10話
頭にひどい鈍痛を感じながらベッドから起き上がり、錯乱した記憶のピースを一つずつはめていく。
「そうだ……競争に勝って……それから気を失って」
考え込んでいると横から重みが加わり、ベッドの上に倒れる。何が起こったか分からないが、重みの正体を目で確認した。
白い髪が目の前でもぞもぞと動いたと思えば、バッと見上げてキラキラした目で真っ直ぐこちらを見ている。
「目が覚めたのですね! 心待ちにしていました!」
小動物のような愛くるしさに思わず抱きしめたい衝動にかられるが、何とか思い留まり、顔を横に背けながら横目でチラチラと様子を伺う。
「あ、あの。退いてくれると嬉しいんだけど」
「これは失礼いたしました。少し、はしゃいでしまいましたね」
特に慌てた様子もなく、ベッドから離れたエリス。
上体を起こし、足を床につけた颯斗は早鐘を打つ心臓を落ち着せる。
「さぁ、ハヤトさん! 行きますよ!」
「行くって、何処にですか?」
「もちろん皆さんの所ですよ!」
手を引っ張られ、外に連れられた。
外では颯斗の勝利を祝うためお祭り騒ぎ。颯斗が外に出ると、一目見ようと群衆が一気に詰め寄った。
何とかしてその場から脱出したが、あまりの人の多さに人酔いになりながら集会所の扉を開ける。
そこにはハナハ村の村長はもちろん、コロロ村やその他の人々が床に座って宴会を開いていた。
「おっ、皆どいてどいて! 英雄様のお通りよ!」
率先して颯斗達が通る道を開かせたのは見覚えのある女性。
「ミシェルさんも来てたんですね」
「そんな事はいいから。ほら! さっさと歩きなさい!」
背中を押されて、村長達の前に立たされた二人は静かに正座する。
さっきまで騒いでいた集会所は静まり、外から漏れる人々の声が微かに聞こえるだけ。
「さて、ハヤト殿」
口を開いたのはハナハ村の村長だった。
「今回の件は感謝します。そして今までの無礼、本当に申し訳なかった」
深々と土下座する村長を慌てて止める。
「や、やめてください。誰だってよそ者を重要な勝負に参加させようとは思いません。でも、ミシェルさんは僕にチャンスを与えてくれた。そのおかげで参加する事が出来たんです」
名前を出された事で注目されたミシェルは恥ずかしさで頬を赤く染めた。
「そもそも僕がここまでこれたのは、代表者を譲ってくれたミシェルさん、競争前に助言をくれたアリスさん、ワールさんの足止めをしてくれたアルビンさん。そして」
隣のエリスを見つめながら言葉を続ける。
「ここに来てからずっと側で見守っててくれたエリスさんのおかげです」
自信を持ってそう答えると、エリスもにっこりと笑った。
颯斗の言葉を受け止めた村長は頭を上げる。
「そうか……これ以上の言葉は無用という事ですな。ならば、この気持ち! 宴で伝える仕様ではないか!」
おー! と歓喜の声が上がり、すぐさまエリスと颯斗を料理の前に座らせ、一同がコップを握った。
「皆の衆! ハヤト殿の勝利を祝って、乾杯!」
乾杯の掛け声と共に高々とコップ上げる。
それのあとに続いて、同じようにコップ上げる颯斗とエリス。
和気藹々と進む宴会。様々な料理を頬張り、颯斗達も楽しんでいるとスッとアリスが横に座った。
「料理のお味はどうですか?」
「おいしいです。特にこの揚げ物が」
「そう。エリスよかったわね。あなたの料理美味しいって言ってもらえて」
逆側に座るエリスは褒められた事が嬉しいのか、ニコニコ笑っている。
「……それで、ハヤトさん」
朗らかに微笑んでいたアリスの目は鋭く、真っ直ぐ颯斗を捉えた。
何か覚悟したようなそんな目つきだが、笑顔は崩さない。
「以前から言っていました事なんですがーー」
「ハヤト君! ちょっといい?」
アリスと颯斗の間にヌッと入り込むミシェル。颯斗の目の前はミシェルの顔で殆ど埋め尽くされるほど顔を寄せられ、動揺が隠せない。
「ど、どど、どうした、んですか?」
妙に上ずった声を出されるが、ミシェルは気にせず要件を述べる。
「私の友達がハヤト君と会いたいって言ってるんだけど、会ってくれる?」
「い、いいですよ」
良かったー、と言うと数人の女性が固まったグループに手招きした。
