告白
進行が、遅すぎる・・・。完結できるかどうか些か心配になって来ました。
「見事な建物ですね」
店の全容を視界に捉えたレクティは、感嘆の声を上げた。
大通りに立ち並ぶ二階建ての店と同じ物を想像していただけあり、驚きも一際大きかった。敷地の広さも他の店の三倍近くあり、造りも他と比べて趣がある。
二十代の男が持つには、早すぎる物件だ。
ヴィテスも建物の大きさに目を見開いている。
「この辺りで一番大きいのではないか?」
「かもしれませんね。見た限り周囲に四階建ては無さそうですし。どうやって手に入れたのか少し興味が湧いてきました」
驚きと共に素直な感想を漏らす二人。
「正面は、閉まってる。裏口はこっち」
「承知した」
ローゼリアの誘導に従い歩みを進めるヴィテスの後を追い、レクティも歩き出す。
見上げるように店を眺めた後、後方に目を向けると明かりに照らされた港町が、一望できた。
「いい場所ですね。仮住まいとは言え、ここに居を設けることが出来るのは行幸です。そうは思いませんか?兄上」
「利便性を考えるのであれば不便に思う。希望を言うのであれば、もう少し中心に近い方が良いな。周辺を警戒しやすいと言う意味では、最適な建物だ」
実務面でしか物を見ていない己の兄の言動に、レクティは呆れた。
「兄上は、もう少し風情と言うものを知るべきですね。それでは、女性が寄り付きませんよ」
「そういうものか?」
「そういうものです。例えば、周囲に建物があり全く日が当たらない家と周囲が開け、日の光が沢山入る家。兄上ならどちらの家を選びます?」
レクティの問いかけを聞いてヴィテスは思案する。
結論として出た答えは、分からないだった。ヴィテスとしては、夜露が凌げ暖を取ることが出来れば家として十分なのだ。日が当たる当たらないに、どのような違いがあるのかが全く分からない。
洗濯に不便とも考えたが、火石を使って乾かせば良いので日が当たらなくても全く問題ない。暖を取る上でもそれは同じだ。
となると別の面が要因だと考えられる。
レクティが求めているのは、女から見た視点なので家事を切り盛りする上で、最適な環境を選んだ方が、解としては適当であると言える。
ならば、答はひとつだ。
「前者か?」
考えた末、導き出した答えがそれだった。
「今の話を聞いてどうしてそう言う答えになるのか。教えて頂けます?」
「日が当たると食料の劣化が早い。日が当たらない冷えた場所の方が保存には適切だろう。」
家事の代名詞と言えば、料理だ。古来より女の役目として疑いようのない物である。であるならば、少しでも食材が長持ちする環境こそ女に好まれる筈だ。
「兄上の思考が、どこまでも常識から外れていることを今更ながら認識しました。」
己の解答に自信を覗かせるヴィテスに、レクティは呆れ果てた。
兄を夫として迎える女性は、一生苦労することになるだろう。まだ見ぬ義姉に、かすかな同情の念を抱く。
(それを目安に考えると、主様は女性にとって好ましい方なのかもしれませんね)
己の兄の不出来を嘆きつつ、レクティは前を歩くローゼリアに目を向ける。
面白半分だったが、改めて考えてみると悪くない手に思える。特に男絡みの問題を鎮静化させる為には、避けては通れない道だろう。
ただ、それにレーヴェが乗るかどうかが分からない。まだ出会ってから一日も経っていないのだ。レーヴェの人となりを把握するには、短過ぎる。
ローゼリアをうまく丸め込んで婚約を提案させる所まで来たが、レーヴェの説得が出来るかは未知数だ。勢いだけで押せば必ず失敗する。それだけは、察しがついた。
(どうにかして、折れさせる方法はないものでしょうか)
物思いに耽け、視線を彷徨わせるレクティだったが、考えが纏まらない。
「入って」
呼びかける言葉によってレクティの思考は中断された。考え事をしている内に、裏口に到着していたようだ。
視線の先には、レクティの立ち入りを待つローゼリアとヴィテスの姿がある。更に、その先には、光のない暗い廊下が続いている。
暗くて見え難いが壁や床が非常に丁寧な造りで、外見だけの建物ではないことを理解した。
「あっ」
閃きと共に、ポンと手を打った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一階のカウンターで、三人の帰りを待っていたレーヴェは、僅かに空気の流れが変わったことを感じ取ると、空気の流れる方へ顔を向けた。
裏口に続く廊下の方からは、複数人の気配が感じとれる。放浪者二人は、先ほど出て行ったばかりなので、買い物を済ませたローゼリア達だろう。
「戻って来たか」
置かれた時計に目を向けると既に別れてから二刻程経過していた。
