臆病女の成長恋記録
短編は初投稿です!ネーミングセンスがない?知ってるよ!!
深夜テンションで荒ぶるまま6時間かけた結果がこれだよ!
後悔も反省もしてないし、これからもしない・・・と、いいなぁ・・・。
暇つぶしになれば幸いです。
誤字脱字、矛盾点の報告はお気軽にお知らせください!
限界だった。なにもかも、全てが耐えられない、と。
きっかけなんて覚えてない。いつもの日常で、気付けば気絶していて、目を覚ませば森のど真ん中。何が何だか解らないまま森を歩けば、魔物化した巨大な熊に襲われて、命懸けで逃げ回っていたら川に落ちて流されて。次に目を覚ませば帯剣した鎧の集団に囲まれていて。言葉も文字も理解出来なくて。
知らない世界、知らない言語、知らない食べ物、知らない国、知らない生き物。そのうえ魔物や亜人、魔法が存在し、高層ビルや車、飛行機が存在しない。・・・当然だ、だってここは異世界なのだから。
全てが恐怖だった。自分が今どうなっているのか、これからどうなるか想像できなくて、『何も判らない、解らない』と誰かが差し延ばしてくれた手を振り払い、自分を強く抱き締め泣き叫んだ。
そんな私がこうして生きていられるのは、グレンのお陰。銀色の鎧の集団の中でたった一人、鮮やかな紅を纏った人。
彼は私に必要以上に近付かなかった。私が怯えないようにと部下であろう鎧の集団を下がらせ、適度な距離を瞬時に見抜き、言葉が通じないのを察して優しい眼差しだけで私を誘導してくれた。温かい飲み物を与えられ、私が落ち着くのを見計らって治療もしてくれた。赤子に教えるように、言葉も少しずつ教えてくれた。更に彼の家に住まわせてくれて、毎日私に知識を与え、外に連れ出し、仲間も紹介してくれた。
全て私の精神の状態を見計らいながらの行動だった。これ以上ない気遣いに、今まで与えられたことのない優しさに・・・彼に恋心を抱くのはそうかからなかった。
だが同時に不安にも襲われた。ただ『生まれたばかりの雛が親に依存するように、私も彼に依存しているだけなのでは?』と。
私は自分が酷く臆病で、容姿も地味で、自分自身に甘いと自覚している。1年前に成人し、働ける年齢でもある。それなのに言葉が通じないからと、働きもせずズルズルと彼の優しさに甘えている。
対して彼は私の世界で超絶イケメンに分類される。ウルフカットの暗い深紅の髪、健康的な褐色の肌、鋭く深い碧眼は宝石のように美しく、バランスよく鍛えられた逞しい身体と静かに伏せる獅子をおもわせるほどの整った顔、そして口数が少ない故にミステリアスな雰囲気を纏っている。・・・このように誰もが振り向くような容姿と安定した高収入、そのうえ騎士を纏めるほど強く、騎士団だけでなく老若男女問わず市民からの信頼も厚い。さらに世界有数の最強騎士の1人だとも聞いている。まるで御伽話に出てくるような完璧な王子をワイルド系にしたらこんな感じだろうな、と納得させるような彼は、当然ながら多くの女性から熱烈にアピールされているほどに人気者だ。
そんなアイドル的な彼の傍に常にいる地味女。その地味女がどうなるかは想像に容易いだろう。
彼に気付かれないよう中傷や罵倒されるは当たり前で、買い物時には存在しない物と扱われて商品を売ってくれない事も、すれ違いざまに突き飛ばされたりすることも少なくなかった。流石に直接暴行まではされなかったが、雇われた賊に浚われそうになる事が2度もあった。優秀な彼の騎士団がすぐに犯人を炙り出し解決してくれたが、それでも嫉妬に狂う女性たちの殺気が篭った視線は止む事はない。それに加え『穀潰し』『恥知らず』と陰で言われ続けてストレスが溜まった私は食が細くなり、日に日に痩せて行った。
実際その通りだと思う。アルバイトの経験すら無い私がまともに働けるとは思えないが、それでも恋人でもない彼の家に半年も居候し続け、養ってもらっている。そして彼に恋している女性たちは私と比べ、遙かに愛らしく美しい人ばかりだ。肌の手入れ、髪質、お洒落など全て彼女たちより劣るし、そのうえ働いている。活き活きと輝く彼女たちに私が勝てるはずも無く、そして彼の傍にいる事すら烏滸がましいと現実を突きつけられるのだ。