そのグループから黄色い声が上がると、颯斗に近づく。
「競争見たよ! 私ファンになっちゃった!」
「きゃー! 可愛い!」
「彼女とかいるの!?」
質問攻めを受けあたふたしていると、ミシェルは申し訳なさから彼女らを抑えた。
「こら、あんまり詰め寄らないの! ハヤト君が怯えちゃうでしょ! ゴメンねハヤト君」
「い、いえ。大丈夫です」
苦笑いを浮かべる颯斗を一瞥すると、今度は友人達に体を向ける。
「もう! 会うだけでいいからって言ったから引き受けたのに。質問攻めしたらかわいそうでしょ!」
「ご、ごめん。間近で見たら気持ちが抑えられなくて」
友人達に説教をすると、次にアリスに向かって謝罪した。
「すいません、話を遮って」
「いいのよ。気にしないで」
嫌な顔一つしないアリスにミシェルは安堵の表情を浮かべる。
「ハヤトさん。さっきの話なんですがーー」
「ハヤト君」
野太い声が颯斗を呼んだ。
「アルビンさん!」
振り向くと微笑んでいるアルビンが颯斗を見下ろしていた。その後ろには他の村の代表者達もいる。その中に、颯斗が助けた選手もいた。
「改めてお礼を言わせてくれ。村を救ってくれて、ありがとう」
「そんな、お礼なんて」
「俺も礼を言わせてくれ。君の助けがなければ俺はどうなっていたか分からない。救ってくれてありがとう」
アルビン達は深々と頭を下げた。
「アリスさん、すいません。話の途中に割り込んでしまって」
「い、いいのよ。気にしないで」
顔は笑っているが、上げた口角がピクピクと動いているのは気のせいではない。
「俺達どっか行きましょうか?」
「いえ。逆にいてくれた方が好都合かもしれませんし」
その場にいた全員がアリスの話の意図を全く掴めていなかった。
一度咳払いをすると、三度向き合う。三度目の正直となるか。
「ハヤトさん。話というのはーー」
「おいおい! 英雄様の前に食事が少ないぞ!」
「本当ね。誰か! 早く料理を持ってきてちょうだい!」
村人達の気遣いでどんどん料理の山がハヤトの前に運ばれていく。
まだ食欲はあるのだが食べきれだろうかと思っているのだろう颯斗だが、一方アリスは表情が強張りを増していく。。
「あら、ごめんなさいねアリスさん。話の腰折っちゃって」
「い、いいんです。き、気にしないでください」
二度ある事は三度ある。ならば、四度目はどうだろうか。他に話しかけてきそうな人物がいないか周りを伺い、確認したのち口をひらく。
「ハヤーー」
「ハヤト殿! 楽しんでおられるか!?」
酒に酔って陽気なハナハ村の村長の声に混じって、ダンッ! と大きな音が立つ。
何事かと皆が見つめる先に金属のフォークが垂直に立っていた。
木製の皿に突き刺さった……だけならまだ可愛いものだが、フォークは皿を貫通して床に刺さっている。
そして、笑顔で細まったアリスの目は冷たいながらもメラメラと炎が上がっていた。
「村長、何か御用でも? 出来ればこちらの話を進めたいのですけど?」
仏の顔も三度までとはまさにこの事。
あまりの冷たい声に酔いが覚め、背筋をピンと伸ばしてしまう。
「い、いや! どうぞ話をしてください!」
「そうですか」
温厚で村に知れ渡るアリスがここまで感情的になる事が珍しく、周りの人々は黙ってしまった。
「ア、アリスさん。落ち着いてーー」
「ハヤトさん。娘である事を抜きにしてもエリスは料理が上手です。掃除も洗濯もきっちりとします」
「え、急に何の話をーー」
いつもの口調で話すアリス。そして、ハヤトの言葉をこう遮った。
「エリスをハヤトさんのお嫁にしませんか」
「はい!?」
聞き逃せない言葉に思わず声が上がる。
「貰ってくれるんですね!」
「了承のはいじゃなくてですね」
「お、お母さん!? 急になんでそんな話を」
母親の言動にエリスもツッコまずいられず、体をぐいっと近づけた。
なおも同じ口調のまま話を続ける。
「何って。エリスの夢でしょ? いつか現れた英雄と結婚する事」
「なっ!?」
皆の前で暴露され首まで紅潮させるエリス。
「そ、そもそも! エリスさんが僕を気にいるとは限らないと思うんですけど」
「エリスはどうなの?」