身の回りの物だけでなく食料の買い出しを含めてなので、手軽に済むとは思っていなかった。しかし、大量の荷物を抱えての移動を加味しても、時を掛け過ぎのように思えた。
「おかえり」
廊下からローゼリア達が姿を現すとレーヴェは迎えの挨拶を口にした。
「ただいま」
「お待たせいたしました」
ローゼリアとレクティが言葉を返し、ヴィテスが荷物を抱えたまま黙礼する。
予想に反して、三人が買って来た荷物はそれほど多く無かった。一人で持つことを考えれば大量と言って差し支えない量だが、生活に必要な物を一式揃えて来たことを思うと随分と小振りである。予定では、それに加えて食料も混ざっている筈である。
「随分、荷物が少ないな。食料は、買わなかったのか?」
「しっかり買って来た」
「買い物を切り上げたのか?」
時を掛け過ぎるのは問題だが、必要な買い物をして来なかったのであれば、もっと問題だ。求められたことができないのであれば、三人の評価を切り下げなければならない。
レーヴェの問いかけに対し、ローゼリアは首を横に振る。
「全部済ませた」
「着換え三着に下着類を相当数。最低限の武器と防具。それと新鮮な食材を少し。最低限の保存食はあるとのことだったので控えめにしました」
「それで、その量か」
補足説明から考えると本当に必要最低限の物しか買わなかったらしい。武器や防具も揃えたようなので、今のところレーヴェの要求の上を行っているようだ。
「武器を見せてくれ」
「どうぞ」
武器を買えと言った覚えは無いが、買って来たのであれば確認させて貰う。
二人が強いことは見抜いていたが、武器の質を見定める目を持っているかは判断が付かない。実際に選んで来た物から、その辺りを判断するしか方法は無い。
受け取った剣を鞘から抜くとレーヴェは、余りの質の酷さに顔を顰めた。本気で選んだ結果だとしたら節穴もいい所だ。それほどまでに酷い出来だった。
「予想通りの反応。痛み入ります」
クスクスと笑うレクティの反応を見て、レーヴェはホッとした。どうやら彼女は、買って来た武器が粗悪品であることを自覚していたらしい。
「その反応からすると、分かってるみたいだな」
「もちろんです。店に行って武器を見た時は、お粗末過ぎて泣きたくなりました。まともだったのは、この短剣だけです」
差し出された短剣を受け取り、確認する。言葉通り短剣の方は、それなりに使えそうだった。
「これで幾らだ?」
「銀貨一枚と銅貨五枚です。剣の方が、銀貨二枚」
「店の人間の良識を疑う値段だな」
レーヴェは思わず溜め息を付きた。
短剣の方は適当な値段と言えるが、剣の方はぼったくりだ。銀貨二枚どころか銀貨一枚でも買うか悩むほどの質なのだ。レーヴェなら価格を聞いた瞬間に店を出る。
「それでもまともな方」
「冗談で言っているとしか思えんな」
「事実」
その言葉に、ガックリと項垂れるレーヴェ。
どうやらこの街の武器事情は、想像を遥かに下回っているらしい。
「主は、この街で武器を買ったことは無いのか?」
「街どころか、この国で買ったことが無いな」
今の武器は、軍属時代に手に入れた物をそのまま使用している。長年使用しているが、手入れを怠らなければ十分現役で使える代物だ。
短刀の類もこの国に来る前に揃えた物を使っているので、この国で武器を買ったことがない。
「武器の方は、その内なんとかする必要がありそうだな。二人とも買い替えで凌ぐつもりか?」
「当面は、そのつもりだ」
対処法としては適切だが、金銭面でかなりの負担になりそうだ。レーヴェなら納得の行く物を探す。だが、人の判断に文句を付ける気はないので、この件は終わりにする。
「それより部屋に明かりを入れませんか」
既にあった水晶灯とローゼリアの所持する水晶灯の二つがあるとしても広いフロアを照らすには、圧倒的に光量が足りない。
「一階で明かりをつけるのは避けたい。上に移動しよう」
「徹底してますね」
三人を先導して階段を上り始めると、レクティが興味深げに声を掛けて来た。
「相手は商人だが、敵が居る身で油断する気はないさ」
「張りっ放しでは、いつか糸が切れますよ」
「そうなる前に、この案件を終わらせるさ。片付けば店を開業できる。それを楽しみにして、なんとか乗り切るつもりだ」
自然なやり取りの筈なのに、短い言葉の中に意味が含まれている。
前を歩く二人にローゼリアは、感心した。
レクティは主を推し量ろうとし、レーヴェは意図を読み取り不足なく応える。陰湿な感じはしないが、まるで貴族同士の腹の探り合いだ。
「今後の方針も既に?」
「明日の船で街を出て貰う。護衛付きでな」
「目眩ましですか。抜け目がありませんね」
「話しが早いな。この街の守備隊は馬鹿が多いからな。面倒事が起きる前に、手を打って置きたい」
