最終審議
審議の場に現れた人物は、三人だった。
いずれの人物もセルドとロプスとは初の顔合わせである。しかし、レーヴェはその内の二人と面識があった。先日の酒場の亭主と従業員の娘だ。
二人とも何故自分達が呼び出されたのか分からず、顔を蒼白にしていた。
「怯える必要はありません。こちらに居られるセルド様の質問に嘘偽り無く答えて頂きたいだけです。あなた方は、聞かれたことに答えてくれればそれで構いません。」
アリアの言葉に二人は安堵して緊張を和らげた。もう一人の男もその言葉を聞き肩の力を抜いた。
「さて、ロプス。この者達を呼んだのはお前だ。何を聞きたい?」
「そちらに居るレーヴェなる人物が、二人の獣人と共にいたのかをお聞きしていただければと思います。獣人の特徴は、男女の黒髪で女の方は十代半ば、男の方は二十程であります。顔立ちは整っておりますので、一度目にすれば忘れるのは難しいかと」
己の主張を通すため、売った奴隷の特徴を口にするロプス。
「では聞こう。お前たちは、このレーヴェ=ヒルベルトを知っているか?」
「はい」
問われた亭主と娘は、緊張しながらもハッキリとした口調で答えた。
「黒髪の男は他にも沢山いる。どうしてそう判断できる?」
「そちらのお客様は、連れの方と大量の料理とお酒をご注文して頂きました。前金でしっかりとお支払い頂いた上に、他のお客様にも料理を振舞っていたのでとても印象に残っています」
「なるほど、それだけのことをすれば流石に印象には残るな」
淀みなくしっかりとした口調で娘が受け答えをするとセルドは、納得したように大きく首を縦に振った。
「では、続けて聞こう。この者の連れに、そこのロプスが上げた特徴を持った獣人の者はいたか?」
セルドの問いかけを受け、亭主と娘は互いに顔を見合わせた。そして、意を決したように口を開いた。
「いらっしゃいました」
「黒髪の獣人の方が、確かに二人いらっしゃいました」
娘の言葉に続き亭主がハッキリと答えを口にする。
その受け答えに周囲にざわめきが生まれる。
二人の証言は、嘘のようなロプスの言い分に一定の信頼性を与える物だった。レーヴェがロプスを貶める為に動いていたと言う主張を裏付けるものになっていた。
「そうか。ご苦労だった。もう下がっていいぞ」
セルドが下がることを許可するが亭主と娘は動かなかった。
許可をされたにも関わらず下がらない様子を見て、セルドは何かを主張したいことがあるのだと察した。
「何かボクに伝えたいことがあるのか?」
「はい、是非ともセルド様にお伝えしたいことがあります」
「大事な審議の場だが、まあいいだろう。強引に引っ張って来たしな。言ってみろ」
少し考える素振りを見せたが、セルドに断る理由はないので許しを出した。
許しを得た亭主は緊張の色を濃くしていたが、それでも自らの主張を行うために口を開いた。
「恐れながら守備隊の方々には、弁済をして頂きたく思います」
「弁済だと?」
「はい、先日のことになりますが、私の店で守備隊の方々が乱闘騒ぎを起こしました。そ、その折に発生した店の修理代と今まで不払いだった分の代金を頂きたく思います」
その言葉に、セルドはあからさまに顔を顰める。
亭主に対して腹を立てた訳ではない。街の治安を守る筈の守備隊が騒ぎ起こしたことに対して怒ったのだ。その上、あろうことか支払いを踏み倒していると言う本来あってはならないあるまじき行いに対し、怒りを覚えたのだ。
当然その怒りは、当事者である守備隊へと向けられる。
当事者でないものの責任を取る立場であるバルパーは、セルドの怒りを一身に受けることになる。
「バルバー、お前は満足に下の者を教育できないらしいな」
