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ダンジョン解放ー376日目ー

体が自然に動いてしまう


「ふん!はっ、そこ!あんっ!」


そういって両手を、あるいは体も髪も、上下左右に振り回している黒髪の少女。


「くくくく、、、、ぷっ、、、くく」


それを横目に冷静に、体を一切微動だにさせずに、器用に口元だけは笑って。


「笑うな!、、、ってか君がもうちょっとちゃんと協力してくれたら良い事だろ!?」


「だって、、、ねぇ。くくく、ふひっ、下手だねぇ」


「慣れてないの!私はこういうのあんまりやった事無いの!」


そういってへたくそな少女は、男を睨む。何となく湿った何かが目元に見える。






「何なのよ!このクソゲー!ただ火山を登るだけって!意味分かんない!」


そういって、リセットボタンを押す。


「あーあ、それじゃあこの『火山クライマー』も負けを認めるんだね。」


「、、、、、いや、もっかい!!」


再び部屋を訪れた少女、今日はジンジャーでは無くココアのクッキーを手土産にして。今日こそ、このダンジョンの仕組みについて聞いてやろうかと思っていた。


男の何気ない一言、僕に一度でも勝てたら教えてやろうかな。そんな言葉はゆっくりと話すための、長い話の手慰み、その程度に思っていた。浅はかな少女は簡単にその提案に乗り、もうすぐ負けが三桁に届くところだ。なにをやってもどんな種類のゲームをやっても、彼が勝つ。まあ、彼が持っている二人で出来るゲームはこれで最後であった。最終的に協力ゲームであっても、殺し合いに発展する始末。それさえも、先に仕掛けるのは短気な少女から。男はそれを避けて、結局自滅に近い形で負ける。


もし家族が居たなら、すでに晩ご飯でも食べて行くか、とでも聞かれる時間帯に成っているだろう。


「晩ご飯は、シチューと唐揚げどっちがいい?」


まさか、男の口からそんな言葉がとび出てくるとは思わなかった。この生活感のまるで無い男が料理を出来るんだろうか。まあ神ゲーをやろうがクソゲーをやろうが腹は減るのだ。クッキーはとうの昔に空になっている。次はポテチを持ってきて、ゲーム中に食べてやろう。そんな事を考えていた。


「鶏肉が余ってるんだよ。ちなみにシチューはチキンのホワイトシチューの予定だけど、どっち?」


口の中が湿って行くのが、口惜しい。


「、、、、シチューがいい」


すこしうつむき気味に、グリーンピースはいらない、と小声で続ける。


「ぷっ、おこちゃま」


こんな風に、人の邪魔するような事ばかりを言う。そうだ、私がへたなのでは無い、この男がずるいのだ。今死んだのだって、ボタンの押し間違えも、この男のせいだ。そうに違いない。そう言う目で背をこちらに向けて立ち上がる男を睨む。


「はい、今日はもうおしまい。じゃあ僕はご飯作り始めるから。邪神ちゃんは好きなゲーム練習してても良いよ」




逃げられた。そうあいつは逃げたのだ、この邪神である私に恐れをなして。他の生物、人間と同じように。ただ一つ違うのは涙や叫びをこらえるのではなく、笑いをこらえているところぐらいだ。些細な問題だ。


押しなれてしまったコンテニューをもう一度押す。


「なんでそんなにうまいのよ、いや、毎日やってるからってのは分かるけどね。普通こういうのって手加減して話す流れじゃないのさ。ちっ、もう一回」


もう一度コンテニューを押す


「ってか、未だにフレコンばっかり一年以上やり続けるって、馬鹿じゃないの?いや、すごいとは思うよ、ただ尊敬は一切できない感じのすごっ、ちっ」


もう一度押す


「しかも『ぴろしの挑戦状』クリアって何よ?いやすごいけどさ、、、あっ!ちっ」


もう一度


「何回もここでひっかかるのよねー、、、ここでふん!あっ!」


キャラクターのジャンプに合わせて振り上げられた両手、引っ張られるフレコン、引き抜かれてしまったコントローラー、、、、


「、、、、もー!!!何でなのよ!?」


死んだ画面のまま固まった画面を視界から追い出して体共キッチンへの扉を見つめる、開かれたままの扉からはチキンを焼く匂いが漂ってきている。お腹の空く匂い。それでも、死んだ時用の音楽は嫌でも耳に入る。それから、じゅーじゅー、こんこん、料理の音。お腹の空く音。この角度からでは男の姿が見えない。


