ダンジョン解放ー370日目ー
ちょいと長めでござい。
扉が叩かれる
「、、、、こんにちは、お邪魔します。」
今日は今までに見た事の無い殊勝な様子だ。いや部屋の主とてこの少女にはまだ二回しか会っていないのだ。
「やあ、ようこそ。こんにちは。、、、、といっても連絡もせずに来るのは相変わらずなんだね。」
少女は、先頃訪れた格好とは打って変わり。とても現代的と言うか、この世界から言うところの異世界的と言った方がいいだろうか。藍のジーンズ、白いワンピース、レースの入った淡いケープ、髪飾りは少しだけ古びたキャラクターもの。顔には薄い化粧、と供に、、、大きく眉が寄っている。
「見てないの?、、、、連絡はしたはずだけど。本にメッセージが入ってるはず。というか、ダンジョン解放と供に現れる機能よ。、、、その顔は、、、そう見てないのね。まあ、今更いい、、、、これ」
そうやって、さも当然だろうと言うかのような微笑みを見上げるように睨みながら。手土産を渡す。
「おやおや、これは。わざわざありがとう御座います。、、、、この香りはジンジャーか。よし紅茶にしようか。砂糖の数は?」
「、、、、いらな、、、一つだけちょうだい。」
それだけいうと、キッチンへと消える男。手持ち無沙汰を感じながら、ケープをしわにならないようにハンガーにかける、時間をゆっくり使いながら、前に来た時と同じ椅子に、六人がけの机の一番上座。彼の目の前に成るだろう席。それでも、湯が沸き、カップが置かれるまでは少し時間があるだろう。
いつも思う、他人の家の中で待つ時間。なんとも言えない時間、落ち着かない。
「あ、、、『配管工姉妹』」
「ん?、、、、ああ最近買ったんだけどね。一人でやるのも味気なくてね。ついつい後回しにして他のゲームからしてしまってね。」
再び沈黙、、、アア、キマズイナ。
「なんでゲームばっかりしているの?」
そうだ、自分は気を使うはず必要は無いはずじゃないか。それでも、なんとも核心に触れるような質問が出来ない。
「ああ、どうしても好きなんだよ。ゲームが、漫画が、アニメが、、どうしようもなくね。」
ずるい答えだ、と思った。理由に成っているようで成っていない答えだ。いやこの男はそういう奴だ。前回で嫌という程学んだはず、自分のペースで話をしなければ。
「それは、答えに成って無い。わたしの知りたいのはこの状況で、ダンジョンの運営を放ったらかしてまで、ゲームをやっている、、、その理由よ。」
かちゃん、と私が言葉を切ったと同時に白磁のカップが置かれる。爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。きれいに並べられたクッキーは端の方がぼろぼろと崩れかけており、目をそらしてしまう。
さくっ、男が一枚口へと運ぶ。
「ああ、良い香りだ。甘過ぎないし好きな味だ。紅茶とも良く合うよ。」
「そう、よかったわ」
質問に対する答えでは無い。だが何故だろう、欲しかったそれではないのに、欲しかったそれよりも心が喜んでいるのは。ああ、駄目だ。ダメになる。
スプーンの上に乗せられた角砂糖をゆっくりと紅茶へと、落とす。どろどろと溶けて行く、かき混ぜる。すぐんいは溶けきらない砂糖。自分も一枚、クッキーを口へと運ぶ。うん、香りは悪くない。
「悪いけど、あなたのダンジョンを勝手に見て回ったわ。、、、怖かった。」
「だろうね、そう作ったからね」
ダンジョンの秘密、根幹を知られる事を何とも思っていないのだろう、怒る事もしない。だろうとは思っていたが、、、、
あれは知っていたところでダメだろう。先に、何よりも心がダメになる。
「この一週間、とある冒険者のグループを付け回した。男の子が四人と女の子が一人。同じ村の出身、成人して街に出てきたってさ。一年間、誰も掻ける事も無く冒険者としてやってきたって。もうすぐ八等級に上がれるって。腕は悪くないように見えたわ、仲も良いし、無茶もしない、危なげも無い。でも、、、
みんな死んだわ。
一人の男の子が最初に濁流に飲み込まれた。その時はまだ良かったわ、、、みんな覚悟はあったんでしょうね、焦る事も無く、悲しくても涙を飲んで前を見ていたわ。若くても冒険者だったのね。
それから五日何も無かった、何も無さすぎた。そして、いつの間にか、、、道に迷っていた。
最初に女の子がダメになったわ、、、急によ、、叫んで、、暴れて、、、自分で首を裂いた。
そこからが悲惨よ、、、女の子が好きだったんでしょうね。食料もほとんど無かった、手に入る場所も無いしね。
殺し合いが始まったわ。
女の子が好きだった男の子が生き残った。でも、、、すぐに冷たくなったわ。
狂気だわ。怖かった。
あれは、、、何?
