思惑
前回投稿から時間が経ってしまい申し訳ありません。
次は、頑張ります!!
放浪者ローゼリアと商人ロプス視点です。
夜期、十日にも渡り闇が世界を覆い隠す期間である。
この期間に入るということは、町の商いが活性化されることと著しい治安の悪化を意味していた。
その理由は簡単だ。闇の訪れと共に多くの人間が町に滞在する。貴族、商人、放浪者は言うに及ばず、普段は山や海にアジトを構える無法者までもが闇を恐れ町に集結するのだ。
巨額の金が動く変わりに、大量の無法者が町に流れ込むため、盗みを始め、強盗や強姦、殺人に至るまで、ありとあらゆる犯罪が発生し、爆発的なまでに町の危険度が高まる正に闇の期間だ。
商いを行う多くの者が、闇の恵みを受け、一握りの運のない者が闇に呑まれる。
それが夜期の形である。
二日間にも及ぶ家の掃除が終了したローゼリア達は、仕事納めの夕食を取っていた。
テーブルには、注文することすらできなかった豪勢な料理が並べられていた。しかも、井戸水ではなく葡萄酒が注がれた杯付きである。真面目に働いている人間でも滅多にありつけない豪勢さだった。
雇い主であるレーヴェが、夕食代を奮発してくれたのだ。
ローゼリアを始めとし、カイルや取り巻きの全員が料理に舌鼓を打つ。
「ロゼさん、このまま本当に雇われる気ですか?」
「そのつもり」
取り巻きの一人に尋ねられるとロゼは即答した。
するとカイルを含め半分以上が、戸惑いの表情を浮かべた。残りは、ある程度予想していたようで、特に表情をさせることはなかった。
「どうして……、住む場所ならオレ達がなんとかしますよ」
「そうだよ。なんなら昔使ってた倉庫を使えばいい!」
「港周辺は犯罪者だらけだ。ノコノコ戻ったら襲われて終わりさ」
提案に対して、すぐさま冷や水が浴びせられる。
ローゼリアは後から知ったが、カイル達は倉庫の周辺の治安が、悪化し危険なため拠点を移したのだ。悪ぶっている町の不良少年と正真正銘の無法者では、勝負にもならない。カイル達は身を持ってそれを知っている。
そもそもローゼリアがカイル達に慕われているのも、無法者達に囲まれて酷い状態になっていたところを助けたことに起因している。
「けど、このままだと、あの黒頭にロゼさんがコキ使われるぜ……」
「私は構わない」
咀嚼したものを飲み込むとローゼリアは、なんでもないことのように答えた。
断る理由は一切なかった。それに、レーヴェ自身にも少し興味があった。
ローゼリアは、幼少の頃から身を守るすべを学んできた。だから、家を出てからこの町に至るまで自分より強い相手というものに、ほとんど出会ったことがなかった。
実際、単独で十人以上の盗賊を相手に勝ったこともあるし、魔獣と戦った経験もあったが、脅威に感じても勝てないと感じる相手はいなかった。
だからこそ、レーヴェと対峙した時は驚きで目を見張った。
(……なに、……コレ……?)
