奴隷市1
すみません。九話目、大幅改稿です!
読んで頂いた方、大変申し訳ありません。
07/07付けで投稿されたこちらが正規の九話目となります。
大変申し訳ありませんが、再度目を通して頂けると幸いです。
07/12 誤字脱字修正
07/14 「グラス」の表記を「杯」に修正
アリスティアの奴隷市場、それはグラスダール領で最大の奴隷市場である。市場開放期間中に取引される奴隷の数は、千を優に超え、統治者に莫大な富をもたらしている。
目的地となるアヴァール商会が取り仕切る奴隷市も、領主に富をもたらす一翼を担っている。
「さすがに、目に見える影響はないか……」
市が開かれる天幕の周りに、人が溢れ返っていることを確認すると敵に回している相手の影響力がいかに大きいかを実感した。
やはり、財を築き上げた商人のことだけあって、悪評が立つ中での客の集め方を心得ているらしい。少なくなるどころか増えているように感じられる。
「私が知る奴隷市とは、随分と雰囲気が異なります。全体的に寂れた感じで、人の出入りもまばらだったのですが……」
「グラスダール領では、商人が奴隷を売ることができる日が決められているからな。その分、人が集まり易い」
「売買日時が決められているのは、何故でしょうか?」
「領主側からすれば取り締まりが楽になるからだ。決められた日時に売買されるなら、その前後を監視するだけで、正確な税収を計算できる。正確な税収を算出できれば、違反者の特定も容易になる。海賊や盗賊の収入源の大本は、何か知ってるか?」
「人身売買でしょうか」
話しの流れから人身売買が、収入源であることを察し迷いなく答えるローゼリア。
「そうだ。流通する奴隷の半分は、盗賊被害にあった人間だと思っていい」
「大半の国では、盗賊との取引を禁止していますが……」
「禁止はされているかもしれないが儲かるからな。盗賊から子供一人を銀貨三~五枚で買って、適正価格で売ったとしても金貨一枚分の利益が出る。百人も売れば一財産築ける。地道に商売をやるより儲けが多いから、手を染める奴は腐るほどいる。当然、それを取り締まる人間もいるが大抵は買収されて終わりだ」
買収できない場合は脅せばいい。自分の命や親兄弟の安全の為なら、お目こぼしくらいするようになる。そうなったら最後、醜聞が広がることを恐れなし崩し的に商人側に加担するしかなくなる。
脅しても首を縦に振らないなら、小金目当てのゴロツキを雇い殺せばいい。強盗を装って殺せば、それ以上の追及はされない。代わりの者が配属して来たら同じように対応すれば、そのうち当たりを引き当てることができる。
「しかし、取り締まる側もそれを分かっているのですから、相応の人材を据え厳しく取り締まるのでは?」
「それが、この問題の難しいところだ。短期的に見ると厳しく取り締まっても統治者側の旨みが少ない」
「買い手がいなくなれば盗賊の活動を抑制でき、違法取引を抑えることができるのでは?」
「……理由を答えるのは簡単だが、君は将来統治する側の人間だからな。良い面と悪い面を秤に掛けて、考えてみるといい」
レーヴェにそう返されると、ローゼリアは熟考した。
盗賊の活動が抑制できれば、行商や村民への被害が減り、治安維持の兵力を抑えることができる。盗賊被害が減れば行商が活性化し、税収が増えるのだから善いこと尽くめな筈だ。
自分が、統治者なら直ぐに手を入れる。目に見える成果を見るのは、先になるがもたらされるモノは大きい。
そこまで考えたところで、ローゼリアの中で糸が繋がった。
ハッとしたように顔を上げるとレーヴェと視線が合わさった。
「もう答えに辿りついたのか。中々、優秀だな」
「成果によって得られる利益が、先であることが問題であると」
「悪い面は、どこまで考え付いた?」
「人材の確保の為の資金と配属換えによって生じる不満。それによって生じる労力でしょうか」
「正解と言いたいところだが、それだと正答の四割だな。他に思いつくことはないか?」
レーヴェの視線を受け、再度思考を巡らせるローゼリア。
これで四割ということは、何か重要な面を見落としているのだろう。初期の問題は、思いつく限り上げた。となると実行後の負の側面が抜けている可能性が高い。
