヤトさん」
「エリスさん。どうしてここに」
変わらず笑顔でエリスは問いに答える。
「なんとなく、ハヤトさんが何処かに行ってしまような気がして起きたらハヤトさんが鞄を背負って何処に行こうとしてるのが見えたので、慌てて用意して追ってきたんですよ。どうせなら驚かせようと思ってこうして先回りしたんですけどね」
悪戯っぽい笑みで舌を出す。
「それにハヤトさんについて行くって約束しましたから」
迷惑をかけないように村長以外には誰にも言わないで村を去ったのに。
しかし、締め付けられていた心の苦しみはエリスの笑顔を見た瞬間に何処かに飛んでいき、今は温かさが残っている。
「……あの、ハヤトさん?」
返事をしてくれない颯斗に、怒らせてしまったのでは? と恐れていると颯斗はそのまま歩きだしてエリスの横を通り過ぎる。
「あ、あの……」
今にも泣きそうなエリスだが何と声をかければわからないでオロオロしている。すると颯斗の脚がピタリと止まり、くるりと体を向けた。
「エリスさん、どうしたの? 早く行くよ」
朝日に負けないぐらいに笑顔を輝かせ、颯斗の後を追う。
こうして二人の長く苦しい旅は幕を上げる。