「お、お待ちを。何かの間違いでは、乱闘騒ぎの件は聞いておりますが支払いの踏み倒しなどは耳にしておりません。それに、乱闘に関しては、店の客が突然襲い掛かって来たと聞いております」
「亭主よ。守備隊長はこのように申しているが言う事はあるか?」
慌てて言い訳を口にするバルバーを疑いつつ、再度問いかけるセルド。
「そんな筈はございません。支払いの件は、一月程前から被害を受けた多くの店との連名で守備隊へ報告をしています。守備隊長であるバルバー様が知らぬ筈はございません。乱闘に関しても、守備隊の方が他のお客様に対して問題ある行動を取った為のものです。店を預かるものとしては、守備隊へ請求するのは当然の成り行きと考えております」
バルバーの言い訳はものの見事に封殺された。
「お前達への処分の内容がひとつ増えたようだな。ボクに恥を掻かせた罪は重い。覚悟しておけ」
バルバーとその周りを取巻く守備隊の面々にセルドが冷たい言葉を放つ。
それだけで兵達の顔色は悪くなっていく。
酷く気分を害した様子を見せつつ、セルドは視線をレーヴェに向ける。
「さて、ヒルベルト。この二人によってお前が、ロプスが売ったと思われる獣人二人と一緒にいたことに信憑性が生まれた。僅かながらではあるがロプスの言葉に幾ばくかの真実味を感じさせることになった。無論、これは可能性を示しただけでお前の罪を証明した訳ではない。むしろ、明確な証拠を持つお前は未だ有利な立場にいる。その上で聞く。この証言に対し、お前が言いたいことはあるか?」
中立な立場で審議を冷静に進め、レーヴェの弁解の余地を与えているように見えるがそうではない。
セルドは自ら結論を引き延ばし、予定とは別の方向へと逸れてしまった審議の流れを元の方向へ戻そうと必死なのだ。それ故に、僅かでもロプスが有利となる材料を潰して置きたいのだ。
レーヴェは言外にセルドに尻拭いを押し付けられたのだ。
当然、レーヴェに沈黙は許されない。有利で展開しているとは言え、新しい可能性が出てきた以上、結論は先送りにされる。万全の備えをしたと思っていたにも関わらずこのような事態に陥ったのだ。ロプスに自由な時間を与えるのは危険すぎる。
今この場で口にすべきなのは、ヴァール商会で貴族に売られた獣人二人と共にいた理由だ。その理由を至極当たり前であるかのように語らなければならない。当然、自分が主であることを隠した上でだ。
全てを察したレーヴェは、内心で苦虫を噛み潰す。
今は、互いの立場が影響して口にできないが、本来なら『自分の尻拭いは自分でやれ』と切り捨てる事案だ。もっとも、切り捨てたとしても、結果不利益を蒙るのはレーヴェ本人なので目も当てられない。
自分の保身のためにも要求に応えるしかないレーヴェは、未だセルドの前に立つ男を呼んだ自らの英断に拍手を送った。そして、自らの主張を語りだした。
「まず証言の真実の有無ですが確かに私が連れていたのは、ロプス氏がベノワ様に売った奴隷に相違ありません」
広場に再びどよめきが広がる。
間接的に見ればロプスの主張を認めたようにも取れるからだ。
しかし、セルドからしてみればこれは予定調和だ。完全に中立の立場に立つ亭主と娘の証言を否定すれば、レーヴェへの不審が強くなる。
この場でロプスにトドメを刺す為には、二人の言葉を肯定しつつロプスの主張を崩す主張を展開させる必要がある。
「しかし、私が彼等を引き連れていたのは、ベノワ様より二人を持て成すよう指示を受けた為です。酒場での大きな支払いもベノワ様より受け取ったモノから出ております。他の客に料理や酒を振舞ったのは、『金は好きに使って良い』との言葉を頂いていましたので、先立つ物が少ない放浪仲間に身が温まるスープや酒を譲った次第であります」
