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朝の一幕

レーヴェとローゼリアの二人だけのやり取りです。

ヒロインとの絡みが少なくて申し訳ない。(汗)

「今日は何をするの?」

「いろいろやることはあるが、まずは飯だ」


 夜期(ナハト)に入って六日目を迎えたレーヴェとローゼリアは、街中を歩いていた。二人は、冷え込む外気に少しでも触れないようにするため外套衣で、体を覆い隠している。

 通りでは、商いを行うのに十分な明るさを確保した商人たちが、声を張り上げて呼び込みを行っている。路銀を稼ごうとするキャラバンが、見事な踊りや音楽を披露し、見物人を集めていた。

 夜期(ナハト)も折り返し地点へと突入したことから、夜の寒さにもめげず財布の紐が緩み始める見物客を狙って多くの商人が声を掛けている。

 つい先日には、侯爵家の所有の大型船団が入港したらしく大量の珍しい積み荷が解放され、市場を賑やかしていた。話しによれば、侯爵家の血縁者も町を訪れているらしい。

 そう言った理由もあって大きく冷え込む空気とは、逆に街の熱気は最高潮を迎えていた。


「何か食べたいモノはあるか?」

「体が温まるモノ。スープがいい」

「スープか悪くないな。確か角熊の肉と乳を使ったスープを出している露店が、少し先にあったと思うが、それでどうだ?」

「ん、問題ない。大好物」

「なら飯はそれで済まそう。ほら、焼き立てだ。少しは温まるぞ」


 小さな窯から出てきたばかりのパンを買い付けると、ローゼリアにパンを差し出す。果実で香り付けされているらしく食欲をそそる甘い匂いが、ローゼリアの鼻孔をくすぐる。


「ありがとう。でも、いいの?」


 露店に出されていると言っても、果実を使ったパンは安くない。ひとつ買うお金で、普通のパンが五つは買えるほど値段に違いがある。

 仕事納めに貰った食事代もそうだが、これから商売を始めるというのにレーヴェの金払いは良かった。


「食事に関しては、一切妥協しないのが性分でな。どんなに金が無かろうが、食事代だけはケチる気はない。だから、他に食べたいモノがあったら遠慮なく言ってくれ」

「ん、了解」


 レーヴェの言葉に従い、海鳥の串焼きを買って貰うとローゼリアは、寒さを忘れ食事に没頭した。目的の露店に辿り着くころには、パンを二つと海鳥の串焼き三本がローゼリアの口の中に消えていた。

 二人は、木の器に注がれたスープを銅貨と引き換えに受け取り、隅に用意されたテーブルに腰を落ち着けた。

 器からは湯気が立ち上り、それに混じってスープの香りが漂っている。角熊の肉を使ったシンプルなスープだったが、口に肉を含むと肉汁が溢れ出しスープの塩味と合わさり、絶妙な味わいが口の中に広がっていく。体が冷えたこともあって、そのスープは普段の何倍もおいしく感じた。


「もう一杯貰ってもいい?」

「もちろんだ。貰ってこよう」

「大丈夫、自分で貰ってくる」


 立ち上がりかけるのを制止し、席を立つローゼリア。

 余程スープが気に入ったのか、小銅貨を受け取ると足早に、露店の主人のところに向かって行った。色気より食い気に熱心なローゼリアを見て、まだまだ子供だと思いレーヴェは笑みを漏らした。

 自分の器も空になったことを確認するとローゼリアにならって、もう一杯飲むことにした。すると入れ替わるように、ローゼリアが器にスープを満たして戻って来た。


「おかわり?」

「ああ、頼めるか?」

「了解。」


 器をレーヴェから引き取り、再び主人のところまで駆けていく。

 スープを嬉しそうに受け取るローゼリアから視線を外すと兵士の姿が、目に入った。周囲を改めて伺うと視界に入るだけでも三人が確認できた。配置を見る限り、視界に入らなかった者も数人いるはずだ。


夜期(ナハト)とはいえ、一箇所に、これだけの人数を裂くのは異常だな)


 侯爵家の血縁者が来ているとの噂もあるから、目に付く場所に点数稼ぎのための兵を配置しているのだろう。

 見る限りでは、兵の錬度はお世辞にも高いということはできない状態だった。以前、目にした兵も酷かったが、視界に映る警備兵は、それに環をかけて酷かった。呆れるくらい弱い。

