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アリスティア朝食会

大変長らくお待たせしました。

仕事が落ち着いてきたので、執筆をいたします。

「おいしい」


 歴史に舞台として残る朝食会。その記念すべき第一声は、ローゼリアのこの一言だった。

 口の中に広がる味に口を綻ばせたローゼリアは、スープの味にいたく感動したらしく次々にスープを口に運んでいく。


「本当に好きなのですね。スープは料理人に味の研究をさせたのだけど、家族と使用人を喜ばすしか使い道が無くて……。気に入ってくれたのであれば嬉しいわ。」

「とても気に入った。おかわりしてもいい?」

「ええ、もちろん。たくさん用意してあるから好きなだけ食べて行って」

「ミラノ様、それは危険です。ロゼ、三杯までだ」


 笑顔で質問に答えるミラノを窘め、すかさず3杯の制限を掛けるレーヴェ。

 こうでもしないと、屋敷の使用人たちが口にする筈の分まで腹の中に収めてしまうだろう。実際、ローゼリアは鍋に控えているスープを残らずお腹に納めるつもりだった。


「ん、おかわり三杯で我慢する」

「今、口にしているスープも含めて三杯だ」

「……そんなバカな……」


 畳み掛けるように繰り出された言葉に、ローゼリアは驚愕の表情を浮かべる。


「フフッ、ヒルベルト殿は、恋人に厳しい御方のようですね。私と意見が合いそうで嬉しいです」

「アレと一緒にされるのは不本意だな。お前のは、常軌を逸している。にしても美しい婚約者だな。ボクは男として少なからず貴公が妬ましいぞ」


 セルドは突っ込みを入れながら恨み節をレーヴェにぶつける。


「恐れ入ります。ただ、彼女は少し食べ過ぎることがありまして、今後もこの調子で食べ続けたら10年後には、折角の美貌が陰るのではないかと今から心配です。連れ合いとしては、いつまでも美しくいて欲しいと思っています」

