炎の巫女 5
夜の宴が始まった。
夜と言っても、まだ日は沈んではいなかったけど、ひとりめの客が入ってくる少し前から周囲が騒めきだし、案内役の男は忙しく歩き回っていた。
私が付いたお姉さんもそわそわしだし、先触れがあってから「いいこと、アンタはあたしを引き立てるのよ?」と苛立ったように言った。
そういう役回りなのかと頷いて、私はそのままひっそりと、奥の調理場に向かう。
先触れに酒を準備してと言われたので、奥へと歩を進める。
途中小間使い長にもすれ違ったが、彼女も忙しく働いていたので何かを言われたりすることはなかった。
そんなことに少し安堵を覚えつつ、調理場の者にお姉さんの名とお酒を頼む。
「向日葵の部屋か。あすこは武神官ふたりって話だから…」と、大きめの酒壺にコップを3つ置いた盆を私に寄越す。
私はそれを持って、部屋へと戻る。私の分は無くて当たり前だ。私は部屋の隅で、喉が乾いたら水を飲めばいいとその用意をしている。お腹が減ったら調理場の隅で食べればいい。
とにかく邪魔にならないように。配膳くらいしかまともに出来そうにないのなら、それを一生懸命やろう。
部屋の前でそう決めて、扉を叩く。
「お酒、お持ちしました」
相手に聞こえたかどうかはどうでもよかった。
お姉さんはもう、私の声を聞こうともしていなかったから。
「おや、見ない顔だな」
お姉さんが身体をくっつけている口髭の客が、私を見て言う。
お姉さんは私の方を見もせず、「ちょっと今日は、いつもの子病気で奥に行かせてるからァ。はじめて表に出てきた子でェ」と甘ったるい声で返した。
…えーっと…。さっきとえらく違うけど。これがお姉さんの表舞台の顔、なのかな?
「そォんなことよりィ…。お酒、呑みましょォ?」
呆然とする私からコップふたつをとって、私に酌をさせる。
…あ、うん。そうでした。私はお姉さんの引き立て役。お姉さんの変貌に、いちいち驚いちゃダメよね。
お姉さんと、お姉さんの胸とか触ってだらしない客にお酒をついで、放っておかれているもうひとりの仏頂面した男にもお酒を勧める。
けど、放っておかれている方の男は、私をじぃっと見つめるだけ。
私じゃなくて、もっと綺麗なお姉さん呼んだ方が良いんじゃないかしら。
と思ったのも束の間、いきなり、私はその客に抱きしめられた。
もちろん持っていた酒壺はひっくり返してしまったけど、身動き一つとれないくらいの強い力で抱きしめられているものだから、酒が男にかかってしまったかと不安になるくらいしか、私には出来なかった。
「……辛かったな」
背中を、ぽんぽんと撫でるように叩かれた。
思わず私は、男を見上げる。
男は、私に優しく微笑んでいた。
不意のことに、気が付いたら涙を流していた。