 恐らく、日頃の鍛錬すら満足に行っていないのだろう。周囲に対する警戒も不十分で、ハッキリ云えば隙だらけだった。それなりに腕っ節が強い人間が相手なら三人でも一分持たないだろう。これでは治安維持どころか自分の命すら守れないだろう。道理で、平然と無法者が町に出入りするわけだ。

 護衛依頼で、頻繁に出入りをしていたので、警備兵の質はチェックしていたが少し見ない間に、格段に質が下がったららしい。


「守備兵?」

「ハッキリ云って酷いな。前は、もう少しまともな奴が多かったんだが……」


 正直、頭が痛い。町に拠点を構える以上、町の治安は良くないと困る。


「守備隊長の意向で、増員と配置転換があったみたい」

「なるほど、それでか……」


 ローゼリアから器を受け取ると早速スープを口に運ぶ。呑みこむと腹の中からジワリと熱が広がる。考え事をしている間に、少し体が冷えてしまっていたらしい。

 目の前では、寒さを忘れるべくスープを一心不乱に駆け込むローゼリアの姿がある。レーヴェの視線に気付いているようだが、今は食べることに夢中らしい。


「君は本当に貴族らしくない貴族だな」


 笑い掛けるレーヴェに、ローゼリアは首を傾げた。

 自分の素性に関してローゼリアは、一言も漏らした覚えはない。それに類する情報を口にしたのは、初めて会った時に『放浪者』という一言だけだ。


「別に驚くほどのことじゃない。口にしてないだけで、日頃の仕草を見てれば大方予想は付く。君は食べるときに音を立てないし、姿勢も崩さない。平時の立ち振る舞いも品を感じさせるモノがある。しかも随分と板についている。これだけならどこかの商家の娘と取れるが、最初に見せた動きは商家の娘には不要なモノだ。となれば残るは貴族か騎士の家の血縁。最初は騎士の家系かと思ったが、それなら今頃、高位教育課程に進んでいるはず。残るのは貴族だけという訳だ」


 王族の可能性もなくはないが、噂にも騒ぎになっていない時点で却下。可能性を考えたとき貴族である可能性が一番高いのだ。

 ちなみに、騎士の家の者は、男女問わず十五才になると高位教育課程に進むことが義務付けられている。将来、騎士になるかは本人の意思次第だが、教育は受けなければいけない。


「ん、正解。正確には妾の子供」

「君の年だと縁談が舞い込む時期だろ。そんな大事時期に良く放浪生活を許可したな。貴族の娯楽のひとつになっていると言っても従者を一人も付けないのは、いくらなんでもやり過ぎだぞ」


 貴族の間では、放浪者となり各地を転々とするのは娯楽のひとつとなっている。四百年以上前に、どこかの国の王族が放浪者となって各地を回り、問題を解決して回ったことが有名になり、物語として語られるようになった。その物語は、年を重ねた今でも有名な逸話として語り継がれており、その話に憧れた王族や貴族に、娯楽のひとつとして覚えられるようになった。

 実際、王族や貴族が領内を回り領民の生活を知ることで、問題解決がスムーズに行われるなど様々な恩恵も得られた例も少なくない。もちろん、逆にトラブルが引き起こすこともあるが、実益も兼ねた重要な娯楽として受け止められている。

 だから、貴族が放浪生活していることに驚きはないが、一人も従者を連れていないのは異常だ。最低でも二人の従者を伴って旅をするのが一般的である。


「黙って出てきた。たぶん、家では大騒ぎのはず」

「そうか。気の毒に……」


 半ば予想していた答えだけに、ローゼリアの両親が不憫に思えてしまう。恐らく、その心労は計り知れないモノだろう。

 何故なら、レーヴェの基準から見てもローゼリアの容姿は優れていた。貴族や商家の護衛を数多く請け負って来たレーヴェでさえ、これ程の整った顔立ちの女性に、お目に掛れるのは数年に一度だ。

 そんな少女の家族ともなれば、顔や体に傷が付いたりしていないか?どこかの馬の骨に身を汚されてはいないかなど、心配事は山のようにある。しかも、これだけの美貌だ奴隷として売り払えば、金貨百枚を積む者もいる筈だ。つまり、旅に伴う危険が普通よりも恐ろしく高いのだ。

 今頃は、家で憔悴しきっているだろう。


「心配ない。定期的に手紙を書いて。」

「文面は?」

「『町の不良と仲良くなった。空き家を借り宿にして生活をしているから安心して欲しい』」

「……それの文面のどこに安心を感じればいいのか、オレには分からんな」


 そんな文面の手紙を受け取ったら、両親は心配どころか憤死するだろう。両親目線で変換するならこうだ。「体目当ての男と仲良くなった。付きまとわれて宿に泊まれないから空き家で寝泊まりしている。まだ貞操は無事、安心して欲しい。」