まだ、子供達だった。仲の良い子供達が殺し合う。信じていた仲間達が、供に育った幼馴染みが、夢を語った親友が、殺し合う。」
少女が、口にする間。男は身じろぎさえもしなかった、ただいつもの微笑みを少女に向けていた。一息に喋ったためだろうか、喉が渇く。
カップに口を付ける。いつのまにか、砂糖は全て溶けきっていた。それでも、少女の好みの味には遠い。
「おかわりを入れようか、ハーブティーはいかがかな?落ち着くらしいからね。」
そういうと、再びキッチンに立つ。この位置からは彼の背中しか見えない。何を考えているのか、何がしたいのか。分からない。ワカラナイ
「それでも、僕は生きている。だからこそ僕は生きている。」
男が口を開いた、ティーポットの中がゆっくりと色づいて行くのを見つめながら。
「僕も、死にたい訳じゃないからね。この一年、、、、だてに生き残ってないさ。」
そういいながら、少女のカップにそそいで行く。
「オレンジブロッサムだ、甘いのは香りだけだから。砂糖はお好みでどうぞ」
今度は砂糖壷ごとテーブルの上に置かれる。おとこはさも当然のように、蓋をはずすと何も入れずにカップを口へと運ぶ。
「っ、、、だからって!だからって、、、、」
「あんな最後はかわいそうだ、、、、そう言いたいのかな、、、邪神様?」
ああ、ずるい男だ。なるほどこの男は、、、、、気づいているのだろう、私について。いつからだろうか、もしかしたら最初からだろうか、、、しかし、多分、きっと、私も気づかれている事に気づいていたんだろう。
涙が溢れそうになる、一言でも喋ったら、声が震えているだろう、泣きそうなこの気持ちに気づかれてしまう
「雄々しく戦って最後を迎えるように、こちらも正々堂々と戦ってやるべきなんだろうか?それは僕には気高い騎士様の仕事に聞こえるね。それならダンジョンマスターなんてするべきでは無いんじゃないかな。
正々堂々とダンジョンの入り口ででも剣を持って戦って死ねば良い。
僕はそんなのは嫌だ。お優しい邪神様とは違ってね、僕はどんな手を使ってでも生きて自分の欲を満たすんだ。例え他人の命を食らって生きようとね。
、、、ああ、これじゃあ、どちらが邪神か分からないね。今にも泣きそうな少女と僕。誰が見ても悪者は僕だね。」
男は、ティッシュの箱を目の前に差し出す。
「一つだけ聞きたい事がある、、、、」
ティッシュを五枚抜き取り、睨む目だけで。何だ、と返す。
「誰が、このシステムを考えたんだい?、、、ダンジョンマスターと、邪神と、魂の、仕組みについて」
「もう、、、死んだ。いえ、、、そうよ、、、、みんな私が殺した。」
少女は砂糖壷を睨みつける、少女もまた口へとカップを運ぶ。少女の好みとは更に遠いそれを。
「そうかぁ、、、、そう、か」
男はそれだけをつぶやくとぼうっと何も考えていないようにアホ面をさらしている。
「いったいいつ、、、気づいたのかしら。それなりに準備もして、練って、練習までして、それでもどうして気づいたのかしら。ねぇ、何が失敗だった?」
首をこてんと先ほどとは打って変わった雰囲気を纏って。子供が親に訪ねるように、無邪気に、気まぐれな好奇心を満たすためだけの様に。
「扉、、、だな。あれが決定的にダメだったよ。他はまぁ悪くない、、、、そんな設定の本は掃いて捨てるほど溢れている。何とでも読み取れるように、決定的に否定しない事で、肯定しない事で分からないように、ミスリードだって誘えるよね。可能性は無限だったよ。」
それは、一年と少し前の物語。二人の出会いの物語。少女と男の醜くも欲に塗れた出会いの話。
