ダンジョン解放ー620日目ー
木が風に揺れる
「えー、おぎにりー、、、ほっとみるくに合う奴がよかったー!」
白い肌の少女が日差しなど、日焼けなど怖くはない!といった薄着の一枚物の白のワンピース、それでも彼女の肌と比べられると服の方が拗ねてしまい色がくすんでいくようだ。頬を膨らませ、ぶーたれる姿が汗をはらんだ肌が鬱陶しそうに、それでもどこか爽やかそうに見せる。
「まーちゃんはちゅうかいがいのお野菜もちゃんと食べてください。あぶらっこいんですからね。しかもおそとでほっとみるくはつくれません。今日はごしゅじん様が入れてくれたはちみつれもんです。」
しっぽをピンと立てた少女が横目で睨む。麦わら帽子の下では耳もひくひくと動いているに違いない。ラップを一つづつ丁寧に剥がしつつ、座り方もちょこんと女の子座りにして。この、自分よりも年下にしか見えない後輩とは違うのだと、生足をはしたなく放り出したりしないのだと強く思いながら。いつものメイド姿から、少し落ち着いたジーンズにシャツ、軽いジャケット。色は淡い青。自前のしっぽと最近つやが出始めた髪の赤を差し色に、早く褒めてくれと言わんばかりに胸を張る。
「はいはい、二人とも。喧嘩しててないで、先に手を洗いなさい。特にまーちゃんは泥だらけに成ったんだからね。それからミルちゃんも!あなたもさっきまで一緒になってはしゃいでたでしょ、今更遅いって。それにせっかく選んだげたその帽子の飾り、反対向いてるからね。」
甲斐甲斐しく世話を焼く黒髪の少女。白いシャツに黒いスカート、慣れない精一杯の4cmのパンプス。魔法で浮かんだ水球にゆっくりと手を入れて綺麗に、マニキュアが落ちないようにと。何の事は無い、褒められて嬉しい事にこの少女も変わりは無いのだろう。
にも関わらず部屋の主はいない。待てども影も形も無い。
少女達は、お腹を可愛らしくならすと。黒髪の少女の提案でおにぎりを次々にお腹へと納めてゆく。まだまだ成長期、食べる程に大きくなる。縦に。横に大きくなる事を心配するのは、まだまだ先の事。それは私もだと、黒髪の少女は信じている。何よりも、魔法に頼るだけの話なのだが。
お腹を満足させ、ごろん、と芝生の上に体を投げ出す。頭の上で風に揺れる枝には、白く淡く桃色の花が見頃は今だと。少女達よりも今見るべきなのは私のこの姿なんだと、その主張を止めるのはもう少し後だろう。
「おっっっそいわね、あのアホたれめ。何があと五分で行くだ、信じた私が馬鹿だった」
「うーん、ごしゅじん様はああなるとあの、、、あれですので。」
「えー、げーむたのしいよー。よーくわかるよ。にいちゃんのきもちもわかるってもんだー!」
ほっとみるくに釣られた少女は、あの男との関係に折り合いを付けたようである。あの男が良いか悪いかは別にして。美味しいに罪は無い、あれは自分を甘やかしてくれる兄のような存在だ、と。未だにこの黒髪の少女との距離を掴みかけているが何て事は無いだろう、一緒にどろんこに成って遊んでくれる人は子供にとって正義の味方なのだから。友達に成るための通過儀礼は終わったのだ。
「まーちゃんは、ゲームのし過ぎです。もうちょっとお手伝いもしてください」
「えーでもにいちゃんがにーぴーはまかせた!って言うからさー」
にやにやと少女が答える。知ってしまったのだ、この赤い少女はあの男の事を間接的でも悪くは言わないと。この少女も空いている時間にがんばって好みの恋愛漫画を読んでいる事を。
「じゃあ、ゲームが悪いんだね。お姉さんが帰ったらあのアホごと全部ぶっ飛ばしてあげるよ」
そうやって、武器になる笑顔で覗き込まれた。
「えっと、あの、えー、、、っと、にいちゃんがわるい!」
中華に釣られ、ホットミルクに釣られ、そしてゲームに釣られてしまった少女。次は漫画だろうか、アニメだろうか。そう遠い出来事では無いだろう。
