炎の巫女 1
呆然と、自分の身に降りかかる物事を、ただ見つめるしか出来なかった。
私は、父に育てられた。
母は居る。ただ、あまり接することが無かった。
小さな村だったから、もしかしたら他の人にとっては、その状態は普通じゃなかったかもしれない。でも実際そうだったのだから仕方がない。
だから私は母のことはあまりよく知らない。
私はほとんどを、村のはずれの小屋で過ごしていた。
父は、もしかしたら私を、村人たちから隠したかったのかもしれない。当時はそれに気付かなかったけど、今ならそう思う。
父は仕事に行くときの時間を、私と過ごしてくれたから、寂しくはなかった。
父がいないときの私は、小屋の周囲の自然に優しく包まれて、それだけで満ち足りていた。
朝日が昇るころに目を覚まして、小屋にある食料で父が朝食を作ってくれて。仕事で父が出かけると、小屋の掃除をはじめる。といってもやり方を知らないので、あちこちに荷物を移動させるだけなんだけど。
それが終われば小屋の周囲の探索。「外にはおっかないことたくさんある」と散々脅されていたから、その当時の歩幅で、小屋から10歩あたりまでしか足を延ばしたことが無い。それ以上足を延ばしたとき、父がすごい形相で私を助けに来て、慌てて小屋に連れ戻すということが、小さなときにあった。そのとき地面が大きく揺れることがあって、それが凄く怖かったから、私はそれ以上外に出たらダメなんだと思い込んでいたのだ。だからそれ以上は出ない。
そんな、狭い世界に私は生きていた。
そうして私は生きていくのだと信じていた。
けれど13歳になったある日。私は父に「外に悪い魔物がいる。懲らしめてやってくれ」と言われた。よくわからなかったけど、「うん」と頷いた。
赤い空だったように思う。
広かった森の中を抜ければ、そこは見知らぬ人間たちが居て。
父はそれらを全て「魔物」と言い切った。
私は狼狽えつつも、どうやって自分がその魔物を懲らしめられるのかわからなくて、父に訊いた。
父は、突然私を罵倒した。
それでもその言葉の意味を理解できなかった私はぽかんとするしかなく、ただどうしたのだろうと父を見上げていた。
すると父は、次に私を殴った。
流石に驚いて、けどやっぱり私は父を見上げるしか出来なくて。
でも周囲にいた人間たちが近付いてきて…
「あいつらは魔物だと言っているだろう!」
確か、そんなような言葉だったと思う。
それがきっかけで目の前の父を燃やし、次に周囲の物や者を、構わずに燃やした。
何もかもを、全部。
外に出た恐怖、唯一の味方が味方じゃなくなった恐怖…そんなのに振り回されて。
出来る出来ないとか考える余裕すらなかった。
燃えろとも思わずに見たものが燃えて、それがさらに恐怖の上塗りを重ね…
意識を取り戻したとき、あまり接することが無かった母の顔が見えて、
「父さんが」
と感じたことを伝えようとすると、
「父さんは亡くなったよ。お前のせいだ」
母は、とても冷たく言い放った。
村の生存者は誰も何も説明してはくれなかったけれど、父や他の人や物を焼いた炎は、どうやら私が召喚したようだ。
やり方も何も知らない私が何故とも思うけど、罪を額に印として彫る人がそう言っていた。
これが召喚の対価とでもいうのか、あまりにも気だるすぎて指ひとつ動かすことが出来ない私は、そのまま人買いに売られた。
「殺されないだけマシだと思いな!」
誰かの声が、馬車の外から聞こえた。
私は呆然と、自分の身に降りかかる物事を、ただ見つめるしか出来なかった。
体調が回復するまでには、私は売られた先に居た。だからすぐには動けなくて、でも私を買った主は
「今日一日は休ませてやるが、明日から働いてもらうから」
と唾を吐きかけてきた。
一日休みをやるだけでもありがたいと思えと言葉を吐きつつ主は部屋を去って行ったけど、その頃までには、もう私は心を揺さぶられないようにしようと、ただそれだけに努めていた。
そうでなければ、あの恐怖を、またまき散らしてしまう。
私にとってそのことは、一番に恐ろしいこととなっていたから。