「私は太ったりしない」

「今の食生活を続けてたら間違いなく太るぞ」

「私は太らない」


 指摘に対し不貞腐れるローゼリアだったが、口に物を運ぶ速度が目に見えて遅くなっていた。

 言動とは正反対の動きをするローゼリアの仕草が面白く、周りから失笑が漏れる。

 ローゼリアは、全員の視線が自らに向けられたことで気まずくなり、遂には食事の手を止めてそっぽ向いてしまう。


「いいではありませんか。少しふくよかな女性と言うのも愛嬌があって良い物ですよ」

「私は、ずっとこの体型のままがいい」


 笑いを漏らしつつミラノがある種の助け船を出したが、ローゼリア自身に真っ向から駆逐されてしまった。


「まあ、体力のある旦那様と一緒になればそれも無用な心配かと。きっと良い運動ができると思いますよ」

「お前は女として恥じらいを持ったらどうだ。何故、その方向に走る」


 男女の夜の営みに話を変化させたアリアに、セルドが非難の目を向ける。

 その行動を目にしたレーヴェは、セルドの評価を1段上に上げる。逆に、アリアの評価が2段階ほど下方修正される。


「ああ、ちなみにセルド様が結婚した暁には寝食を惜しんで励んで頂きますので、激痩せ間違いなしでございます。ちなみに、当てるまで続ける予定なので今からご覚悟を」


 絞り尽くされてベットで果てる自分の姿がセルドの脳裏に浮かぶ。


「何故お前が決める!」

「え?だって、ご相手はアリア・ソラ嬢ですから。女性の希望を叶えることこそ男のあるべき姿かと」

「ボクは、お前の家に婿入りするつもりはない!」

「ちっ、諦めの悪い豚ですね……」

「いまの舌打ちは、なんだ!!」


 舌打ちをし、ぼそりと呟くアリアにセルドが噛みつく。


「まあまあ、セルド様。アリア様の気持ちにどうこたえるかは、セルド様のお気持ち次第です。むきにならず落ち着いて判断されれば、望まぬ方に話が進むことはありませんよ」

「む、ミラノは良いことを言う。そうだその通りだ」

「では、落ち着いたところで本題に入りましょう。手は動かしたままで構いませんので、耳だけ傾けて下さい」


 その言葉に従い、全員の注意がミラノへと向けられる。

 場に居る全員の注意が、自分に向けれることを確認するとミラノは再び口を開いた。


「私が、この場に皆様をお呼びしたのは協定を結びたいと考えたからです」


 協定と言う言葉に、全員が沈黙する。

 レーヴェとセルドは、ここに三者が集められた意味はある程度察していた。それが、ある種の協力関係を取ることであることも分かっていた。

 ただ、協定と言うにはあまりにも先を急ぎ過ぎている。セルドとレーヴェの間に、信頼と言うものは存在しないからだ。

 協定には、互いに誓約を守ると言う信頼が必要となる。今、この場で会ったばかりの二人の間に信頼関係が存在する訳がない。

 この場で、条件を満たしている可能性があるのは仲介役をしたミラノだけだ。


「随分と先走ったな。祖父の代より懇意にしているサビオ商会との協定なら兎も角。名前しか知らぬ放浪者と協定と結べるはずがないだろう。凄腕の放浪者がボクに手を貸してくれると言うから、ここに来たんだぞ」

「こちらもです。付き合いを持つサビオ商会との協定ならいざ知らず。領主の血縁者といきなり協定を結べと言われて、首を縦に触れる訳がない」


 眉を顰める二人に、全てが予想通りと言うような笑みを向けるミラノ。


「互い不足を補うために、手を取り合う。理想的な関係だと思いますよ。セルド様が持つ物は、侯爵様から与えられた街の統帥権。しかし、手勢と言えるのはアリア様とわずかな従者と少数の護衛のみ。利権に群がる者達を相手にするには、難しい状態です。対してヒルベルト様は、当商会や貴族を相手に数々の依頼を(こな)し、一部からは勧誘が掛かる程の実力者。しかし、街での活動は少ない上に、アヴァール商会から追われる身。双方が手を組めば迫る苦境を跳ね返すことも可能でしょう」

「ミラノ様のお考えは分かりました。サビオ商会の才媛にここまで言わせるのです。ヒルベルト様の実力も相当なものでしょう。しかし、協定の前提となる信頼関係が我々の間に存在しません。ご意見はもっともですが、難しいと言わざるを得ません」


 渋い表情を浮かべるレーヴェとセルドのかわりに、アリアは二人の心の内を代弁する。

 これが一時的な協力であるのであれば首を縦に振ることは難しくない。どちらも迷わず歩み寄りを見せるだろう。なにしろ互いに欲しいモノを持っているのだ。

 ミラノもそれは承知している筈だ。それにも関わらず、この場で協定を結ばせようとする意図が見えなかった。


 狙いは分かる。

 この場に集った三者が手を結べば、街で起こっている問題を解決するだけでなく。多大な利益を全員にもたらすことも夢ではない。特に統帥権を与えられたセルドとの良好な関係は、喉から手が出るほど欲しいだろう。

 しかし、それなら豊富な資金を使ってセルドに恩を売ればいいのだ。ただの放浪者でしかないレーヴェを織り交ぜる必要がない。

 そこに、ミラノの見えない意図が隠されている。セルドとレーヴェは、それを確信していた。だからこそ気持ちが悪い。あると分かっている筈なのに見えない。

 二人の思考は、疑念で一杯になっていた。


「懸念は、我がサビオ商会が負責を支払うことで払拭いたしましょう。セルド様には、街の開発に必要な物資や人員を提供、各商人への根回しも仲介いたしましょう。ヒルベルト様には、無償融資を約束いたします。返済期限は、相談させて頂きますが無利子で構いません」


 紡ぎ出された回答に、二人は驚愕を通り越して呆れた。

 この提案は、手を組めばサビオ商会が見返りを用意してやると言っているのだ。もっと直接的に言うと「お前らが必要としている物は用意してやるから、さっさと手を組め!」と言っているのだ。


 つまりミラノは、初めから話し合いをするつもりなど無かったのだ。

 初めらから豊富な資金を武器に首を縦に振らせ、自らが思い描く場所に、セルドとレーヴェを押し込むつもりだったのだ。

 にっこりと両者に微笑むミラノだったが、笑みを向けられた側は血の気が引く思いがした。「さあ、互いに手を取れ」と無言の威圧が両者に降りかかっていた。


「……それだけの見返りを用意できるなら構わないが……。ヒルベルト、お前はどうだ?」

「……異存はありませんが、我々に旨味があり過ぎるぎて気持ち悪いですね。サビオ商会に何の旨味が?」


 驚きを引きずりつつも持ち直したセルドの言葉に、レーヴェが正直に答える。

 このまま協定を結べば、ミラノの意図は分からないままだ。

 白旗を上げることになるが、知らないよりはマシと考え自分に折り合いをつけた。


「そうだな。放浪者でしかないヒルベルトを絡める理由を知りたい。商会にどんな旨味がある?」


 レーヴェの思惑に、セルドも乗った。

 何しろ先ほどから頭を悩ませている原因なのだ。協定が成立した後でも、きっと頭を悩まし続けることになる。回避できる手段が、目の前にぶら下がっているのであれば、飛びつくのが人間だ。