命の恩人にはなにも返せず、自分の想いを伝える勇気も持てず、劣等感だけ抱えて行動しない嫌な女。私の心は『元の世界へ帰りたい』という願いよりも、『今すぐ消えたい』という衝動の方が勝っていた。だからだろう、私は突き動かされるように行動できた。―――彼の許から消えるという行動を。
まず社会勉強と言う名目で彼に頼み込んで仕事を貰った。言葉を話さない代わりに必死に見様見真似で覚えた。顔見知りの行商人に頼み込んで遠くの町に行ける馬車を教えてもらった。最低限の生きる術を調べた。そして今日、私は彼の許から去る。
彼は今、隣国の潜入捜査で家に帰ってきていない。最低でも1ヶ月は帰れないと2か月前に聞いていた。その間にがむしゃらに稼いだお金は一部を旅資金に加え、残り全てを彼に返すために皮袋に詰めて別れの手紙と共にテーブルに置いた。
空が明るく染まりつつも太陽が姿を見せない、早い時間帯。私は姿をすっぽりと隠せるマントを羽織り、フードを深くかぶった。最低限の着替えと携帯食料、旅道具を詰め込んだ大きな皮袋を背負い、人目を避けて静かに約束の場所へと駆け出した。人に一切すれ違う事無く辿り着き、前もって依頼していた馭者へ資金を払って馬車へと乗り込んだ。馬車の中は大きな荷物が沢山積み込まれていた。私はその隙間へ身体を滑り込ませ、膝を抱え体を小さく丸める。息を殺せば人がいると気付かれにくいだろうと、呼吸も出来るだけ潜めた。
すぐに馬車が動きだし、止まる。微かな話し声が聞こえた後、また馬車が動き出す。それから何分経ったか判らない、気の遠くなるほど長いようで短いような時間が経った頃、馭者に話しかけられて我に返った。気付けば太陽は真上に昇っており、随分と長い間ぼーっとしていたと気付く。長く深い息を吐きだし、精神を落ち着かせる。そこで無意識に胸のペンダントを握り締めていた事に気付き、指を開いた。
掌の中にはルビーのような、ガーネットのような深紅の宝石が静かに光を反射していた。雫の形にカットされた宝石は銀のツタに縁取られ、首から下げるチェーンに繋がっている。これは彼・・・グレイから贈られたものだ。なんの記念か気紛れかは正直判らなかったが、グレイを連想させる宝石は私にとって彼がいない間の心の支えとなっていた。それが遠い昔のように感じて、思わず宝石を指で撫でる。そこへポタリ、と小さな水が宝石に落ちた。ポタリ、ポタリと次々に落ちてくる水に、漸く自分が泣いている事に気付く。
どうして今更、と愕然とする。
後悔しないと、決めたはずなのに。あの環境に耐えられなくて逃げ出したのに・・・感謝は一生忘れずとも、この気持ちだけは忘れようと決めたのに!
馬車に揺られながら、私はペンダントを握り締めて声を殺して泣いた。心が軋む、悲鳴を上げる。まるで剣で裂かれたように痛みが止まらない。―――こんなにも、あの人が好きだったんだと、今更ながらに自覚するとは。
こうして身勝手な私の1人旅は始まった。逃げた私に気付いた彼がどんな行動に出るかも知らずに。
* * *
2週間かけて辿り着いた大きな街。その街外れの小さな家に、私は住み込みで働いていた。
薬草で薬やスパイスを調合し、紅茶などを売っているこの小さな家には気難しいお婆さんが1人で住んでいて、私は『ここなら簡単に見つからない!』と土下座して何度も何度も「住み込みで働かせてください!!」とお願いした。最初は訳有りで面倒そうな私を嫌がり、厳しい言葉を浴びせ追い返そうとした。それに何度涙を流したか正直覚えてないが、3日もその場から動かず飲まず食わず不眠で続けた結果、お婆さんは折れてくれた。その後お礼を告げると同時にぶっ倒れ、お婆さんに看病されながら説教されたのは余談である。
それから、気付けば半年も経っていた。毎日毎日早朝から夜中まで仕事以外を忘れるように没頭していれば薬草の選別もお婆さんの小言も慣れるもので・・・自分でも驚くほどに逞しくなったと思う。一度、お婆さんと掴み合いまで発展した大喧嘩がきっかけで心境が大きく変化したことが良い方向に転がったのだと思う。今ではご近所やお得意様に『お婆さん二代目候補』とも呼ばれている。・・・正直複雑ではあるが、ストレスを抱える事が減り、ネガティブ発言が少なくなって気分が明るくなったのは素直に嬉しい。
