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9話

 先頭を陣取るワールは魔法も使わず、鼻歌交じりに優雅にとジョギング感覚で山の頂上まで来ていた。

 他の協力者が敗れたとしてもアルビンの迷宮(メイズ)を攻略するには時間がかかるとたかをくくり、頂上に待つ係員に手首に巻いた赤色の紐を見せる。


「ワール様、こちらが指定のコインです」


 同じく赤色のコインが手渡された。


「ちなみに、俺が一番かね?」

「はい。頂上にたどり着いたのはワール様だけです」

「それは結構。このまま俺のダントツ優勝だな」


 話す余裕も見せ、きた道を下り始める。


「まぁ、頂上すら辿り着けないだろうけどな」


 高笑いをするワール。

 その横を一陣の風が通り抜けたかと思えば、後ろでのやり取りが聞こえる。


「ハヤト様、こちらが指定のコインです」


 ワールは恐る恐る背後に振り向くと、白いコインを受け取った颯斗は肩で息をしながらこちらを見ていた。


「やっと、追いついた!」

「くっ! スプリングスタイル!」


 膝から下がバネのような形状へと変わると近くにあった木を蹴る。


「アクセルホッパー!」


 バネと化した脚は木を蹴った事で力を溜め、それを放出する事で桁外れな加速力を得たワールは地面を水平に跳ぶ。


「逃がさない!」


 颯斗も風を使いなんとか姿が見える位置を必死にキープする事が出来た。

 しかし距離を詰める事は叶わず、麓に差し掛かってからも縮まる事はない。


「ヒロイックスタイル!」


 岩や木などが少ない平地では今のスタイルは不向きと判断したワールは平地に最も適した、元の形状に体を戻す。

 速度は衰える事を知らず、颯斗との距離を縮める事を許さない。


「もっと、魔法を」


 焦燥にかられた颯斗は魔力を足に集中させるが無闇に垂れ流すだけ。


「フン! まともな魔法も使えないボーイが俺に勝てるわけないだろ!」


 言葉を吐き捨て前方を伺うワール。

 前にはアルビンの作った迷宮がそびえ立っている。

 ゴールをそれほど遠くない。と思いながら迷宮の横を通ろうとした瞬間だった。足元から一枚の壁が隆起し、ワールの脚を止める。


「こ、これは。まさか」


 横目でアルビンを盗み見ると手を地につけながら座り込むアルビンの姿が瞳に映った。


「アルビン! 貴様、裏切ったな!」

「俺は信じてみようと思っただけだ。エリスの英雄に」


 アルビンの視線の先には追い上げるため必死に脚を動かす颯斗の姿が。

 勝利が危ぶまれている状況に焦りを覚え、目の前の壁を拳で破壊。急いで魔法を使いゴールを目指す。

 その後ろを追いかける颯斗とアルビンの体が一瞬ではあるが横に並ぶ。

 聞こえるか分からない。たとえ聞こえなかったとしてもアルビンは言いたかった。


「君に任せた」


 風を巻き上げて走り抜ける。

 アルビンの声が颯斗に届いたかは言うまでもない。


「任されました!」


 アルビンの一言が乱れた心を落ち着かせ、無駄な魔力消費を抑える。

 一度失速したワールとの差を縮めるのは容易たやすく、後方10mまで追い上げた。しかし、ワールも十分加速したためそれ以上近づく事が出来ない。

 すでに会場が目視出来る地点まで来ていた。


「残り80エルズ! 先頭を走るのはワール=シスギス! その後ろをついてくるのハヤト=カザハヤただ一人!」


 優勝候補と弱小と思われた村の代表の接戦に観客席の皆は手に汗握る。

 エリスは映像を一瞥してから遠くの平地を眺め、胸の前で両手を軽く握った。


「お願します。ハヤトさんを勝たせてください」


 目を瞑って祈るエリスの両手にアリスはそっと手を添える。


「大丈夫よ。ハヤトさんはバーダさんに似てるもの」

「ハヤトさんが?」

「ええ。最後まで諦めないあの走りと眼差し。本当にそっくり。それで決まってバーダさんは最後の最後に逆転してくれる。きっとハヤトさんだって」

「……うん、ハヤトさんなら必ず」


 颯斗を信じてゴールを待つ。

 一方、颯斗の体は限界が訪れていた。

 息を吸うたびに食堂あたりから痛みを感じ、脚を早く動かそうにも勝手に力がセーブされてしまう。


「どうしたボーイ? 俺を抜かすんだろ? ならやってみろよ!」


 まだ余力を残すワールに速度が落ちる気配は皆無。

 疲労から颯斗の視界がぼやけ始める。

 だが、そんな状況でも颯斗は冷静だった。

 ワールに追いつくためには少しでも速く走らなければならない。ならどうするか?