「まさかそれは噂に聞く放浪者の精神『放浪の友を助け、縁を繋げよ』か。与太話かと思っていたが実践している者がいるのか?」
唯の与太話と思っていたセルドは、レーヴェの話に驚きを持って反応した。
「放浪の旅をする多くの者に根付いている精神です。私自身、その言葉によって多くの助けを得ることができました。放浪者の心の支えとなる素晴らしい言葉です」
「うむ、素晴らしいな。この目で見られないのが残念でならん」
「セルド様が、いつの日か放浪の旅をされるのであれば必ず目にできましょう。いえ、もしかしたらセルド様自身が放浪の仲間に手を差し伸べることがあるやもしれません」
「ふはっ!ボクに放浪生活を勧めるか!?ヒルベルト、お前は面白いな!!」
放浪生活を勧めるレーヴェに、セルドは喜色の表情を浮かべた。
貴族に対して根無し草である放浪生活を勧める行為は、一見無礼に見えるがそうではない。既に貴族の放浪生活は、趣味として受け入れられている。貴族同士でも放浪生活を勧めたり、放浪経験を自慢するのが普通なのだ。
しかも、放浪生活は過酷ではあっても楽ではない。放浪経験を勧められると言う事は、厳しい放浪生活に耐え抜く胆力と市勢の者と触れ合っても無礼を笑って許せる度量があると評しているに等しい。これは貴族に喜ばれる最上級の褒め言葉なのだ。
お世辞と分かっていてもセルドは喜んだ。
何故なら低い身長と体型のせいもあって、未だ嘗てお世辞であってもその言葉を言われたことがなかったからだ。
セルドの中で、死ぬまでに美女に言われてみたい褒め言葉の中に入っていたので、嬉しさも大きい。残念ならレーヴェは美女ではないが、それでも自分が協定者として認め手を取った相手から述べられた言葉なのだ。嬉しくない訳がない。
「よし、街の統治が落ち着いたら真剣に検討してみるか。父上や兄上には、きっと鼻で笑われるがな!さて、話を戻すぞ。ヒルベルト、お前の主張は非常に分かりやすい。行き成り降って湧いたようなロプスの主張より納得もしやすい。だが、残念だが証明する者がいないな」
セルドは自らの中で結論付けると上機嫌な様子で再び口を開く。
レーヴェと言葉を交わすのが楽しいと陽気に主張するセルドは、張り詰めた場の空気を和ませレーヴェに向けられた不審感を大いに和らげた。
「恐れながら、ロプス氏の主張は私がベノワ様と同一人物であるという論理の上になりたっているもの。私がベノワ様ではないと証明できれば、ロプス氏の主張は崩れると認識しておりますが如何でしょうか?」
「その認識で間違いないぞ。それが証明できれば審議は終わりだ。ボクも暗い寒空の下から暖かい館に戻ることができる」
「であるならば、そちらにいるもう一人の証人に証言をお願いしたく思います」
「そういえばお前が呼んで欲しいと言った人物だったな。アリア、間違いないな?」
問いかけるセルドに、アリアが首肯する。
「よし、ならば聞こう。なにを聞きたい?」
「私のお願いどおりであるならば、その者は出港記録を所持しているはず。その中に、ベノワ様の名前があるかの確認をお願いしたく存じます」
「お待ち下さい!!その者は、ぶっ―――」
その一言にロプスは、形振り構わず叫び声を上げた。
当然、立て続けに行われた無礼を騎士達が見逃すわけがない。ロプスは、あっと言う間に組み敷かれることになる。
それでもロプスは暴れるのをやめようとしない。
出港記録には『ベノワ=フォン=リベルタの名前が確かにある』からだ。ロプスは、態々人を使って出港記録を調べその事実を知っている。仮にこの場に、本当のベノワであるレーヴェが存在していても本人が否定し、別人がベノワを名乗って公式な記録に残っているのであればレーヴェの言葉が真実として認識される。そうなればロプスの主張は完全に否定される。