(維持費?でも、これは初期費用として見積もれば問題ない。あるとすれば、商人の不満による軋轢程度……)
「取り締まりによって発生する商人との軋轢でしょうか……」
たっぷり時間を掛けて熟考したローゼリアだったが、どうにも答えが出ず自信無さげに考えを述べる。
「最初にしては難問過ぎたか。取っ掛かりをやろう。取り締まりによって減るのは、盗賊の被害だけか?」
「盗賊被害以外で減るモノ……?」
あまりに想定していなかった言葉に、ローゼリアは混乱する。
元々、話しの骨子は取り締まりを強化することで盗賊被害を抑制し、経済を活性化させることが目的だ。つまり減るのは、盗賊の被害に会う人間の数だけだ。それが減ったところで、統治者に取って不利益になる筈がないのだ。商人は、比較的安全に行商を行うことができ、村民の被害が減り物流が良くなる。そこに負の側面はない筈なのだ。
統治者に取って最良の結果しか無いように思える。しかし、レーヴェは、そこに大きな問題があると言う。それが、もっとも最重要な要素なのだろう。
でも、分からない。糸口が見えない。
(これでもダメか。しかたない……)
頭を悩ませ続けるのは、流石に気の毒なのでレーヴェは、助け船を出すことにした。
「それにしても人が多いな。売りに出される奴隷の数も相当多そうだ。」
あくまで自然体を装いながら言葉を漏らすレーヴェ。
ローゼリアの思考を邪魔するくらいの大きさに声を調整し、視線を周囲に向ける。
「客が多ければ売りに出される奴隷が多いのは、当たり前。考え中、少し黙って。」
「悪かった。」
答が分からないのが余程悔しいらしく、演技を忘れレーヴェの言葉を封じる。
本人にその意図が在ったのか不明だが、レーヴェの気の利かない発言にローゼリアは憤っていた。
こちらが思考に嵌っていることで、話し相手がいないのは分かる。理解できるし、正答を引き当てられない自分が悪いと思う。でも、問題を出し答えを敢えて教えていないのは、レーヴェなのだ。こちらが真摯に答えを得ようと努力をしているのに、それを自身の都合で中断させるのは酷い。
ローゼリアからして見れば、義理を欠く行いだ。
(人が増えれば、競りに掛られる奴隷の数が増えるのは当たり前……。……奴隷の数?)
そういえば、盗賊の被害が減るということは、必然的に奴隷の数も減ることになる。盗賊被害の減少と奴隷の数は切っても切れない関係がある。
(そうか!奴隷の数が減れば、それだけ取引が減る。奴隷売買によって得られる税収が減る。)
「……領地を支える重要な財源が減る」
「そうだ。それが、この問題の一番難しいところだ」
全ての謎が解けた時、ローゼリアは目から鱗が出た。そして納得した。
これならば取り締まりをきつくしないのにも納得できる。商人に巨額の利益をもたらす奴隷売買は、統治者にとっても多くの利益をもたらす金のなる木なのだ。
取り締まりを強化すれば取引が少なくなり、減った分だけ税収が減る。最悪の場合、奴隷商人達がいなくなる可能性すら秘めている。
そんなことになれば財政は火の車だ。私財がある内に成果が出ればなんとかなるかもしれないが、成果がでなければ悲惨な最期が待っている。
最悪、統治能力なしと見なされ爵位の剥奪も在り得るのだ。
目に余る分もあるが放って置いても優秀な財源として働いてくれるのに、危険な橋を渡ってまで改善する者はいない。いるとすれば、余程優秀な人物か大馬鹿者のどちらかだ。
「確かに難しい問題。」
長期的に見れば良いこと尽くめな方策でも短期的に見たら愚策もいいところ。しかも成果を得られるまで、数年単位が掛かる。下手をすると成果を得られないままで終わる可能性すらあることを考えるととても実行に移す気にはならない。
全ての統治者が、そこまで深く考えて判断しているとしたら、とてもじゃないが自分には勤まらない。
ローゼリアは、素直にそう思った。
「さて、問題の解答も終わったことだし、中に入るぞ。そろそろ競りが始まる時間だ」
「ん、分かった。……イエ、分かりました」
周囲をキョロキョロと見回すローゼリアを連れ、敷地内へ入ると身なりの整った男が二人を迎えた。
「こちらで入場料をお支払いただきます」