「私は、その」
横目で見ると、颯斗と目が合う。そして目を泳がせながら視線を外した。
「……いや……ではないです」
「だそうですが」
予想外の発言に颯斗は目を丸くする。
「で、でも」
袖を引っ張られ目を向けると不安そうな顔をするエリスが見上げていた。
「私じゃ、ダメ、ですか?」
袖を掴む指にキュッと力を加え、頬を朱色に染め、熱がこもった潤んだ瞳の奥に颯斗を映す。
「で、でも。僕達会って一週間ぐらいだし。もしかしたら、雰囲気に流されてるだけかも」
エリスの姿に強く言えず、否定的だが何か理由をつけて諦めさせようとする弱い姿勢になっていた。
「そんな事ありません! 私が勝手に期待して、勝手に裏切られたと思っていた私にハヤトさんは村のために魔法を教えて欲しいと言ってくれました。一週間の練習も嫌な顔一つしないで続けてくれました。ハヤトさんの優しさに、私は……私は……」
涙声になりながら必死に想いを告げる。
「ハヤトさん、私は、貴方を……お慕いしております」
周りからは女性達の甲高い叫びと、男性達の野太い声が入り混じった。
頬に熱を感じながらも颯斗は今だけではなく先の事を見据えてエリスに諭すように話しかける。
「エリスさんは可愛いくて、炊事もちゃんと出来る。こんな理想的な女の子に慕われるのは正直嬉しい。それに、ここに来た当初は元の世界に帰ろうとは思いませんでしたし」
「では!」
パァーと笑顔の花を咲かせるエリスだが、颯斗は飽くまで冷静に首を横に振った。
「でも、コロロ村の代表として参加して思ったんだ。僕でも誰かのために何かする事が出来るんだって。だから、元の世界に戻りたい。もう逃げたくない」
さっきまで弱腰だった人間とは思えないほど強く、真っ直ぐな目で答える。
涙を堪えて小刻みに震えるエリスに罪悪感を覚えながらも言葉はかけない。それこそ、エリスを惨めにしてしまう。
「……分かりました」
安堵の表情を浮かべる颯斗。
「私も一緒についていきます!!」
「え? ……えぇぇぇぇぇ!!」
エリスの答えは誰も思ってもみない発言だった。
「エリスさん!? 僕の話聞いてた!?」
「聞いていました! 一字一句全て! ですから私もハヤトさんの世界についていきます! それでは問題はありませんね!」
「いや、大ありだと思うんですけど。アリスさんも何か言ってーー」
「娘が旅立つのは寂しいわ。幸せにねエリス。帰ってこれそうだったら遊びにきなさい」
ハンカチで目元を拭きながら娘の旅立ちを後押ししている。
「いやいやいやいや! そこは止めないんですか!?」
「ハヤトさん!」
耳元で叫ばれ、思わず体が強張った。
「なんでダメなんですか!?」
「いや、だって」
立場が逆転し、ぐいぐいと颯斗は追い込まれていく。
「可愛いって言ってくれたじゃないですか!」
「は、はい」
「炊事もちゃんと出来ます!」
「う、うん」
「理想的って言ってくれました!」
「うぐっ」
「なのに、なんでダメなんですか!?」
言葉の弾丸を全て喰らい、ぐうの音も出ない。
颯斗の言葉は全て本音であり、自分にはもったいないほど理想的な女性だ。実際問題、颯斗がこの世界に留まるかエリスが向こうの世界に移住すれば丸く収まるのだ。
「や、やっぱりダメ!……だと思う」
「その理由を教えてください!」
理由なんてない。言葉だけで否定しているのだから。
そんな中アリスから一つ提案が出された。
「ハヤトさんはまだ元の世界には戻らないですよね」
「え、は、はい。そもそも、戻り方も分からないですし」
「なら、ハヤトさんがこの世界にいる間だけでも、エリスをあなたと同行させていただけないでしょうか? もし、元の世界に戻る時、エリスを連れて行こうと思うなら一緒に連れて行ってあげてください」
アリスの目は真剣そのもの。颯斗は仕方なく首を縦に振った。
「……分かりました」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しさのあまり颯斗に抱きつくエリス。一方の颯斗は茹で蛸のように真っ赤にする。
颯斗の勝利から二人を祝福するムードに変わり、夜がふけるまで宴は続いた。