 多少の誤差はあるとしても、与える印象は似たり寄ったりだろう。つまりは、娘の貞操の危機を知らされたことになる。これで心配するなと言う方が、無理である。


「大丈夫。手紙を書くのは得意。心配ない」

「それは一体だれの評価だ?」

「兄、『お前の手紙は文字で人に伝えるということが、いかに難しいのかが良く分かって勉強になる。だからもっと手紙を書いてくれ。』って、会う度に言われる」

「なるほど……」


(それは遠まわしに「不足している部分が多すぎて窮状が良く分からない。だからもっと手紙を書いて練習してくれ。」と言っているんだよ)


 ローゼリアの家族達に心の底から同情するレーヴェ。そして、今後仕事で手紙は書かせまいと心に誓う。


「さて、食べ終わったし、そろそろ行くぞ」

「もう一杯食べたい」

「……まだ、食うのか?」

「このスープおいしいしから。それに、ヒルベルトの話しが聞きたい」

「オレの?なぜだ?」

「好奇心」


 やたらと簡潔な言葉で問いかけに応じるローゼリア。

 どうしようかと迷ったが、期待の眼差しを向けてくるローゼリアを無下にできず、仕方なく頷いた。


「……わかった。答えられる範囲でなら答えてやる。ただし、質問に答えるのはスープを飲みきるまでだ」

「ん、了解」


 そう言って、再びスープをお代りするべく席を立った。


「……これは、一体なんのつもりだ?」


 ローゼリアが席を立ってから三分後、ローゼリアが戻って来た。

 ここまではいい。


「おかわりのスープ」


 問題は、貰って来たスープの量だ。

 目の前には、大量のスープが入った大鍋が置かれていた。あろうことかローゼリアは、露店で火に掛けられていた大鍋を丸ごと持って来たのだ。

 店の主人を見るとホクホク顔で、次のスープの仕込みをしている。あの顔を見たらとてもじゃないが返して来いとは言えない。


「もう一杯と言っただろう」

「だからもう一杯だけ」

「大鍋ごと持ってくるのは、もう一杯とは言わん!」

「もう一鍋?」


 コテンと首を傾げるローゼリア。

 可愛らしい仕草で、平時なら眼福ものだが今はどうでもいい。


「この量を一人で食べる気か?」

「問題ない」


(イヤ、どう見ても無理だろ……)


 大鍋はレーベェの肩幅ほどもあるのだ。鍋一杯にスープがあるわけではないが、中のスープの量は、優に十人分を超えている。とてもじゃないが若い娘が食べ切れる量ではない。

ローゼリアは、最初から食べきるつもりなどない。オレへの質問時間を稼ぐためにこんな無茶な量を持って来たのだ。

 それほどまでに聞きたいことがあるらしい。


「一体、いくらしたんだ?」

「銅貨三枚」

「貰って来たからには、食い切れよ」


 半ば呆れながらレーヴェは、銅貨をローゼリアに渡す。

 スープを無駄にするのは、忍びないので一杯分を器に注がせ引き取ることにする。


「それで何が聞きたいんだ?」


鍋のスプーンを付けてスープを飲むローゼリアに、問いかける。


「まずは歳と経歴が知りたい」

「経歴か……。聞いても面白くないぞ」

「それでもいい。知りたい」


 その言葉を聞いて、半ば諦めたように口を開く。


「歳は、二十三。物心が付いたころから傭兵やってた。育ての親と一緒に戦地を転戦。十四の時に育ての親が死んでから正規兵として七年間、軍に所属。それなりに出世したが、どうも肌に合わなくて離脱。放浪生活をしながら金を貯めて現在にいたるって所だな。」


 詳細は告げずに簡潔に自分の経歴を説明する。全て事実であり嘘の情報は一切入っていない。ローゼリアの質問に答えると約束したのは自分だ。相手の意図がどうあれ、そこに偽りの情報を混ぜるような真似はしない。


「十四歳で、軍に?」

「まあな。流石に十四のガキには傭兵の仕事なんて回ってこなくてな。仕方なく軍閥の門を叩いたわけだ。ちなみに『ヒルベルト』の姓は、育ての親から譲り受けた。本当の親は、名前どころか顔すら知らん」