レーヴェの調べでは、入場料は銀貨一枚。買っても買わなくても取られる値段としては、最適な値段だ。もっとも、一般家庭に置ける月の収入の三割以上にも上る額なので、庶民感覚ならボッタクリに近い。
「これで足りるか?」
「十分でございます。ただ今、おつりを用意いたしますので、少々お待ちください」
金貨を一枚、手渡すと男は馴れた手付きで会計を始めた。
「釣りはいらん。それよりも高級奴隷の天幕に案内をしてくれ」
「ご予約の方は、なさっているでしょうか?」
「先日、使いの者が『ベノワ』で取った筈だ」
「少々、お待ちください。」
名を告げると男は、手早くリストを確認して行く。
そして、リストの中間辺りに名前があることを確認すると、水晶を手に取り、係りの者を呼び出した。
「ベノワ様、大変お待たせいたしました。こちらの者が、天幕までご案内します。」
「分かった。」
係りに連れられて、敷地の奥に向かうにつれ篝火の光が照らされる奴隷の姿が増えて行く。
視界に写るの奴隷は、大きく分けて二種類。
繋がれた奴隷と、檻に入れられた奴隷だ。
鎖に繋がれているのは、大半が男でボロキレを纏っていた。殆どがやせ細り、身体中にムチの後が残っている。顔色もあまり良くない。
檻に入れられた奴隷は、殆どが年頃の若い娘で占められており、着ているモノもまともだった。不健康を思わせる要素は無く、肌に痣や傷は見受けられない。奴隷の扱いとしては、まともな部類に入るだろう。檻に入れられた奴隷は、優遇されていると言ってもいい。
しかし、奴隷の扱いとしては、かなりまともな方でも、目に宿る諦めの色は同じだった。
「扱いはまともでも、目が死んでいるのはどこも一緒か。ロゼ、大丈夫か?」
「……大丈夫」
顔から血の気が引いているが、焦点は定まっており思考が正常であることは見て取れた。
しかし、奴隷の数が増えるにつれ、絡ませた腕が冷たくなって行くのが感じ取ることができた。
この調子であれば、なんとか天幕まで十分持つことは見て取れたが不足の事態が起きた時対処できるか怪しかった。
(もっと前もって準備させて置くべきだったな……)
常人離れした姿ばかり見ていた為、少女と呼んでも差し支えない年齢であることを完全に失念していたのだ。『彼女でならばなんとかなるだろう。』そう思っていた。
前もって知らせて置けば彼女なりに、心の準備ができただろう。しかし、レーヴェはそれをさせなかった。伝えるチャンスは、いくらでもあったのにも関わらず伝えなかった。
完全にレーヴェの失態だった。
心の中で、自分を罵倒し、後でキッチリ謝罪することを誓う。
なんとかローゼリアを落ち着けようと絡めた腕を動かし、手を握った。彼女の手からは戸惑いを感じたが、暫くすると縋るように強く握り返して来た。
横目で顔色を確認すると僅かに血の気が戻ったのが見て取れた。
手を握ったことは正解だったらしく目的の天幕についたころには、だいぶ血の気が戻っていた。これならば、不足の事態が起きても行動できるだろう。
「もう少し我慢してくれ。もう少しで天幕に入る」
「ん、問題ない……」
既に演技することも忘れ、素の状態に戻っていたが、レーヴェは何も言わず自分の左手に包まれる手を握る力を強くする。
係りの者の案内に従い、天幕の中を進むと会場についた。
既に等間隔に並べられた椅子には、余すことなく人が腰を下ろしていた。数人がローゼリアを見てギョッとするが、それらを無視して最後尾に用意された椅子を目指す。
「ごめんなさい」
案内人が離れ、周囲の目が二人から離れるとローゼリアは謝った。
席に付いても繋がれた手は、解かれることなく。まるで、手を離されることを恐れるようにしっかりと握られている。
「謝るのはオレの方だ。完全に油断してた。帰りも同じ場所を通ることになるが、大丈夫か?」
「こうしていれば大丈夫」
視線を繋がれた手に移すローゼリア。
どうやら、ローゼリアに取って手を繋ぐことが精神安定に繋がっているようだ。
「これから競りが始まる。耐えられないようなら直ぐに言ってくれ。なんなら今から帰ってもいい」
ここでロプスと接触できないと大幅に予定が変わるが、仕方がない。
「大丈夫。でも、競りの間は目を瞑らせて欲しい」
「分かった。これから少し騒がしくなるが、フードを被っていれば気にならないレベルになるだろう。眠りたければ眠ってくれていい」