「一番の狙いは、アヴァール商会の排除とそれによって生まれる利益。ヒルベルト様は、かの商会を潰すために必要な物をお持ちです」

「ほう……、言うからには首を飛ばす可能性があるほどの物なのだろうな」

「かの商会が、商品として売り出している土地の権利書です」


 回答を求めるセルドの視線に応え、レーヴェは手札を明かす。下手に隠して不興を買うことだけは避けたかった。


「なるほど、有効な手札かもしれん。でも、それだけではないだろう?態々、ボクに渡りを付けさせる理由はなんだ?」

「我が商会と同様に、ヒルベルト様の将来性を買って欲しかったのです」

「将来性?随分、あいまいな表現が出てきたな」


 不機嫌を隠そうともせずセルドは、鼻で笑った。

 耳に届いた言の葉は、セルドを白けさせるには十分だった。

 サビオ商会からの紹介ということもあり実力の面では疑いを持っていないが、一介の放浪者でしかない人間に将来性を見いだせる訳がない。名声や血筋、地位などの要素が付随して初めて感じ取れるモノだ。人柄や実力だけが備わっている人間などセルドの周りには、吐いて捨てるほど存在するのだ。

 どうやらセルドは、ミラノを買い被り過ぎていたようだ。懇意にしていたサビオ商会との関係も見直さなければならない。


「かの有名な『黒獅子部隊』の出身者と言ったらどうでしょうか?」


 心情を察するように言葉を重ねるミラノ。


「リグーリア戦役、エルブリジッドに勝利を齎したと言われる『黒獅子部隊』のことか?謎の部隊と聞いているが……」


 「黒獅子部隊」は、二つの大国と周辺諸国を巻き込んで発生したリグーリア戦役を語るに置いて欠かすことができない。

 リグーリア戦役の中期から存在が囁かれ、後期には至るところで存在が確認され各国の部隊に多大な損害をもたらした。劣勢を強いられたエルブリジットを救い勝利に導いたとされている謎の部隊だ。

 数々の戦果を残しているが、戦役中は黒獅子の紋章を掲げた部隊であるという事しか分からなかった。三年前の戦争終結後、エルブリジットの女王が公した。

 かの部隊の構成員は、特殊な訓練を施された最精鋭と言われており戦力評価では黒獅子一人当たり騎士十人として評価され、それでも過小評価と言われる程の化け物部隊である。


「ボクの気を引くために、嘘を言ってる訳ではないだろうな。」

「商会の独自の調べによる結果です。確度の高い情報になります」

「ヒルベルトから聞いた訳ではないのか?」

「ヒルベルト様からは、一切の情報を頂いていません」

「………」


 セルドは、口を閉ざし深く唸った。

 自己申告によるものかと思っていたが、セルドの予想に反して独自の調べによるものだったらしい。

 もし本当にレーヴェが、黒獅子部隊の一員だったとなればセルドは手を取るにたる存在であると認めることがきる。表だって使う事はできなくとも、その事実を仄めかすだけでも十分な利点となり得る。それだけ「黒獅子」の名は、畏怖されているのだ。


 周囲の目がレーヴェに注がれる。


「否定も肯定もするつもりはありませんよ。逆に、その結論に至った理由を知りたいですね。」


 肩を竦め、無回答の意志を露にする。


「そうだな。ヒルベルトを紹介し協定を提案しているのはミラノだ。お前の口から聞きたい。当然、黒獅子とヒルベルトを結びつけるに足る情報を持っているだろう?」

「もちろんです。まずはこちらを」


 それぞれの返しを予期していたようにミラノは、予め用意してあった羊皮紙をセルドに差し出した。

 差し出された羊皮紙を開くと、其処には日付と地名が箇条書きにされている。


「……これは、確認記録か?」

「はい、私が得ることができたヒルベルト様の記録です」

「一番古い記録は、三年前の王都エルブリジット。それから一月ごとに所在地が表記されてますね。ここまで調べられているとは少々驚きです」


 後ろから資料を確認したアリアが驚きを口にする。

 本来なら許されない行為だが、セルドはまるで気にした様子を見せない。


「我が商会が注目したのは、そこまでしか記録を辿れないという点です」

「どういうことだ?」

「言葉通りの意味です。どれだけ調べてもそれ以前の記録が出てこないのです。唯一、得られた情報は、一番古い記録から六年前に、当時十四歳のヒルベルト様が軍に入ったという事だけです。空白期間の活動記録は、一切不明です。目撃情報はありますが、確度に劣り判断材料にはなり得ませんでした」