だが、最近不穏な噂が流れている。5日ほど前から、この街周辺に巨大な赤い魔物が出没していると。被害はまだ町の外で行商人の馬車が横転させられ、軽傷者が1名出ただけで済んでいるらしい。ギルドが捜索隊を出しているが、見かけてもすぐに走り去ってしまい、未だに正体が掴めていないとも。「この街に入り込んだらどうしよう」と、市民は不安を抱えながら生活していた。そして3日後、その不安は的中することになる。
今日は早朝に済ませる薬草摘みを、昼まで森の奥で実る木の実摘みに変更していた。実る期間が短い希少な木の実を決められた量だけ籠に入れ、ついでに在庫が少ないハーブを出来るだけ刈り取る。大量に手に入ったそれらを持ち帰り、家が見えた頃には弾んでいた気分が木端微塵に砕かれる光景が目に入った。
ひゅ、と息が詰まった。目の前には体高2m以上ある巨大で真っ赤な狼がお婆さんを押し倒し、牙を剥いている。
血の気が引いた。どうして、なんでここにと頭が真っ白になる。おばあさん、と呟く声と籠が地面に落ちた音、どちらが先だったのか判らない。それでも狼の視線が此方に向くには十分なものだった。鋭い眼光に、身体が動かなくなる。
「早くお逃げ!!」
お婆さんの怒声が脳に叩き付けられた。意識が覚醒する。身体が解放される。お婆さんが生きてる、助けなきゃ、助けなきゃと脳が叫ぶ。カッと目の前が真っ赤になって、気付けば狼の顔面にチリペッパーを叩きつけていた。「グキャン!?」と悲鳴を上げ、大きく地面に転がる狼。その隙にお婆さんの前に飛び出てナイフを構えた。
「ッ!?な、なにしてんだいこの馬鹿娘!とっとと逃げな!!」
「人の心配する前に自分の心配したら!?いつまで寝てる気なのアンタこそさっさと逃げなさいよ!!」
ズリズリと顔を地面に擦らせていた狼がぐる、ぐるると唸り声をあげ、よろりと立ち上がる。それに対し振るえるナイフで威嚇しながら、チリペッパー二投目を構える。そしてもう一度叩き付けようと振りかぶった瞬間―――。
「なにしてんだこのばかがぁぁあああああああああああああ!!!!!」
絶叫とも取れる叫びと共に、突如現れた人影は狼を横から蹴り飛ばした。文字通り、蹴り飛ばした。重い音と共に吹き飛んだ巨体は派手な音を立てて巨木に激突し、撃沈した。空気が凍った。あまりの光景に呆気に取られた私はぽかりと顎を落とし、振りかぶった体勢のまま動けずにいた。・・・・・・シリアスがシリアルになった。余裕なのか大混乱してるのかよく判らない自分の脳内に、少しずつ冷静さを取り戻す。
まず、狼を蹴とばした人物。この世界に来てから2番目に、私の中で多く記憶している見慣れた人物だった。え、何でここにいんの?今更だけどグレンに報告される前に逃げた方が良いの?でもお婆さん放って置けないし・・・。とりあえず追い払えるよう武器とチリペッパーを構え直した。だが彼は私に一瞥することなくズカズカと狼に近付き、首根っこを掴み上げた。「グキュッ」と狼が鳴く。
「ねぇ馬鹿だ馬鹿だと前から思ってたんだけどやっぱり馬鹿だよねというか馬鹿だよねなんで見境なくその姿で走り回ってんの馬鹿なの?しかも人様に迷惑かけて挙句馬車ひっくり返して怪我人出してギルドを騒がせるしほんっと馬鹿だよねだから彼女に逃げられんだよ解ってる?解ってないよね解んないんだよねだから騎士団放置できたんだよねマジ馬鹿じゃねーの馬鹿の極みだわーホント救いようがないわーというか彼女が逃げた原因自分にあるっていい加減その足りない脳味噌に刻み付けろよこの脳筋が女心も解ってねー理解しようともしてねー奴が彼女を迎えに行く資格なんかねーんだよこの馬鹿が!!!」
ノンブレスだった。なにこれこわい。普段温厚な彼からは想像も出来ないほどの絶対零度。いや前から彼はグレンに対して辛辣な部分があったが、それを遥かに上回る毒を滝のように狼に浴びせた。ぷるぷると縮こまり「きゅーん!きゅーん!」と鳴いている狼とは知り合いなの?と聞きたい所ではあるが、はっきり言って今の彼の顔は見たくない。背負うオーラが怖いし、なにより毒を吐く時の彼の顔は笑顔なのにまったくわらっていない。自分が怒られてるわけでもないのに悪い事をした錯覚を起こし謝りたくなるのだ。私が最も敵に回したくない人物である。