全ての辻褄が合うのだから当たり前だ。
唯でさえ不利な証拠が出ているのだ。その上ロプスの主張を崩す材料が出たのであれば議論の余地はない。どのような言い逃れもセルドに通じることなくロプスの首は飛ぶことになる。商会の力を利用して事を先延ばしにすることも不可能だ。
詐欺を行った者や他人に罪の捏造した者に対する処罰は、財産没収の上に死罪と決まっているからだ。つまりロプスが罪人として裁かれれば、アヴァール商会の全てがグラスダール侯爵家のものになる。これだけの状況証拠が揃っている状態で、商会の全てが労せず手に入る機会を侯爵家の者が逃すわけが無い。
「クソッ!放せ!私はこんなところで死ぬべき人間ではない!!」
唾を石畳に吐き散らし喚き続けるロプス。
それを人々は呆然と見つめていた。これはもう誰が噓を付いていたのか誰の目から見ても明らかだ。
セルドは完全に冷めた目で、ロプスを一瞥すると呆然とする男に記録を調べるように促した。促された男は、余りの突然の出来事に取り乱しつつも該当する記録を見つけ出した。
「昨日の明朝に、『バルバー隊長!そいつを黙らせろ!!』」
出港記録を読み上げる男の言葉を遮り、ロプスが跪くバルバーに命令する。
命令されたバルバーは、突然の命令に目を剥いた。
そんな事をすれば罪人として捕まり殺されるだけだ。そもそもロプスとの関係は、互いの利益の上に成り立っていたのだ。自らの命を投げ出してまで助ける理由はない。
もはやロプスにはなんの利用価値もない。
当然の如くバルバーは、ロプスとの関係に見切りをつけていた。
「何故、お前の命令を聞かねばならん。セルド様、もはやアヴァール商会の罪状は明らかです。一刻も早くロプス氏を処罰するべきかと」
喚き散らすロプスを尻目に、セルドに訴えかける。
それを耳にしたロプスは当然のように怒り狂った。
「バルバーッッッ!!貴様!お前達に散々甘い汁吸わせてやった!ワシを殺すつもりか!?」
命令を完全に無視し沈黙を保つバルバーに、ロプスは口にしてはならない言葉を吐いた。
(このクソ野郎!!)
バルバーは腸が煮えくり返る思いで、ロプスを睨み付けた。
「何をしてる早く助けろ!!お前達が取り調べと抜かして娘を手篭めにする度に、揉み消してやった恩を忘れたのか!やり過ぎて女が自殺した時、波風が立たんよう骨を折ったのはワシだぞ!!」
強行するロプスは、己が守備隊の為に行ったことを際限なく暴露する。
「セルド様!ロプスは、完全に正気を失っております!!我々には身に覚えが一切ございません。審議の場で噓を垂れ流すだけでなく。我々の守備隊の名誉を汚すような行いをこれ以上看過できません。即刻処断を!!」
醜態を垂れ流すロプスの首を飛ばすべく訴えかけるが、セルドは応じる気配を見せない。
セルドは、この場を利用し守備隊の悪行を暴くつもりなのだ。
アヴァール商会とロプスに周囲の反感が向いているこの場で守備隊を裁けば、不手際に近い人事を行ったグラスダール家に向かう筈の反感の多くをロプスに押し付けることができる。ロプスが声高に守備隊の悪事を晒すほど、守備隊への処分は重くなり内部に根付いた膿を一掃できる。だからこそ動かない。
そんなセルドの意図を察したバルバーは、自らの手を汚す覚悟を決めた。
一部の商家への優遇や街からの抗議の無視だけなら良くある話なので、降格と罰金で事がすんだ。しかし、ロプスが口にしたのは、明らかに癒着を臭わせる言動だ。徹底的な事実確認の後に首を刎ねられる。何しろバルバーは隊長なのだ。一般の兵士とは責任の重さが違う。全てが明るみに出た場合、関わっていた幹部は残らず職を失い酷ければ死ぬことになる。そして、責任者にもたらされるのは間違いなく死である。