 ミラノ以外の全員が、サビオ商会の情報網の凄さに恐ろしさを感じた。

 ただの放浪者の経歴をここまで詳細に押さえる情報力は、商会の枠に収まらない。恐らく、その情報収集能力は、地方貴族など歯牙にも掛けないだろう。


「九年前というと、戦役が始まる前だな」

「はい、奇妙なことに騎士団に入ってからの情報が全くと言っていい程ありません。新人に宛がわれるはずの街の治安維持活動にも参加していないことも確認済みです。ヒルベルト様が軍に所属していた事は、確定的であるにも関わらず何をしていたのかが、一切分からない。はっきり言えば異常です。どんな人物であれ探れば何かしらの情報が出てくるモノです。探れないとのであれば、意図的に秘匿された存在」

「それで黒獅子部隊か……。軍に入った時期が、かの部隊結成が噂される時期に一致し、存在が公にされたタイミングで降って湧いた凄腕の放浪者、結び付けるなと言う方が難しいな」


 説明を引き継ぎ見解へと導いたセルドは、レーヴェの反応を伺うべく視線を向けた。

 今の説明の間も無表情を保ち、心情を察することをさせなかった放浪者。

 貴族世界に浸かってきたセルドでも、ここまで見事に腹の内を隠すことのできる人物は、片手に数える程しか知らない。


(言われてみれば確かに、その辺の放浪者とは一線を隔している)


 ひょっとしたらこれは、非常に買いかもしれない。

 セルドの脳裏に、そんな思いが宿った。

 使える手駒が少ないこの状況で、強力な駒が手に入るのであれば、協定と言うのも選択肢としては十分生きの範囲だ。しかもこの協定には、サビオ商会からの支援が保障としてついてくるのだから、否定する要素が皆無に等しい。何しろ、ここに足を運んだのは、正にサビオ商会に資材と人員の提供を要請する為だったからだ。


「いいだろう。協定を結ブッ!?」


 承諾する旨を伝えようとしたセルドの顔面に、アリアの裏拳が叩き込まれる。

 思わぬ不意打ちに、涙目になって怒りの視線をアリアに向ける。


「お、お前……、今日と言う今日は、ボクも我慢の限界だぞ!!」

「セルド様のことを思えばこそでございます。今のままでは、セルド様は不利益を被る恐れがございます」

「……どうしてだ?」


 怒りを宿しながらも、セルドは言い分を聞くことにした。

 もし、つまらない言い訳をするようなことがあれば、容赦なく仕置きをする。セルドは、そう心に決めた。


「ミラノ様より情報を頂きましたが、我々はヒルベルト様の実力を知りません。もし仮に、ヒルベルト様の実力が想定を下回る物であれば、莫大な負責を背負うことになりかねません」

「…………」


 レーヴェに高圧的な視線を送るアリアの真剣な眼差しを見て、セルドは己の浅慮を恥じた。

 確かに、セルドはレーヴェの印象とサビオ商会からの情報だけで、話を進めようとしている。凄腕と称されてはいるが、それがどれ程のモノなのかを目にしていない。

 そこに都合の悪い事実が隠されているかもしれない。可能性としては薄いが、ミラノが大きな話を持ちかけて来たのも、こちらの思考を乱す為と考えることもできる。


「……ヒルベルト、協定を結ぶに当たってお前の実力を見せて欲しい。お前の実力が僕の目に叶うものであれば、ミラノの提案通り協定を結ぼう」

「構いませんが、相手はどなたが?」

「相手は、ボクの専属騎士『アリア=ソラ』がする」


 承諾するレーヴェに、セルドが対戦相手の名を告げる。


「よろしくお願いいたします。」


 流れるような美しい礼を行ったアリアの眼光には、隠しきれないほどの闘志が漲っていた。

ヒロインが完全に蚊帳の外。何とかせねば・・・・・・。

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