呼吸をするような感覚で、言葉の応酬を続ける二人を興味深く観察するローゼリア。
ひょっとしたら自分は、とんでもない人物達と一緒にいるのではないか?そんな気さえして来た。
「街を離れるのは、私達三人ですか?」
「ローゼリアには残って貰う」
「となると渡るのは私と兄上だけですか。そのまま逃げるかもしれませんよ。」
「困らんから好きにしろ」
無料同然で手に入れた従者なのだ。別に逃げられても困りはしない。渡した分の金、銀貨三枚分の損失が生じるがレーヴェからすれば微々たるモノだ。ロプスや守備隊の注意を引く為の金と考えれば、御釣りがくる。
「従者としては、もう少し執着を見せて頂けると嬉しいです」
「会って半日程度の人間に、何を期待してる。優秀なのは認めるが、仕える意思のない奴を傍に置く気はない。出て行きたいなら好きにしろ。苦も無く奴隷の身分から解放されるぞ」
「面白そうですが辞めて置きます。主様の傍に居ると楽しい催しがありそうですから。それに、その口から『行かないでくれ。』と私たちに縋る姿が見たくなりました」
「レティ、それは思っても口にする言葉ではないぞ」
笑みを漏らすレクティを、ヴィテスが窘める。
「主様への親愛の情です。口にしないのは却って主様に、失礼にあたります」
「今の言葉のどこに『親愛』が詰まっているのか分からんが、言葉通りに受け取って置く」
こんな人物達相手に、自分はやっていけるのだろうか?ローゼリアは、不安になった。
それだけでなく。これから自分が提案する事案が、身の丈に合っていないような気さえした。身分と言う意味では、圧倒的に勝っている筈なのに、何故か立場的に劣勢に立たされている気がしてならなかった。
三階の部屋に入ると明るい光が、四人を迎えた。
暖炉に火が入った室内は、非常に温かく。張りつめていた緊張が、解れるような心地良さがあった。ローゼリアの不安も和らぎ、今なら気圧される事無く提案できる気がした。
不要となった外套を脱ぎ、懐から小箱を取り出す。
レクティに目配せすると首を縦に振ったので、意を決してレーヴェの前に立つ。
たったそれだけの動作なのに、体が思うように動かず。少しぎこちない動作となった。
「どうした?」
前触れもなく己の目の前に立つローゼリアに、レーヴェは首を傾げた。
肩に力が入り、小箱を持つ腕も震えている。見ただけで、ローゼリアが極度に緊張していることが分かった。俯いていて表情を、見て取ることはできないが耳まで真っ赤にしており、何か言い出し難いことを口にしようとしている事だけは見て取れた。
(震えが止まらない)
ローゼリアは、手の震えを止めようと必死だった。
心はしっかりしているのに、身体が言う事を聞かない。震えを抑えようと力を入れても一向に収まる気配が無い。
(止まって)
レーヴェが目の前に居るのだ。それどころからレクティ達も自分を見ている。無様を晒す訳にはいかない。状況判断をすればするほど、焦りが生まれ体が熱くなる。
黙ったまま震える続けるローゼリアを前にしたレーヴェは、流石に心配になった。冷たい外気に触れ過ぎたせいで、体調を崩したのではないかと思った。言い出せないのは、人に頼ることに慣れていないせいだろうと。
腰を僅かに落としローゼリアと視線を合わせる。目に見えてローゼリアの瞳に動揺の色が浮かぶ。
「体調を崩したなら、正直に話してくれ。無理される方が困る」
「違う!どこも悪くない!」
弾かれたように否定するローゼリアの勢いに押され、思わず身を引くレーヴェ。
違うと言うならなんなのだろう?レーヴェには、全く想像できなかった。
「これを身に付けて欲しい」
言葉と共に、勢いよく小箱が押し出される。
「身に付ける?別に構わんが……」
恐らく、お守りか何かだろう。年頃の少女が、身に付けて欲しいと頼むものと言えば御守りの類と相場が決まっている。雇い入れたことに対する礼のつもりなのだろう。
折角、送ってくれたのだ。余程の悪趣味な物で無ければ、身に付けても構わないそう思った。
小箱を受け取りとパカリと蓋を開ける。
中には、品の良い一対の耳飾りが鎮座していた。少し見ただけでも値打ち物であることが分かる。
(耳飾りか。それなりの値打ち物の筈だが……。ん?耳飾り?)
「ヒルベルト」
思考を中断させるように、名前が呼ばれる。
先ほどまでの震えが止まり、表情もいつものローゼリアに戻っている。緊張は、抜けていないが、瞳からは動揺が消えている。
凛とした佇まいは、彼女の美しさを際立たせているように見える。
レーヴェの視線は、ローゼリアの銀の瞳に引き寄せられた。
「私、ローゼリア=ラ=エクラ=ヴァイスは、貴方との婚約を望みます」
「……は?」
レーヴェが耳にしたのは、ローゼリア=ラ=エクラ=ヴァイスの人生で初めての告白だった。