ならば残された道はただひとつだ。
全ての醜聞が完全に明らかになる前に、ロプスを殺すしかない。
「身に覚えがないだと!?ふざけるなよ!ワシが一声掛けただけで、被害者が軽く十人以上集まるわ!!大体、貴様らあれだけの器量のいい娘達を手に掛けて、守備隊の権限だけでどうにかなると思ったのか!?ワシが色々と便宜を図っていたから表沙汰にならなかっただけだ!!」
もはや猶予はない。このまま暴露を続けられれば確実に終わる。
バルバーは、ロプスまでの距離と周囲を固める護衛との距離を目測し、十分に勝算があるのを見て取る。地に伏すロプスを押さえつけている護衛は、抑えるのに集中しているので邪魔される心配もない。他の護衛はセルドの周囲を固めているので、無視できる。
彼らが剣を抜く頃には、バルバーは余裕でロプスの息の根を止めていることだろう。
確実に殺せると判断したバルバーは、一気に踏み出し距離をつめた。
「よ、よせっ!や、やめろ!!」
最初に反応したのは、バルバー達の醜聞を撒き散らしていたロプスだった。気付いた彼が叫び声を上げた時には、既にロプスとの距離は目前に迫り剣を振りかぶっていた。
周囲も咄嗟に止めに入ろうとするが間に合わない。
押さえつける兵士の腕を、避けロプスの首元に目掛け寸分違わず剣が振り下ろされる。誰もがロプスの死を想像した。バルバー自身、獲ったと確信できる会心の一振りだった。
それだけに、未だロプスの首が繋がっていることが信じられなかった。
結果から言えば剣は、ロプスに傷ひとつ付けていない。
威力も攻撃箇所も理想的とも言えた一撃は、ロプスの首に届く寸前で止まっていた。正確には、地面に深く突き刺さる剣によって阻まれていた。
誰もが眼前の出来事に呆然となる。
「拘束を!」
どこからともなく上がった声は、護衛達をいち早く正気に戻した。
護衛達は、未だ呆然自失しているバルバーから剣を取り上げ、ロプスと同じ用に拘束された。
周囲が状況を完全に受け止めたのは、二人の兵にバルバーが地面に押さえ付けられ終えた後だった。
ロプスの叫びも止み、全ての音が広場から消え去っていた。
この場に集う人間の数からすれば在り得ない程の異様な沈黙が生まれていた。
沈黙を破ったのはセルドだった。
「見事な働きだった。レーヴェ=ヒルベルト」
第一声はレーヴェへの労いだった。
バルバーの一撃を阻みロプスの命を繋ぎ止めた剣は、レーヴェが投擲したものだった。そして、護衛達にバルバーの拘束を促したのもまたレーヴェだったのだ。
「私自身の為にやったことお褒め頂くことではありません。あの者が死ねば審議が有耶無耶になる恐れがありましたので……」
労いを受けたレーヴェは、気遣いは無用と首を振った。
「そうだな。もう不要と思えるが此度の一件、ここまで事が大きくなってしまったら全てを詳らかにしなければ集った者は納得しないだろう」
審議は再開された。
出港記録を元にした男の証言を元に、レーヴェがベノワであると言うロプスの主張は完全に否定された。二人の獣人と護衛と思われる複数の同行人がいたことで確定的になった。ただの身代わりならば護衛を付ける必要はない。加えて、ベノワが購入した奴隷二人が同行しているので、疑う余地は無くなった。
異議を唱える声は一切無かった。これまでの一連の行いにより、ロプスを助けようとする者は一人として現れなかった。