そして私に気付いていたのか特に声を上げる事も無く振り返り、私の許へ歩み寄る。・・・狼の首根っこを掴んだままで。
「お久しぶりですね、カヅキ」
「・・・・・・久しぶり、アルト先生」
けろりと態度を180度変えた彼・・・アルトはグレンの部下であり、私の世話兼教育係だった。サファイヤのように澄んだ蒼い髪と瞳を持つ美人で、普段は穏やかな性格だが何故かグレンにだけは辛辣な不思議な青年だった。
つい、と後ろめたさから視線を逸らした。
「そんなに怯えずとも、私は怒っていませんよ」
思いがけない言葉に、思わず顔を上げた。彼は以前と変わらず、穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「確かに突然姿を消した貴女を騎士団の誰もが心配していました。ですが、あのままでは貴女は外の世界も知らずにグレンの鳥籠に捕らわれたままだった。だから連れ戻すのを躊躇ったんです。貴女の決心を踏み躙っていいのかと。それから私個人の我が儘ですが、見て見たかったんです。―――外の世界で、私の教え子がどうやって成長するのかと」
だから半年間、黙って見守っていたんですよ。そう言って彼は私の頬の輪郭を指でなぞった。
「綺麗になりましたね。そしてよく、今まで頑張りましたね。胸を張りなさい。貴女は私の自慢の生徒です」
涙があふれた。どうしてこんなに優しい人たちがいるのだろうか。彼らは私の意思を尊重してくれた。私を認めてくれた。あんなに身勝手な行動をしたのに、どうして。嬉しさと戸惑いで胸がいっぱいになる。
「ふふ、泣き虫なのは変わりませんね」
目を細めたアルトに、私は答える代わりに頬に添えられたアルトの手を掴んで笑みを浮かべた。だがそこへ割り込むようにグルル、と低く唸る声が下から響いた。ぎょっと見下ろすと狼がアルトを睨んでいる。
「ああ、忘れてました。カヅキ、これはどうします?嫌なら引き摺って仕方なく持ち帰りますが」
「えっ、えっと・・・この狼、アルトの知り合い?随分辛辣だけど・・・」
その言葉にアルトはきょとんとし、狼を見下ろす。狼はへたりと耳を倒して視線を逸らした。明らかにバツが悪そうな顔だ。その狼の様子にアルトが溜め息を吐いた。
「・・・これ、グレンですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
狼に視線を戻す。狼も怯えた様に私を見上げた。鮮やかな暗い深紅の毛並、鋭く深い宝石のような碧眼・・・見覚えのあるカラーに、眩暈がした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・冗談だよね?」
「狼は嫌いですか?」
「いやむしろかっこよくて好きだけど・・・」
その瞬間ピンと耳が立ち上がった。だが次の瞬間へにゃんと耳が倒れる。・・・あまりにも解りやすい感情の変化に、再びアルトを見上げた。私の心情を察したアルトが狼の首を解放するが、狼は動かない。
「・・・いつまでそうしてるんです?もたもたしてると今度は全力でカヅキを隠しますよ」
アルトを睨みつけたまま不満そうに唸りつつ、狼はゆっくりと立ち上がった。私が見詰めていると、観念したように溜め息を吐いて後肢で立ち上がる。次の瞬間、しゅるしゅると毛並がうねり、徐々に小さくなり人の姿へと変化していった。前髪をおろしていたが、そこに立つ見慣れた人影は紛れも無くグレン本人だった。・・・グウウ、と人の姿で未だに唸っているのは何故だろうか。
それでも、1日でも彼を忘れた事なんてなかった。忘れようとすればするほど胸が締め付けられて捨てることは叶わなかった恋心。触れたくて、抱き締めたくて、でも足が地面に縫い付けられたように動かない。目の前に居るのに、見ていたいのに、声が聞きたいのに、彼は何も言わない。動かない。視線が自分の足に落ちた。・・・怖い、のか。グレンに拒絶されることが。視界が滲む。・・・・・・ああ、なんだ。まだ身勝手で醜い自分がまだ存在してるではないか。これでは帰れない。―――どうしよう、逃げたい。
