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女の追及

「気は済んだか?」

「それなりに。主様達は随分とお食事を楽しんでいたご様子でしたが……」


 一息付いた二人に、レーヴェが声を掛けるとレクティが、非難するような視線を向ける。


「飯を食べに来たんだ。食事を楽しむのは当然だろ。それに、加勢はしなかったが、振り掛かる火の粉は払ったぞ」


 非難の視線をモノともせず、自分に殴り掛かって来た兵士に目を向ける。

 その視線を追って、レクティがそちらに目を向けると、そこには確かに伸びた兵士が山になっていた。

 どの兵も的確に顎や首筋を打ち抜かれ、完全に意識を失っている。二三名ほど意識を失わずにいるのは、手足が折れたことによる激痛のせいだろう。

 視線を戻し、不満を露にするレクティ。


「確かに……。ですが、乙女の危機を放って置くのは如何なモノかと」

「乙女と言う点は否定しないが、一方的に相手を殴り付ける状況は、『危機』と言わないだろ」

「主様は、もう少し女性の扱いと言うものを学ばれた方が宜しいかと。いつか後ろから刺されますよ」


 上目使いで楽しげに笑うレクティ見て、レーヴェの背筋に寒気が走った。


「その刺す人物は、君じゃないだろうな」

「さあ?未来のことですので、私には分りかねます」

「私が刺そうか?」


 声に反応し、二人が背後に目を向けるとナイフを手にしたローゼリアが立っていた。


「あら、既に主様を刺す理由があるのですか?」

「ん、私達が戦ってる間に、財布を巻き上げてた。乙女が戦いに身を投じているにも関わらず略奪行為に走った男。刺しても誰も悲しまない」


 キラリとナイフを光らせ、不敵に微笑むローゼリア。

 冗談を口にしているのは、レーヴェにも見て取れたが様に成りすぎていて、全てを冗談と受け取ることはできなかった。

 身の危険の感じるレーヴェに満足し、レクティは矛先を自分の兄に向ける。


「ならば、兄上も同罪ですね」

「なに!?」


 突如、矛先を向けられたヴィテスは、激しく動揺した。


「だって主様の命令が無くても加勢することはできた筈ですから。そればかりか財布の回収を積極的にやっていたようですし」

「我は主の護衛をしていたのだ。お前の身より主の身を優先するのは当然のことではないか。そ、それにお前の実力は、信頼している」


 もっともらしい言い訳を並び立てるヴィテス。

 内容に限って言えば確かにその通りなのだが、ヴィテスの彷徨う視線を見れば、それが言い逃れの為に用意された言葉であることは明白だった。

 ヴィテス自身、その言葉が妹に通用しないことを自覚しているらしく。野性身を感じさせる整った顔を、引きつらせている。


「私の実力に信頼を置くのは自然の成り行きですが、まさか主様の隣に立っていただけではありませんよね」

「無論、我も戦った」

「ちなみに、何人倒しましたか?」

「相手にしたのは、二人だな」

「主様は?」

「四人だ」

「まあ!」


 答えを聞くと声を抑えようと口に手を当てる。あたかも心の底から驚いたと言うようなそんな仕草だ。


「兄上は、護衛という立場でいたにも関わらず主様を危険に晒したのですね。しかも、危険を排除した数が、主よりも劣る。護衛として有るまじき失態です!」

「な!?待て、それは誤解だ」

「何を持って誤解とおっしゃるのですか?護衛対象である主様を危険に晒したのは事実。本来なら、誰よりも先に多くの敵を倒し、主の安全を図るのが役目。にも拘わらず、敵を排除した数が、主より少ない。これを『失態』と呼ばずして何と言えばよろしいでしょうか?」

「むぅ……」

「罪の重さでならば、兄上は主様より上のようですね」


 押し黙るヴィテスに、勝ち誇るレクティ。

 己の行動が乱闘の開始の合図となったことを気にも留めていない様子だ。

 レーヴェとしても、目を付けられた時点で避けられない事態だったので、その点を追及する気はない。しかし、そろそろこの針のむしろから抜け出したいと言うのが、本音だった。