「裁定の結果を伝える。出港記録や提出された証拠から、レーヴェ=ヒルベルトの主張を真実と認める。虚偽を並べヒルベルトに罪を着せ、財産を奪い取ろうとしたアヴァール商会は取り壊し財産没収とする。代表であるロプス=アヴァールの行いは、悪辣極まりなく。審議の際に、ヒルベルトの死を願ったことからも後悔も反省も見受けられない。情状酌量の余地はなく死罪が相当であると判断する」
ロプスに対し死が宣告される。
言い渡されたロプスは、残っていた全ての気力を失った。
それを一瞥したセルドは、レーヴェに言うべき言葉を向ける。
「本来の規定に照らせばヒルベルトがワイスと行った取引は、不当な物と言える。しかし、代理人とも言える第3者の仲介とワイス自身の承諾があったことを鑑み、取引の成立を認めることとする。ワイスと代理人の二人には、後日確認を取った後。没収したアヴァール商会の資産から追加金を支払う。加えて、残念なことに一部の責任ある者達がアヴァール商会の不正に手を貸していたことが明らかであると考える。此度の商会の悪事と守備隊の不正を暴いた褒章として、ヒルベルトには商会から没収される商品の一部を受け取る権利を与えることとする」
こうして長かった審議は終わりを告げた。
正直に言えば一息付きたかったが、セルドにそれは許されない。まだ、守備隊に対する処罰が残っている。
「守備隊は、与えられた権限を利用しアヴァール商会の不正に手を貸すだけに留まらず、街の人間や旅人に無法な行いを繰り返した。残念ながら多くの者が罪を犯しており失墜した守備隊の信頼の回復は不可能なところまで来ている。よって本日をもって守備隊は解散。新たな街を守る部隊『警備隊』を組織する」
思い切りの良過ぎるセルドの判断に、周囲がざわめくが反発の声は上がらない。
本来ならいきなり組織を潰すと大きな反発が生まれるが、既に内部が腐りきっていると分かった組織が無くなり、新たにその役割を担う組織が作られるのであれば歓迎すべき事態だ。
「厳しい取調べの後、罪を犯さなかった者達は引き続き警備兵として職を与えることを保障する。加えて、不正を行わなかったことを評価し報奨金も用意しよう。次に軽い罪を犯した者は、罰金と鞭打ち二十回を基本とし罪の数に応じて鞭打ちの数を増やすものとする」
罪の無いや軽い者に温情を与えると伝えられると一部の兵達は安堵した。
それだけでなく真面目に取り組んだ者を評価するセルドに好感を抱いた。
その後もセルドの守備隊への処罰は続く。
権限を乱用し女を犯した者は鞭打ち百回と去勢。その上で、相手を死に至らしめた者は十年の強制労働が命じられた。鉱山での過酷な強制労働は、死刑宣告に近い。しかし、罰金や財産没収を含めなかったことで身内への配慮は示したことになる。それに生きている内に、祝いの恩赦がおりれば生きられる可能性もある。
幹部に対しては、鞭打ち三百と去勢。財産没収を行った上で、十年の強制労働が言い渡された。
そして、隊を統括すべき守備隊長と副隊長には、罪の有無を問わず侯爵家の名誉を失墜させたとして鞭打ち五百と晒し首が言い渡された。バルバーに至っては、口封じを図ったことが咎められ、過去に遡り名誉ある騎士として生きた記録の抹消を宣言された。
温情など微塵も感じられない容赦ない処罰だった。
セルドの申し付けた処罰は、後ろ暗い秘密を持つ者達を震え上がらせる結果となった。
全ての処罰を言い渡された後、セルドは今後の調査で不正が明るみに出た場合、同様の処罰をすると広場に集う者達に宣言した。そして同時に、自ら罪を告白し償うのであれば温情を与えるとも付け加えた。
この結果、後日多くの者がセルドの屋敷に集まり自らの罪を告白することになる。
「刑の執行は、これまでどおり月初めに行う。皆、大儀であった」
これが様々な思惑が入り乱れた一連の騒動に終わりを告げた瞬間だった。