今でも思い出すと冷や汗が流れる。
ローゼリアが、感じたのは圧倒的な実力の差だった。「勝てる」「勝てない」ではない、「秒殺されるか?」「瞬殺されるか?」のどちらかしかイメージできなかった。
衝撃を通り越して、呆然とした。
正気に戻り考えたことは、ひとつ。「どうやってこの場を治めるか?」だった。
今思い出すと自分でも笑ってしまうくらい素直に、敗北を認めていた。しかも、それを寸分もおかしいと思わなかった。
理由は、分かっている。
(……焦っていた)
レーヴェと対峙していた時の心の動きを思い出し、冷静に思考を巡らせた結果がこれだった。動揺していたとも言っていい。
ぶつかれば叩き潰されるのは、こちらなのだ。その過程に置いて、どんなことが起こるのか予想がつかない。下手をすれば命すら危うい。
だからこそ、誰かが動き出す前に状況を把握する必要があった。今でもこの判断は、最良だったと断言できる。
状況を把握し名乗ることで、レーヴェを話し合いのテーブルへ付かせることに成功したのだ。警戒を緩められた時は心底安堵した。
まともに話しのできる男だったからだ。
不足なく自分の目的を話し、こちらの言葉にも耳を傾けることのできる人物だった。若さを理由に見下されている様子も無かった。紳士的な対応とも言っていい。
「でもロゼさん、定職についたら自由に人探しができないですよ」
「そこは問題ない。元々、宛てなんてないから」
思考の底から引き上げられるとローゼリアは、パンを頬張った。
パサパサして食べにくい上に、味もほとんどないパンだが、スープと一緒に食べると意外と味わい深くなる。家にいた頃は、全く縁がなかった代物だったが、今では当たり前のように毎日口にしている。
ローゼリアのフルネームは、ローゼリア・ラ・エクラ・ヴァイス。グラスダール領に隣接するオルディネール伯爵と愛妾の間に生まれた娘だ。
母親の姓であるヴァイスを名乗っているのは、オルディネールの名を名乗ることを禁止されている訳ではなくローゼリア自身が望んだからだ。オルディネールは、平凡で不器用な男だったが、母親を愛しローゼリアを愛してくれた。領民にも優しい自慢の父だ。
結婚適齢期になり、整った容姿を持つローゼリアの元には縁談が星の数ほど舞い込んで来た。貴族に生まれたからには、望まぬ結婚を迫られることもあると承知していたが、オルディネールは「望まぬ結婚を子にさせてたまるか!」と言って、片っ端から断ってしまった。中には、王族との縁談も含まれていたにも関わらずにだ。
そんな父がローゼリアの夫にと進めて来た人物がいた。
父が、「夫に迎える気があるか?」と尋ねてきたのは、貴族でも王族でもなく。それどころか騎士ですらない人物だった。
驚きだった。そして、同時に興味が湧いた。
頑なに縁談を拒否して来た父が、進める人物がどんな人間なのか?ローゼリアの好奇心は、最大級のモノになった。だから、その人物に会うべく家を出た。
後悔はしていないが失敗だった。今ではそう思う。
何故なら姿形どころか目的の人物の名前すら知らないのだ。ハッキリ言って会えるわけがなかった。思わず自分の馬鹿さ加減を呪いたくなったが、会わずして家に帰ることはできない。
分かっていることはグラスダールとアリスティアの町を頻繁に行き来しているということだけだった。だから、アリスティアを訪れる隊商を中心に聞き込みを行ったが、いずれも空振りだった。一年以上続けた今でも目ぼしい成果は上げられていない。
金の貯えも底を見せ始め、今の生活に限界を感じていた。
だからこそ、レーヴェの提案に飛びついた。
ローゼリアにとって渡りに船だった。住む場所の確保と滞在費が、賄われるだけでなく給金まで貰える。それに、酒場や宿屋の経営であれば情報も入りやすくなるはずだ。宛てもなく時間と金を食いつぶすより、よっぽどマシである。
慕ってくれるカイル達には悪いが、何を言われようとも話しを蹴る気はなかった。
それに、カイル達との関係もそろそろ見直さなければならない時期に来ている。
「私のことはいい。カイル達は、これからどうするの?」
「どうするって……」
「そりゃ、いままで通り……」
ローゼリアの言葉に戸惑うカイル達。
その一部に深刻な表情を浮かべるのが数人いることを見て取った。その殆どが、家が貧しい人間だ。
彼等は、分かっているのだ。今の生活を続けることに限界が来ていることに……。
それを教えるつもりはない。自分で気づかなければ意味がないからだ。気づいたものから一人ずつ世間にとけこみ離れていく。早い遅いの違いがあれど、ひとりが離れれば連鎖的に全員が気づく筈だ。それでいい。