あの時とは違い、今舞台に立っているのは男の方だ。男は観客の様子をゆったりと見渡しながら、様子を観察しながら、じわじわと小出しに言葉を紡ぐ。いやらしい脚本家が舞台をまわす。
「そんな事で、、、?」
あの木で出来た、黒い、なんの飾り気も無い扉。思い出そうとしても、細部が思い出せないような。至って普通の。
「人間の能動的な、動きとはね意識的なものだ、、、そう、思えばいくらでも隠せる、ごまかせる、煙に撒く事が出来る。でもね、、、無意識の意識ってやつは中々ウソを付けない物なのさ。」
少女が更に、首をかたむけ。眉が寄っていく。それを見て男は微笑み、言葉を続ける
「よし、、、答え合わせだ。まず邪神ちゃん、、、君の身長は?」
「、、、、、、150とちょっと」
「そう、150に少し届かないくらいだね。じゃあ、あの時舞台に召喚した扉の高さは?」
「うるさい、、、、しらない。」
「だろうね、君が召喚したあれは。君の無意識の意識だ。君が思い描く、さも一般的な扉なんだろうさ。高さは大体2m、間口が70cmといったところだった。でもこれは少しばかりおかしいんだよね。
君の持っていたあの厳つい長い杖、、、多分、箔を付けるため。少しでも禍々しさを見せるための演出なんだろうさ。それにあの骸骨のモンスター、いわばスケルトンだね、彼の身長、、180は越えてたね。周りの他の恐ろしい見た目の大きなモンスターも、、、これもそうだ、少しでも剣呑な雰囲気を作り出す演出。悪くない演出だと思うよ、分かりやすくて、威圧感があって、それでいかにもファンタジーだ。
でもね、これらの何れもが、、、あの扉を使うにふさわしいと思えないんだよ。」
そこで、言葉を切る。たっぷりと時間を使って、反応が無いという反応を楽しむ。ああ、いやらしい、いやらしい。
「人間が普段使うものとはね、人間が普段使いやすいように作られていく物だよ。剣を差したままあの扉は通りやすいだろうか、様々なサイズの召喚獣に使えるかな、あの身長のスケルトンが一般的だとすると少し背の高い人は頭を打つのでわ、ましてやここは異世界だ、ガタイのいい異種族じゃどうなるのだろうか。
実際、僕の世界でも剣を普段刺していた時代ではもう少し広い間口で構成されている。事実あの扉はとても使いづらいだろうね。あの扉は僕がよく見る、、、見ていた物だ。
これらの事は、全て一つの事を意味している。と僕は考えた訳だ、、、、」
少女の顔は穏やかで、全て受け入れるように、微笑んだ。
「君は日本人だ。」
「私の名前は『村井 幸子』、ただの高校生だった、、、、邪神よ。そうよ。」
正解したからとて、何も賞品は無い。あまりにも残酷で、どうしようも無い事だった。何も変わりはしないのだ、この世界も、これからの事も、二人の現状も。ただの事実確認にすぎない。
男が少女のカップに、時間を置きすぎて渋くなったハーブティーを注ぐ。同じように勝手に砂糖を三つ。そのまま自分のスプーンでかき混ぜる。溶けきる事は無いだろう熱さしか残っていないそれを。
少女はそれをさも当然の様にじっとみつめ、口へと運ぶ。悪くない味だ、うん、嫌いでは無い。
「長居しすぎたね。次はもう少し美味しいものを持って来るよ。」
「ああ、甘くない奴で頼む。」
目を合わせず、残っていた最後のクッキーを口へと運ぶ男を放って、帰り支度を始める。
このハーブティーの渋くて砂糖がすこしだけ粒が残っているのも、すこし端の崩れた香りだけがやたら強い不格好なクッキーも、この殺風景な男の一人暮らしといった部屋も、今の雰囲気も、自分の気持ちも、自分の過去のどうしようも無いだろう失敗も、
「じゃ、またね。雪人くん。」
嫌いじゃない。
まあ、気づいてた人もいたかもね。
矛盾は、私の文才を生け贄にご都合主義へと進化します。