奪われた権利書
いつもより短めです。
夕刻を迎えた頃、アヴァール邸にて眠りについていたロプスは、守備隊の来訪を受け眠りから覚めていた。
本来なら守備隊など無視してもう一眠りしたかったが、権利書を確保したとの知らせを聞いて飛び起きたのだ。
客室に招かれていたのは、守備隊長であるバルバーの副官に当たる人物だった。
モノがモノだけに下っ端に、届けさせる訳には行かなかったのだろう。
「良く来てくれた。権利書を確保したとのことだが、確かか?」
「情報通り、青海亭に宿泊している放浪者の荷物の中に紛れていた」
ロプスは差し出された封書を切ると権利書の内容を確認した。
紛れも無く件の建物の権利書だった。偽造の形跡も無く本物であることが見て取れた。
真贋がはっきりするとロプスは、ようやく噂の火消しを行うことができると安堵した。これで、離れつつある客との関係を改善できるので、喜びもひとしおだ。
今回ばかりは、守備隊の存在に感謝した。
「商隊から盗まれた物に相違ないようだ。迅速な対応感謝す。」
「『同じような要請があれば、また応じる』とバルバー隊長から言付けである」
「今回のような件は、もうないと願いたいがその時は頼らせて貰おう」
丁寧に封をし直し、権利書を懐にしまうロプス。
「それで、こちらから頼んでいた人探しの件について、何か進展は?」
「お前達が探している人物だが、残念だがもう街にはおらん。あきらめた方がいいだろう」
「仔細を伺ってもよろしいか」
「入った報せによると今朝の船で、街を出たらしい。出港者の記録を確認させたから、まず間違いないだろう。お前達からの情報の中にあった黒髪の獣人二名についても確認済みだ」
「承知した。協力を感謝する」
男は少し顔を顰めるが、直ぐに取り繕いロプスに礼の言葉を述べた。
「賊の拘束は、どうなっている?」
「宿と周辺を見晴らせているが、捕縛の報告は入っていない。手配書を回す予定なので、捕まるのは時間の問題だろう」
「盗みを働いた賊には、相応の報いを受けさせなければ商会の沽券に関わる。見つけ次第、即刻処断を頼む」
ロプスとしては、拘束されて取り調べをされると非常に都合が悪い。
取調べの際に出る情報はいずれもロプスにとって不利益をもたらす筈だ。間違っても利益に繋がることはない。それなら妙なことを喋る前に、殺して口封じするのが一番だ。
「承知した」
意図を察した男は、考える素振りすら見せずに承諾の意を表した。
即決で首を立てに振った男に気を良くしたロプスは、男の手を取り金貨を数枚握らせた。
掌に金貨の感触を受けた男は、金貨を握り込みあからさまに頬を緩める。何しろこの金は、全て男の物になるからだ。
ロプスの狡猾な点は、上の人間を押さえただけで安心せず。下の人間も押さえ、組織内の協力者をこうして増やすことにある。金を掴まされた相手は、次を期待して意図的にロプスにとって都合の良い対応を取りやすくなるのだ。
「今回は、本当に助かった。宜しく頼む」
男は首肯を返し、客間を後にした。
残されたロプスは、直ぐに部下を呼び出し店頭に権利書を飾るように指示を出した。後は、道行く客に喧伝すれば噂の火は消え、不審の芽は摘まれるだろう。
後は、ギヨームに権利書の件を伝え、賊が処理されれば落着である。
「あの若造に権利書を渡すのは、癪だが背に腹は変えられんか」
権利書を手に入れた今だからこそ思うのだが、ギヨームに無料同然の値段で売り渡すのが惜しいかった。
商会を守る代償としては、払った犠牲は少なくすんだので文句はないが面白くない。
いつもなら夜期に入る度に、収支の結果が楽しみだったが、今回は目を通すのも億劫だ。
奴隷市で失った獣人二人に、守備隊への寄付金。加えて、急遽動かした部下の穴を生めるための臨時の雇い。更には、ようやく入手した権利書を捨て値で手放さなければならない。
せめて、権利書を相応の値段で売却できれば収支は黒字で終えれたのだが、今となっては叶わぬ夢である。
ロプスとしては、一刻も早く陽の光を拝みたい気分だった。
(しかし、これだけ散財したのに、最も不運なのはワシではないのが傑作だな)
権利書を奪われた上に、大切な命までも失う放浪者がいる。
不運が重なりすぎて散々な目にあったロプスだが、それでも自分より不運な人間がいることを哂った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時を同じくして、サビオ邸にて今後の動きを相談していたレーヴェ達の元に、青海亭からの知らせが届いていた。
動きがあった場合に備えて、ミラノに連絡のための人員を送り出して貰った矢先の事だった。送り出したと思った連絡員の一人が、青海亭の主人を伴って帰って来たのだ。
何事かと思ってレーヴェを初めとした面々が応対すると青海亭の主人が、涙ながらにレーヴェに土下座をした。
「申し訳ありません!お預かりした貴重品を、守備隊に回収されてしまいました!」
震える声で謝罪をする青海亭の主人に、レーヴェは困惑していた。
何故ならレーヴェは、守備隊によって権利書が奪われることを想定し、そのことを青海亭の主人に伝えていたからだ。
むしろ意図的に回収させることで、ロプスの息の根を止めようと考えていた。
「俺が貴方にお願いしていたのは、貴重品を預かることだけだ。守備隊に回収されても責は問わないと言い含めたと記憶している」
「お預かりした以上、それを守るのは当然のことです。本当に、お詫びもしようもございません!」
謝罪を繰り返す主人に、レーヴェは頭を抱えた。
レーヴェからして見れば迷惑を掛けた事を謝らなければならない事態なのに、逆に謝罪を受ける側になってしまっている。
理屈は分かる。宿側としては、預かった物を失ったと責任を感じているのだろう。
しかし、それはレーヴェ自身がそうなるように誘導した結果であり、宿側にはなんの責任もない。
事情を知るミラノやローゼリアから言わせれば、「レーヴェが悪い」だ。
二人からの非難が視線となって、レーヴェに降り注ぐ。
「事情を説明するから、ひとまず顔を上げてくれ」
平謝りを繰り返す青海亭の主人をなんとか宥め、事情の説明するのだった。