「そう……」
願わくは、すこしでも早く事実に気づき道を改めてくれることだ。
若さの免罪符はいつまでも効かないのだ。どこかで自分で道を改めなければ、いずれは落ちて行くだけだ。
ローゼリアは自分を慕ってくれる弟分達を案じつつ、葡萄酒を一気に飲み干した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「一体、これはどういうことだ!?」
執務室で部下の知らせを聞いたロプス=アヴァールは、怒鳴り声を上げた。顔を真っ赤に染め、顎の肉をプルプルと震わせるほどの怒りがロプスに宿っていた。
何故なら、巨額の金が舞い込むであろう期間にも関わらず顧客からの注文や奴隷市への参加申し込みが三割まで落ち込んでいたのだ。いつもなら夜期に入って二日目の正午には席が埋まるほどなのに、今回は三日目に入っても僅か三分の一程度が埋まるだけだった。この調子では、奴隷市を開いても損失が出る可能性があった。
しかも、町に滞在している貴族に誘いを掛けようとしても門前で追い払われ、知り合いの商人に口利きを頼んでも一向に客が来る様子がない。
全く訳が分からなかった。貴族とも町の商人達ともそれなりに上手くやってきたはずだ。その証拠に、ついこの間までロプスの元には注文が殺到していたのだ。
貴族ですら直接商館を訪れて注文を出していた上に、相手が商人の場合は大商いでない限り部下に対応させていたほどである。
注文が減ったと感じ取れたのは、夜期の初日。商人の間では、夜期での儲けは初日で決まると言われている。実際、ロプスもその通りだと思っているので、必ず初日の注文や集客状況を把握するようにしている。
集客が少なければ貴族に招待したり、他の商人に口利き頼んだりして客の数を確保するのだ。客さえ揃えば売るのは簡単だ。それだけの品を用意している自信があったし、それを売り込む商才がロプスにはあった。だからこそ、アリスティアでも一二を争う商家になれたのだ。
本来なら、門前払いや首を振られる可能性は皆無の筈だ。それこそライバル商家でも侯爵家であっても無視はできないほどだ。
「貴様等、ワシの知らんところで何をしでかした!!」
「わ、我々は何も……」
「ならば何故!?注文が減る!!」
震え上がる部下達に、唾を吐き散らすような怒声を上げるロプス。
ロプスは商人だ。商いの成立には利害関係の他に互いの信用が必要だ。どちらかが崩れたら商いは成立しない。
つまり商いができないということは、商家に対する信用がないということに他ならない。
ロプスは平民との取引はともかく。貴族や商人との取引に関しては、細心の注意を払って来た。上手い汁を吸いつつ、適度に相手にも上手い汁を吸わせてやることで、信用を築き保ってきた。大口の顧客ならば、多少損をしてでも信頼と呼ばれる関係まで構築した。自分の記憶する限り下手を打ったことは一度もないのだ。
そうなると部下が下手を打ったとしか考えられなかった。
「私どもも何故なのか、見当がつかず……」
「だったら早く原因を突き止めろ!!」
更なる怒気が、部屋を満たすとタイミングに合わせたように、ノックが打ち鳴らされる。
「何用だ!?」
「旦那様、アロガン伯爵子息ギヨーム様がお見えです」
内心で舌打ちするロプス。
本来なら待たせるところだが、相手が貴族であればそうもいかない。
「わかった。すぐに行く!!」
扉越しに聞こえる召使い声に、対応するとロプスは再び部下達を睨み付けた。
「今日中に原因を突き止めろ!できなかったら、全員奴隷として売り払ってやる!!」
怯え血の気を失う部下達を一瞥するとロプスは、力任せに扉を閉めた。
執務室には、ロプスの怒りを体現するように、巨大な音が響き渡り、部下達の体を震わせた。
「こちらです」
召使いの案内に従い、客室の扉まで行くとロプスは怒りを内に閉じ込めた。
アロガン伯爵家は、長年の取引を行って来た間柄で苦労の末に信頼を取り付けた貴族だ。欲しいものに対する金払いは良くロプスにとって一番の上客だった。
だからこそ、欠片でも不興を買うことは許されない。何しろ近年では、繋がりのある貴族を紹介して貰っているほどだ。機嫌を損ねれば大口の顧客を根こそぎ失う可能性すらあるのだ。
「ようこそお出で下さりました。ギヨーム様。ロプス=アヴァールでございます」
「久しいな。ロプス」
貴族に対する作法に乗っ取り、礼と共に名乗るロプスに青年が声を掛ける。
ロプスが、顔を上げるとそこには貴公子と言って差し支えないほどの顔立ちをした金髪の青年が立っていた。長い髪を後ろで結い上げ、贅沢なまでに金の刺繍が施された上衣を纏っている。