 驚くローゼリアに淡々とした口調で語るレーヴェ。

 だが、ローゼリアが求めていたのは、それではなかった


「その若さで、軍に入れた?」


 どこの国でも兵士になれるのは、成人を迎えた者と決まっている。それを覆すのは並大抵のことでは不可能だ。例外的に、認められるとしても王族や貴族でなければ厳しい。それこそ戦時中で、劣勢に追い込まれているという状況でもない限りありえない。


「そっちの疑問か……。最初は門前払いされそうになったが、訓練用の丸太を真っ二つにしたら、騎士と模擬戦することになってな。ボコボコにしたら準騎士待遇で迎えられた。正騎士になったのは、十五の時だな」

「十五歳で……」


 呆れを通り越して呆然とした。

 準騎士として迎えられたという時点で、驚きなのに僅か一年で正騎士に昇格するなんて聞いたことがない。

 正騎士になる為には、それこそ血の滲むような努力を何年も積み重なければならない。しかも同じ立場である他の準騎士に勝る実績を作らなければならないのだ。

 これが本当のことなら、ローゼリアの目の前にいる人物は、化け物だ。


「ホントのこと?」

「嘘、言うならもっと真実味のある嘘をつくさ」

「どうして辞めた?」

「言ったろ、肌に合わなかったって。ずっと気楽な傭兵生活してたんだ。部下の面倒見て、上のご機嫌伺うなんて真似させられたら、イヤになるに決まっているだろう。二~三年は、困らない程度の貯えは有ったからな。めでたく職を辞したわけだ」


 スープを飲む手を止め、話しに聞き入るローゼリア。


「手を止めるな。手を止めたら話さんからな」

「ん、了解」


 レーヴェに促されて再びスープを口に運ぶローゼリア。既に鍋のスープを四割近く平らげたにも関わらずスプーンを口に運ぶペースに変化はない。


「そこからは、予想できるだろう。放浪生活しながらグラスダール領へ。アリスティアとグラスダールを行き来きする貴族や商人を相手に、仕事をして開業資金を貯めて現在にいたるってところだな」

「どうして店を?」

「難しい質問だな。理由はいくつかあるが、店の経営をやってみたかったというのが、一番の理由だ」


 今はまだどうしたいのか自分でも決めあぐねていたので、言葉を濁すレーヴェ。


「始めるのは宿屋?」

「当面は、宿屋&酒場だな。臨時で色々やろうと思ってるが……」

「例えば?」

「そうだな……。すぐにできそうなのは、薬草採取やゴロツキ退治ってところか。薬草は儲かるし、賞金首を狩れば収入にもなる。治安も少しはマシになるだろう」

「それは私もやる必要がある?」


 少し考え質問を投げかけるローゼリアに、レーヴェは首を振る。


「手伝いはありがたいが無理強いをする気はない。手伝ってくれた場合は、成果に応じて報酬を出す形にするつもりだ」

「そう、助かる」

「あっ、宿屋と酒場の手伝いの他に頼みたいことが、ひとつだけあるな」


 大事なことを伝え忘れていた。これだけは必ずやって貰わなければ困る。


「なに?」

「毎日の鍛錬に参加すること。手伝いで薬草採取やゴロツキ退治をするならある程度、戦闘技術を身に着けて貰わないと困るからな。それに酒場を手伝うなら、荒事に慣れて貰う必要がある。最低限の備えだと思ってくれ」

「護身術なら十分できる」

「君の戦闘技術は対人戦中心だろ。山や森に入るなら魔獣との戦い方も知っておいた方がいい」

「分かった」


 アッサリと承諾するローゼリアにホッとしたレーヴェは、視線を大鍋に向ける。

 おかしなことに鍋の中に、スープは残っていなかった。大鍋の中にあった大量のスープが、綺麗に消えていた。


「ロ、ローゼリア、スープはどうした?」

「消えた」

「どこに?」

「ココ」


 ポンと両手を腹に当てるローゼリア。どこか満ち足りた様子だ。


(ウソだろ。どんな手品だ……)


「全部飲んだのか?」

「ん、好きなモノは別腹」

「いや、いくらなんでも限度があるだろう。明らかに大鍋の方が、君の胃袋よりデカい」

「でも入った」


 この日、レーヴェの心の辞書の『ローゼリア』項目に新たな言葉が追加された。

「手紙でのやり取り甚だ不安。注意すべし」「胃袋は底なしである」と……。


当面の目標は、お気に入り登録1000件!

先は長そうですが、頑張ります。

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