「ん、了解」
外套のフードを被せてやるとローゼリアは目を瞑り、軽くレーヴェの体にもたれ掛った。相当消耗していたらしく少し経つと規則正しい寝息を立て始めた。
この様子なら競りが始まっても目を覚ますことはないだろう。
ちなみに眠りついても手は握られたままだった。
強く握られ過ぎて先ほどから手の感覚がない。今なら緩められるかと思い、試しに手を開いたが、逆に強く握り返されてしまった。
その結果を見て取るとレーヴェは、周囲を観察することで気を逸らすことにした。
会場にいるのは、全部で四十人ほど。その内の五人は身なりから貴族であることが分かる。異様な緊張を抱える客が一人、これは様相からして一般人だろう。レーヴェ達と同じように御忍びの服を纏う人間が十人ほど。残りは商人のようだ。
正面のステージの上には、砂時計が置かれており、開催までの時を知らせている。
並べられている椅子の数と会場の広さを比較すると、椅子の間隔が広いように感じられるが、意図的に席を減らした様子は見られない。不快にならないように、隣席との間隔を程よく開け、快適に過ごせるように脇に杯が用意されている。
多くの者は手馴れた手つきで、それを煽っている。緊張を抱えた男は、周囲を伺いながら恐る恐るグラスに口を付けている。
「失礼いたします」
顔を動かさず視線だけで周囲を観察していると、横から係りの者がやってきて杯に酒を注いで行った。
杯を手に取り、香りを確認すると葡萄の香り中に、花の香りが微かに混ざっているのを感じ取った。
(デジール草の蜜か。念の入った仕込みだな)
デジール草とは、それ自体が強い興奮作用をもたらす草だ。
その効果は、魔物すら興奮状態に追い込む程強く。人が口にすると興奮状態が、丸一日続くほどだ。摂取量を間違えると死に至ることもある。
当然、レーヴェが、そんなモノを口にする訳がなく。グラスの中身を全て地面に捨ててからテーブルに戻す。ローゼリアの為に用意されたモノも同様に対処する。
「お客様、なにか飲み物に不備でもございましたか?」
その様を見ていた係りの男が素早く歩み寄り耳打ちをする。
レーヴェは、男を鬱陶しそうに睨めつける。
「貴様、オレを馬鹿にしているのか?デジール草の蜜の入った葡萄酒を用意して置いて、『なにか飲み物に不備がございましたか?』だと、本気で言っているのか?」
係りの男にしか聞こえない程度の声で、一言一句に怒りを込めた言葉を放つと男は蒼白となって、ついには震え出した。
「しっ、しっ、失礼いたしました。すぐに代わりの物を!」
「当然、オレを満足させられるモノだろうな?」
「は、はい!必ず!」
震え上がった男は、慌ててその場に離れ、すぐに新しい酒と杯を持って戻って来た。
「と、当商家で扱う最高級の葡萄酒でございます……。これで私どもの非礼をお許し頂ければと」
「何様のつもりだ。オレの不快にさせて置いて安酒一本で機嫌を直せと?馬鹿にするのも大概にしろ」
「で、出過ぎた真似を申しました。申し訳ありません!」
深々と頭を下げる係りの男に、杯を顎で指し酒を注ぐように促す。男は、震える手付きで、それを行うともう一度深々と礼をして去って行った。
視線でそれを見送ると、レーヴェは杯に手を付けた。
さすがに今回は問題ないらしく。味も香りも全てが問題なかった。いい値段の葡萄酒だけあって口当たりがいい。
予定とは随分と違ったが、これで当初の目的であるロプスとの接触を図ることができるだろう。貴族と思われる客に、不手際を打って店の主人が出てこない訳がない。
店側が下手を打ってくれたので、こちらが細工をする必要が無くなった。後は、当初の予定通りことを進めるだけだ。
ステージの上に置かれている開催時刻を知らせる砂時計の砂は、無くなる一歩手前だ。予定通りであればもう間もなく奴隷市が始まる。
幸い先ほどのやり取りでローゼリアが目を覚ますことはなかった。この分だと、競りが始まっても起きる心配はないだろう。
砂が少なくなるにつれて、喧噪が少しずつ静まりやがて無くなる。奴隷市開催の為のお膳立ては完了した。
「皆様、ようこそ奴隷市に!」
奴隷市が始まった。
評価&感想は、随時受け付けています。
いつでもどうぞ!