電源ボタンに手をかけ。コントローラーを巻き取りきちんと画面の前に並べる。先ほどまで座っていた高級なソファは少女の形に軽く沈みゆっくりと元の綺麗な形へと戻って行く、反対側には男が長い間座っているからか、いつもの定位置なんだろう、深い沈みが皮の色褪せと供に残っている。今日は床に直接座っていた。誰も来ないから、座布団も何も用意されていないから。




机の上の、クッキーが入っていた広い皿を、他にもこの部屋で食べられていただろうそのままになっている皿を手に取り、キッチンへと向かう。


「何か手伝う事はある?」


男が立つ場所へカウンター越しに皿を手渡す、今更だな、なんて考えながら。


「ありがとう、今手が離せないからそこに置いといて」


目線さえあげない。伸ばした手をそのまま下ろし、ことり、とカウンターへと皿が置かれる。


「布巾は?机拭いとくから」


「ああ、ありがとう。シチューの時はご飯欲しい人?ごめんだけど炊いてないんだよねー、間に合わないし勘弁してあげてね」


文句なんて言えるはずも無いだろう、何回ももう一回を押し付けたのは自分なんだから。布巾を受け取り、少しだけほこりの着いた机を丁寧にゆっくりと拭いてやる。他にも、本棚や窓枠などの細かなところが目に付きはじめて、気になってしまう。


すぐに終わってまた、次にやる事を探す大仕事へと戻ろうとすると、にやにやとした男がキッチンから出てくる。


「後はちょっとの間煮込むだけだから、やっぱりジャガイモがほくほくになってくれないとね。練習はどうだった?次は僕に勝てそうかい?」


「うるさいな、今日はちょっと調子が悪かっただけだよ。それよりも、もう少しキチンと掃除とか洗濯しなよ」


「あー、一人暮らしだったしここに来る奴なんて今まで一人も居なかったしさ」


「そ、じゃあ理由が出来たじゃない、私がここに来てるんだから。ほこりが気になって仕方が無かったから負けたんだよ。だから、次までにちゃんと掃除しといてね」


「さすが、邪神ちゃんは言う事が違いますね。」


どうせこの男は特に変わらないだろう、あのよれたシーツも、飲みこぼしのついたシャツも、いっぱいになっているのにさらに上へと詰まれたゴミ箱も。唯一綺麗なのはキッチンぐらいだ、それも、男の一人暮らしにしてはぐらいでしかない。


「当たり前じゃない、私は恐怖の、傍若無人の、天下の邪神様よ」


そんなおどけた言葉は鍋の蓋の、かたかた、と言う音に邪魔されて少しだけ恥ずかしい。


「よーし、いい感じだよ。まあ、季節はずれ間はあるけどね。飲み物は麦茶で良いでしょ」


「気にしないわ、こんな季節感も何も無い場所で良くそんな事気にするね」


「よっぱり旬の美味しい物ってのは幸せの味じゃないか。まあ、この部屋でエアコン動かしたのは初日だけなんだけどさ」


気温の変化、季節の移ろい、それどころか、日の傾きも分からないこの部屋で、窓があるだろうはずの場所は壁と一体化してしまってクリーム色の壁紙が家具も置かれずにぽっかりとあるだけだ。


この部屋で一年、ずっとゲームだけをして過ごしているこの普通にしか見えない男にすこし背筋が寒くなる。


「君ってさ、ただの馬鹿?」


「おや、今頃だね」


この大馬鹿野郎め

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