その答えに、くすくす、と黒髪の少女が笑うと、釣られ少女も、えへへ、と笑う。一人だけ頬にお餅を作っている少女も、両方からそれぞれの少女に突つかれ、釣られて、同じように、あはは、と笑う。
もういちど、ごろん、と背を野に任せると。
「これが、ごしゅじん様のこきょうの花なんですね」
「、、、うん。春の花なんだよ、満開になるとね皆で集まってね、わいわい、楽しく思い思いに過ごすんだー」
「こんな、木がまるごと花になったのは森にもなかったなー、、、きれー」
風がそうっと彼女達を包む、日が登る頃からお弁当を作った少女と、遅くまで画面を見つめていた少女は、規則正しい呼吸音を奏でる。
まだまだお子様だなー、なんて思う。でも同時に良かったとも。この子達がもう少し大きくなれば、私の気持ちに気づいていただろう。女の子なのだ、小さくても、それはすぐ来るだろう。
何気ないように空間の亀裂を作り上げる、そこから薄手の毛布を四枚取り出す、
「はいこれ、掛けてあげて。汗掻いた後だから、風邪ひいちゃう」
ようやく現れた男が少女を覗き込んでいる。いつのまにか、いや、この少女にとってみればこの男の行動など
手に取るように感じていた。その程度この少女にとってみれば雑作も無い事だ。
この男が、実はちゃんと髭を剃り、歯を磨き、時間通りにあの部屋を出ていた事も、あの部屋から徒歩三分の距離を迷子に成っていた事も、自分のダンジョンで迷子に成って泣き言をぶつぶつ言っていた事も。でも、助けてやらないし、言ってもやらない。
この男を気にしてなど居ない。そうなのだ。
「うーん、ちょっとしょっぱくない?」
男は、まるで普段からそうしているように、慣れた手つきで毛布を掻ける。ついでと言わんばかりに残っていた最後の、一番大きかったおにぎりをむしゃつく。
「遊んで汗掻いたらちょうどいいように分量書いてあげたからね」
「それは、それは。後で謝っときますよ」
「君が来ないのを二人とも気にしてたよ」
少女は体を起こし、水筒から蜂蜜レモンを注ぐ。
「これはこれは、ありがとう御座いますよ。もう一つ言うとあと二三個おにぎり残しておいて欲しかったかな」
「私は、全部食べていいって言ったんだけどね。ミルちゃんが君に食べてもらうんだって言ってさ」
「うまかったよ」
「私に言ってどうするのよ」
先ほどと感想が裏返る。この男はなんだかんだこの少女達に甘いのだ。ああ、ずるいなぁ
「ねえ、君も寝転んでみなよ。綺麗だよ」
「ああ、これはわざわざ買ってよかったよ、久しぶりの太陽だ」
「あきれた、、、もう作ってからひと月以上経つのにまだ来てなかったの?ってかミルちゃん達だけでダンジョンの中で遊ばしてたの?」
「まあ、俺の部屋から徒歩三分、不審者もモンスターも何も居ない。何も起こり様が無いだろう」
男は自分の事を棚に上げて笑う。
「しっかし、不思議なもんだよな。ここがダンジョンの中だなんてさ。あっちの山とかって背景なんだよなー、俺、500m四方の草原と森に設定したのに。その向こうってどうなってんの?」
「あれはちゃんと壁になってるの、その壁が映像を写してるだけ。歩いて行ったら鼻がぐちゃっとなるわよ。人が動いたら、その分映像も動くっていうね。魔法様々っていうね」
「へー、、、、」
「、、、言っとくけどあの技術を使ってゲームは出来ないからね。」
男がごまかすように口笛を拭いた後、話題を変えようとする。私が何度ゲームの事で怒った事か。
「そういえばこの庭の名前、こいつらから聞いたか?」
「ええ、最低のセンスね。」
「でもぴったりだろう?」
『妖精の庭』 と書いて 『キンダーガーテン』 と読ませるらしい。
なら君は保母さんだね。
キンダーガーテンはkindergarten ドイツ語英語等で 幼稚園、保育園です。