ふらりと一歩下がった。そうだこのまま逃げよう。今度はアルトにも見つからないよう、人がいない森の奥へ――――。
「ああもう!ウジウジウジウジと鬱陶しいんだよこの馬鹿娘!!とっとと吐いてくっつきなッ!!!」
「ふえぁゆッ!?」
ドン、と背中に強い衝撃を受け前に押し出された。完全に不意打ちなそれに足がもつれてしまい、身体が傾き視界が地面に迫る。だが次の瞬間肩に巻きついた何かに強く引かれ、浮遊感に襲われた。そう認識した時には視界いっぱいにグレンの顔があり、肩と膝裏には太く逞しい腕に支えられていた。
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・大丈夫か」
「・・・・・・うん」
沈黙が辛い。どうすれば良いのか判らず、固まったままグレンの瞳を見詰め返すしかなかった。・・・相変わらず綺麗な瞳である。そういえば、私は彼の優しい瞳が1番好きだった。アルトとは違う、安心する瞳。
服越しに掌に伝わる、彼の鼓動。その位置のままきゅ、と控えめに服を握り、肩に頭を預け首に顔を埋めた。びくり、と小さく肩が跳ねたが、それ以上は動かなかった。すぅ、とグレンの匂いを吸い込み、胸を満たす。・・・まだこの世界に来たばかりの頃、私は不安で1人で眠る事が出来なかった。その時必ず彼は私を優しく包み込むように抱き締め、赤子をあやすように背中を叩いてくれた。私はこうして頭を彼に預け、安心して眠りに落ちる。・・・なんとまぁ、懐かしくも恥ずかしい思い出である。穴があったら飛び込んで埋まりたい。
「・・・・・・カヅキ」
「・・・なに」
「カヅキ。・・・カヅキ、カヅキ」
「・・・・・・・・・グレン」
何度も私の名を呼び、私の頭に頬擦りされる。彼の不安そうな声色に、泣きたくなった。聞きたいこと、言いたいことはいっぱいあったはずなのに、言葉にする前に掻き消えてしまう。安心する、のに・・・不安が消えない。
「・・・・・・帰ってきてくれ」
「・・・え?」
「お前がいないと・・・耐えられない」
ぎゅ、と私を抱く腕に力が篭る。『耐えられない』・・・それは私がグレンの許から逃げるきっかけだった言葉。どうして彼が、頭を起こし瞳を見詰める。
「俺は馬鹿だから・・・お前の苦しみを全て理解してやれない。代わりに背負う事も出来ない。・・・それでも、苦しみを軽くすることは出来ると信じている。そんなことしか出来ないが・・・俺は初めて会った時からお前の傍にいたいと・・・共に生きたいと思っていた。それは今も変わらない。・・・・・・すまなかった。お前を苦しめる存在に気付かなくて。お前を理解した気でいたがために、追い詰める結果になってしまった」
他人の苦しみを理解出来ないのは当然だ。代わりに背負う事も然り。価値観も違う上に、本人が体験していないなら全て理解するなど神でも不可能だ。貴方は何も謝る必要なんてないのに。私が勝手に塞ぎ込んで、落ち込んで、逃げ出したことなのに。迷惑しかけていない私の方が謝るべきなのに!涙があふれ、ぽろぽろと雨のように零れた。
「ちが、う!グレン、は、わるく、ない・・・!私が、勝手でっ。迷惑しか、かけなくて・・・!自分が、なさけなく、て、だいっきらいで・・・!ごめん、なさい・・・ごめんなさい・・・っ!」
「泣くな、泣かないでくれ・・・。迷惑なんかじゃない。情けないなんて言うな、お前はよく頑張っていただろう。それに、好きな女に頼られて喜ばないない男なんかいない。頼む、もっと俺に頼ってくれ。・・・必要と、してくれ」
ぴた、と動きが止まった。・・・なんだ、この口説き文句。え、口説き文句だよね?それになんかあり得ない言葉が聞こえた。
「・・・すきな、おんな?」
「・・・カヅキ。お前が好きだ、愛している」
「・・・・・・」
頭が、ショートした。なにこれなにこれなにこれ有り得ないなんで私みたいな地味女をなんで。
「・・・・・・りゆう、きいてもいい?」
「三日三晩以上語れるぞ。それでもいいのなら」
「やっぱりけっこうですっ」