「悪かった。だから、そろそろ許してくれ。ローゼリアもナイフを下ろしてくれ」


 あっさりと白旗を上げた。

 素直に謝罪の言葉を口にするレーヴェに、二人は拍子抜けしたように肩の力を抜く。


「主様は、素直ですね。少し諦めが早すぎる気もします」

「張り合いが無い」

「口で勝てると思ってないからな。吐いた分だけ言葉を返されて、居た(たま)れなくなりそうだ。頭を下げて解決するなら、素直に頭を下げるさ」

「それも豊富な人生経験から学んだ処世術?」

「否定はしない」


 あまり思い出したくない過去がレーヴェの脳裏を(よぎ)ったが、直ぐに打ち消し、周囲の放浪者達に目を向ける。

 拳を存分に振ったことで日頃の憂さを晴らしたらくし、殆どの放浪者達がその場に居残り仲良く談笑している。

 その中に、先ほど食事を譲った放浪者達がいることを見て取るとレーヴェの頭に閃くものがあった。


「お前さんも無事だったのか!騒動の最中に姿が見えなかったから早々にやられたかと思ったぜ」


 レーヴェの視線に反応して、件の放浪者の男が声を掛けてくる。


「まさか。相手にするのが面倒だったから端の方で食事を続けただけだ。そっちは腹の方は十分満たせたのか?」

「その当たりは抜かりねぇ。おかげで、腹はパンパンよ。ついでに、ドサクサに紛れて奴等の財布も拝借したから、当分食事に困ることはねぇ。今度はオレ達が、誰かに恵んでやる立場だな」

「オウよ!アンタに恵んで貰った以上の物を恵んでやるさ!」


 大きく膨らんだ財布を出して、仲間と一緒に大きく笑う。


「その財布。今後の為に、もう少し膨らませたくないか?」

「もしかして仕事を紹介してくれんのか?」

「そんなところだ」


 放浪者が、口利きをして他の放浪者が仕事に在りつく事は、少なくない。上手くすればかなり割の良い仕事に在りつけるので、全般的に食いつきが良い。

 目の前の放浪者達も、その枠から外れず垂らされた餌に、見事に食いついて来た。


「仕事内容と報酬は?」

「細かい話しは、後にしよう話しを聞く気があるなら付いて来てくれ」


 完全に気絶しているとは言え、兵士の前の眼前で作戦の一部を話す気にはなれないので、放浪者達に付いてくるように促す。

 うめき声を上げる兵士に、足で一撃を入れ昏倒させるとそのまま外に出る。


「巻き上げた上に、トドメの一撃ですか。容赦ありませんね」

「男の大事な部分を狙って攻撃するよかマシだろ。というかオレとしては、目立ち捲ったことを反省して欲しいんだが」


 隣に並ぶレクティに、若干恨みがましい目を向けるレーヴェ。

適当に力を抜いてあしらえば、他の放浪者の中に埋もれて野次馬の印象には残らなかった筈なのだ。


「己を低く見せるつもりは毛頭ありませんので、仕方のないことかと。私の価値を存分に高める為、主様にはもっと私のことを知って貰わなければなりません」

「主人の心の内を読み取るのも、良い従者の条件だろ」

「一理ありますね。では、次からはそのようにいたします」

「是非ともそう願いたいな。このままじゃ、敵を排除する前に心労で倒れかねん」


 どこか淑やかな雰囲気を感じさせるのに、レクティの言動は手の付けようのないお転婆娘そのものだ。この調子が続くのであれば、必ず騒動の火種になりそうだ。

これからの苦労を思い、レーヴェは小さく溜め息を付いた。


「あら、図太い主様らしからぬ発言ですね」

「誰が図太いって?オレの心は水晶のように繊細で壊れやすいぞ」

「黒く濁った結晶であることは認めますが、砕けても執念深く原型を留めそうです」

「主を黒く濁った結晶呼ばわりするとは、いい度胸だ」

「ご自分の情報を堂々と売り捌く黒い思想の持ち主には、ぴったりの従者だと思います」


 視線を合わせると互いに口元に笑みが浮かんだ。

 ふざけ半分とは言え、己の主人相手にここまで物怖じしない人間は珍しい。この遠慮のない態度は、レーヴェには非常に好ましく映った。

 取るに足らない応酬だがふざけたことで心が楽になり、僅かばかりだが疲れが取れたような気がしたからだ。久しく忘れていた感覚が蘇ったようだった。


「話しは済んだ?」


 話しが終わるのを見計らって、二人の合間から顔をひょっこりと顔を覘かせるローゼリア。


「どうかしたか?」

「二人の着替えを買うなら、少し行った所に良い店がある」

「この際、必要なモノは揃えてしまうか。ローゼリアは、二人を連れて身の回りの物を一式揃えてくれ。金はヴィテスに渡してある。オレは、後ろの四人を連れて一足先に店に行く。見張りは眠らせて置くから、買い物が終わったら店に戻ってくれ」

「食べ物も買った方がいい?」


 尋ねられるとレーヴェは反芻した。

 記憶が正しければ、干し肉が相当数残っていた筈だ。水路が通っているので、水の心配もいらない。ただ、それだけで満足できる食事内容となるわけが無く。可能なら食卓には、過不足なく彩りを加えたいところだ。


「そうだな。常識の範囲で困らない程度に買って来てくれ」

「分かった。行こうレクティ」

「分かりました。それでは主様、また後程」


 促されたレクティは、主に対する礼をキッチリ取った上で、ヴィテスと共にローゼリアの後を追って行った。


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