父親であるアロガン伯爵は、国の中枢に食い込むほどの人物で、王に息子を売り込んでいると聞く。その甲斐あってか最近では王女との結婚が囁かれているほどだ。
次期王位継承者候補に、名を連ねる可能性がある人物。失敗は許されない。
「要件は、分かっているな」
「…………」
ロプスは、ギヨームの問いに頭をフル回転させて過去の取引を思い出していた。芸術品に始まり、魔道具にいたるまで伯爵家に売り込んだモノを反芻した。
どれも一級品、値段も品も落ち度のないモノだ。
「お売りした商品に何か不備でもありましたでしょうか?」
「イヤ、お前から買ったモノには、父上も私も満足している。今日来たのは商品の件ではない。初めは魔具の買い付けを頼む予定だったのだが、いささか事情が変わってな」
ここまでの会話で、ギヨームの言葉に棘が含まれていることをロプスは、敏感に察知した。なぜか分からないが、ロプスは不興を買っている。しかし、何に対して不興を買っているのか分からなければ対処のしようがない。
「……申し訳ありません。このロプスには皆目見当が付きません」
「フム、お前の耳に入っていないとは、いささか驚きだな。商人の情報網といっても大したことないらしい」
(若造が、好き放題いいおって……)
その言葉に内心で腹を立てるが、それをおくびにも出さず礼をする。
「まあいい、では要件を話そう」
ロプスは内心でホッと息をつく。
これで上客を失わずに済む。そうロプスは思った。
「お前の店では、他人の家を勝手に売りに出しているらしいな」
「……なんのことでございましょう?」
本当に心当たりが無かった。土地や物件の販売は、全て権利書を持っているモノのみをリストに載せている。他人の家を権利書も無く勝手に販売なんてことをすれば、信用は底辺まで落ちる。そんな危険なことをする訳がない。
「恍けているのか本当に分からないのか?どちらか知らぬが、大したモノだ。貴族を敵に回すのを何とも思わぬとわな」
「お待ちください!私には、何の事だかサッパリ!!」
「なるほど、では続けて言おう。お前は先月ある貴族に金貨五千枚の取引を持ちかけられたな。先方は、断られたと言っていたが……」
その一言で、ロプスの脳内でパズルが一斉に組み上がった。
確かに、たったひとつだけ該当するモノがあった。権利書を持っていないにも関わらず金貨五千枚の取引に掛けられたモノが……。
もう少しで手に入る手筈になっている一等地の建物だ。部下に多少の散財をしてもいいから、確実に買い付けろと命令を出した代物だ。
取引はモノがなかったために決裂になってしまったモノで、手元にあったなら即取引が成立していたモノだ。
「実は他人の家を売りつけようとしていたことに、ご立腹でな。お前を紹介した我が家に対しても大層怒りを持っておられるようだった」
「それは!思い違いでございます!!」
「ほう違うと?ならば、その家の権利書を見せて貰おうか。権利書が確認できればお前への嫌疑は晴れる。我が家の友人に、私も残念な知らせを届けずに済む」
「……そ、それは……」
見せれる訳がない。何しろ持ってないのだ。
グラスダール領では、偽造や無計画な開発を防ぐためグラスダール侯爵の印とサインが権利書に入れられている。ここアリスティアの管理は、特に厳格化され土地の分割でさえ、グラスダール侯爵の許可が必要なのだ。偽造に関わったモノは、死刑が確定している。
いかに金を持っていようとも侯爵家を敵に回す度胸はなかった。それだけグラスダール侯爵家の力は絶大だった。
別の権利書を見せるのもダメだ。バレた場合、商売どころか命すら危うくなる。それに、目の前の人物は目的のモノを取り違えるほど目は腐っていない。
「ざ、残念ながら、今は手元にございません。ですが、少しお待ち頂ければ用意いたします。日期までお待ち頂ければ必ず」
「待てんな。五日以内に用意しろ。できなければお前は終わりだ」
「わっ、分かりました。五日以内に必ず!」
「……いいだろう。必ず期日までに権利書を用意しろ。誤解も解け、先方も満足するだろう。」
手に入れた権利書は十中八九。ギヨームに安値で買い叩かれるだろう。そして、ギヨームの手から直接、先方に手渡す。これは確定事項とも言っていい。
しかし、今のロプスにはそんなことはどうでもいい。多少の赤字ですらどうでもいい。五日以内に、権利書を用意できなければ恐らく命がないだろう。
ロプスは覚悟を決めた。
どんな手を使ってでも権利書を用意する覚悟を。
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