 手の振り方は今のままでいいのか? ……違う!風に逆らわずだらりと後ろに。上体は前に倒す。体が倒れないように歩幅は大きく。そして、加速するための魔法を……風を!

 颯斗の周りに不規則に風が流れる。

 ゴールまで100m。後方の颯斗など蚊帳の外に置き、ワールは確信した勝利に高笑う。


「俺の勝ちだ!!」


 誰もがワールの勝利が決まったと思われた。颯斗の異変に気がつくまでは。

 後方の颯斗の体は螺旋回転する風に包まれた。異常事態に観客達は息を飲んだ。

 70……60……50メートル。

 颯斗の口は自然と魔法を叫ぶ。


「追い風!!」


 螺旋の風がゴールに向かって推進力を増大させ、目の前のワールごと巻き添えに突き進む。

 突風が巻き起こす砂埃が会場の人間の視界を全て奪った。

 誰かがゴールしたのかも分からないため、砂埃が落ち着くのを待つ。


「おい! あそこに誰かいるぞ!」


 一人の観客が指差す方に視線が集まる。

 確かに、そこには誰かが倒れていた。颯斗なのか、ワールなのか、それとも全く別人なのか。

 砂埃から現れたのは黒く焼けた人の体……ワールの姿だった。

 歓声と悲痛な声が入り混じる。


「そ、そんな……」


 村がなくなる事実に悲しみを覚えるエリスはワールから目を離し、ポロポロと涙を流す。しかし颯斗を攻めようという気は一切ない。

 自分の我儘にここまで付いてきてくれた颯斗には感謝を伝え、彼が望む出来る限りの事をしよう。

 誓いに似た思いを抱いていると、アリスに肩を叩かれる。


「まだ諦めちゃダメよ」

「で、でも、もう」


 観客席の周りがざわめき始め、何が起こっているのか分からずワールを再び視界に入れた。

 ワールの体までを見せていた砂埃は、少しずつ地面を覗かせる。

 ようやくゴールの白線が浮かび上がると皆は驚愕をせざるをえなかった。

 ワールは手を白線に伸ばしているが数センチ届かず、体は平地側にあった。それが意味する事は。


「ワールはまだゴールしていないぞ!」

「映像班! 急いで確認を!」


 興奮のあまり素で指示を送る実況者。直ちに映像がゴール付近のリプレイ映像に変わる。

 砂埃により画面は一面茶色に染められるが、下の方からワールが転がってくる場面が映る。

 あと1回転の所で体は止まり、今と同じ体位のままピクリとも動かない。


「ワ、ワール=シスギス、ゴールならず! ……という事は」


 まだ砂埃が止まないゴールの先。

 次第に晴れていく中、そこにも人が倒れていた。

 突風の張本人でもある颯斗が地面に体を預けている。彼の顔はさっきまで村の命運を背負った試合をしていたとは思えない。

 眠っているように見えた。


「コ……コロロ村代表! ハヤト=カザハヤ、ゴール! よって、今回の計画は白紙に戻りました!」


 勝利を祝福する歓声が上がる。その中には颯斗の勇姿に心を打たれたササラ村やその他の賛同者すらも含まれていた。


 意識のないまま未だに倒れたままの颯斗に近づく人影。颯斗に肩を貸し、立ち上がらせる。


「ん……あれ?」


 そこで気がついた颯斗は、肩を貸してくれる人物へと目をやった。


「英雄さん。お目覚めかい?」

「アルビン、さん」


 一滴まで絞り出した体力を使いきり、一人で歩く事が出来ず、いつの間にか戻ってきていたアルビンに体を預けたまま会話を続ける。


「競争は……」

「周りの声を聞いてみろ」


 自分の名前を何度も呼ぶ声が聞こえた。

 勝利を実感した颯斗は顔を僅かに綻ばせているといてもたってもいられなかったエリスが観客席から飛び出し、颯斗の元に駆けつける。


「ハ、ハヤドざん」


 涙でぐちゃぐちゃの顔のエリスは何かを伝えようとするが、言いたい事が多すぎて気持ちの整理がつかず、「あぅ」と声を漏らすばかり。

 そんなエリスを察した颯斗ははにかむ。


「エリスさん、僕……英雄になれたかな?」


 一瞬目を丸くするが、すぐに微笑み返す。


「はい。貴方は間違いなく、私の、そして村の英雄です!」


 その言葉が聞いた途端、今までの緊張から解放された反動から意識が暗闇の中に落ちていく。

 次に颯斗が目を覚ました時は競争が終わった2日後だった。


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