闇が見える男
俺は闇が見える。
人間は闇化すると化物になる。他に知っている者はいないが、俺はこの目でそれを見てしまった。
そのせいか、それから人の心に巣食う闇が見えるようになっている。
はじめて見た時には驚いたが、人は慣れるもの。
大小さまざまだが、日常生活には支障なかったので放っておいた、つもりだった。
俺にはやることがあったしな。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
とてつもなく大きな闇が、俺が住まう都市にやってきたからだ。
少しでも扱いを間違うと闇化しかねないほどのそれの場所は、すぐにわかった。だが、真っ当に自分を鍛える行いだけしてきた武神官の俺は、そこに入る術を持たなかった。
そこは花街。入るのには、伝手が要る場所。
どうするか考えていたところに、クソったれな上司が花街に誘ってきた。
そして偶然にも、大きな闇を抱えた少女に出会えたのだ。
「…ジークヴァルド上官。ここは貴殿の奢りと聞きましたが」
静かに泣く少女の背を撫でつつ、快楽を売る女に鼻の下伸ばしたクソ上司に確認した。
「あ、あぁ、そうだが」
一応言っておくが、神官でも結婚は出来る。恋愛は自由だ。
だが、このように遊ぶ時間などないはずなのだ。遊ぶ暇があるなら自身の肉体や精神を鍛えよというのが武の神の教え。位を得るならそれくらいは体現出来て当たり前なのだ。だがこの上司は違う。
位を金で買った上司っていうのは、こいつの下になってからすぐに知ることになった。
まぁ、知ろうと知るまいと、俺はこの上司の言いなりになるつもりはなかった。実際好き勝手してるから、奴にとっては扱えない部下という認識だろう。
だが、それでも懐柔しようと花街に誘ってきたとき、こいつを利用してやろうと思った。
利害が一致してここに来れたから、そこは感謝だな。
「じゃあ、この娘を買い取って俺にください」
にこやかに言って、少女を片腕で抱き上げつつ、腰を上げる。
「えっ、ちょ…」
狼狽える上司に、顔だけ振り返る。
「未成年を俺にあてがった、という話が神官長の耳に入ったら、どうなるでしょうね?」
迂闊にもこの上司は、ここに来るまでの道で、「お前には若いのをつけてやろう」とか話していた。
本当にするとは思わなかったが、受付のところでもそんな願いをしていた時には呆れるしかなかったが、俺はそれさえも利用したってことだ。悪く思うな。
俺はそのまま花街を出て、都市のはずれにある施設へと向かう。
俺は闇化を見るまでは勤勉に鍛錬をし、化物駆逐のために働いていたから、その時の給金を使ってこの施設を建てたのだ。
主に怪我を治す治療院。この中には既に、2人の少年も居る。胸に抱いた少女と同じく、闇に関連した少年たちだ。
俺は強化系の呪文なら少しは使えるが、治癒系魔法は使えない。神官にも色々あって、魔法が得意な奴、その中でも治癒魔法系のみに絞られる奴とかも居る。俺はおそらく魔法が使えない方だな。まぁ、その方に努力したことが無いから、もしかしたら努力すれば使えるかもしれないが。
闇に関連した少年たちと一緒に他人を癒しつつ、彼らの心の闇から彼らを救い出す方法を探す。時間はかかるが仕方ないと思う。むしろ魔法に頼るようじゃ駄目だ。
俺の目的は、闇化した者を救うことなのだから。