この状態で愛を語られ続けるとかどんな拷問だ。否冗談かもしれないが、彼が冗談を言ったことがあっただろうか。・・・・・・・・・いや、ないな。彼も彼で聞かれれば本心しか言わない正直者だった気がする。・・・え?なに結局私が勝手に暴走しただけ?なにそれ死にたい誰か今すぐ墓穴を掘ってくれ、とびきり深いヤツを。
「うああああああああ!!!」
ぎゅうぎゅうとグレンの首に腕を回して締め上げる。ついでにぐりぐりと頭を擦りつければ苦しいと抗議の声が聞こえるが私は知らん何も聞こえない。顔が火が噴き出そうなくらいに熱い、恥ずか死ぬのを体現出来そうなくらいに。そして恥ずかしさのあまり暴れるしかなかった私はアルトに生温い目で見られ、お婆さんに喧しいと拳骨を貰ったのだった。
それからどうしたかって?勿論例の狼騒ぎの件でお婆さんに交渉して口封じし、(この時かなりぼったくられたらしい)グレンの正体がばれる前にとっとと逃げることになった。私は暴れても尚放してくれなかったグレンに抱えられたまま、グレンの家に帰る事になった。騎士団の人達にも私が帰る事を知らされていたのか待ち構えていて、泣きながら歓迎されてもみくちゃにされたのはいい思い出だ(嫉妬全開にしたグレンが暴れてアルトに沈められたが)。
私はもう、下を向くのは止めた。全てを我慢して、自分を気持ちから目を背けるのも止めた。そんなことをしたら目の前にある幸せも、チャンスも全て逃してしまうと気付いたから。
私はグレンとアルトに全てを話した。異世界の住人だという事を。グレンも私に話してくれた。彼は半人間半獣神だということを。『獣神・・・って神様!?えっ、恋人にしちゃっていいの!?』と一時悩んだが、日々繰り返されるアルトのグレンに対する容赦のなさに開き直った。・・・開き直るしかなかった。だって他の女に取られたくなかったし、狼姿のグレンもかっこかわいいし。グレンもグレンで私が異世界に帰りたがっているんじゃないかと不安を抱いていたようだが、『幸せにする自信が無いなら私が掻っ攫いますよ』と言うアルトの言葉で危機感を覚えたのか、私の気を引こうと必死だ。そんなグレンは愛らしいし、愛おしく感じる。・・・私も結構重傷だなぁ。アルトにもお婆さんにも、いくら感謝しても足りないぐらいだ。
ねぇ、お父さん、お母さん。そして2人の友人たち。そっちの世界の私が今どうなってるのか判らないけど、今の私はすっごく幸せです。胸を張って、前を歩いてるよ。私を大切にしてくれる、最高の恋人もいるんだよ。心配かけてごめんね。いつか必ず、報告するから。―――だからその時には、突然消えた私を許してね。
登場人物紹介
カヅキ
ネガティブ主人公。臆病で目立つことが嫌い。成人したが家では甘やかされて育ったために少し世間知らずなところがある。友達と呼べる人物が2人しかおらず、男に対する苦手意識が強いため恋愛経験が全くない。それもあって非常に奥手。趣味はぬいぐるみ作り。
グレン
本名はグランヴェルト。拾われたかづきが「グラン」を「グレン」と聞き間違えるが、本人が訂正しないためにそのままカヅキ専用の呼び名として定着した。『紅狼の牙』という二つ名を持つ、世界有数の最強騎士の一人。深紅の髪と褐色の肌、鋭く深い碧眼で逞しい身体と整った容姿を持つ。話す事は苦手なため、口数が少ない。だが仲間想いで周囲からは絶大な信頼を寄せられている。
実は半人間、半獣神という極めて珍しい存在。正体を知っているのはアルトとグレン直属の部下のみ。
アルト
『双蒼の麗人』と呼ばれる、温厚な性格の男性。グレンの親友だが、何故かグレンだけには温厚のおの字すら見当たらないほどにはっちゃけるうえに容赦がない。騎士団所属しているが公表されておらず、裏で暗躍するのが主な仕事で情報操作を最も得意とする。
お婆さん
カヅキが無理矢理転がり込んだ先の店主。薬師として生計を立てている。気難しいことで有名だが、情には厚い。可愛い者には御茶目な一面をみせる・・・が、仕掛ける悪戯は結構えげつない。それによってカヅキのメンタルが鍛え上げられたといっても過言ではないかもしれない・・・。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!