酒場の騒動
「いい匂い」
路地を抜け、大通りに入ると香ばしい匂いが、ローゼリアの鼻を擽った。
「市を出た時からいい匂いがしていましたけど、ここが匂いの元のようですね」
ローゼリアに続いて路地から出てきたレクティが周囲を確認する。
大通りは、月明かりと店から溢れ出る光で、明るく照らされ匂いに誘われた人々で溢れ返っていた。
「流石、獣人。鼻が利くな」
「お褒めにあずかり光栄です。主様」
後ろから声を掛けられたレクティは、声の主に向き直り丁寧にお辞儀した。
自然な動作ではあるが、どこか演技染みたその所作にレーヴェは、眉を顰めた。
「別に貶してないぞ」
「存じ上げてます。こう返した方が、主様の反応を見るには最適かと思いまして」
意地の悪い笑みを浮かべながら、下から覗き込むレクティ。
奴隷という身分の割に、随分と遠慮のない言葉を返すレクティに、苦笑いを漏らす。
「全く遠慮のない従者だな」
「そこで『奴隷』と言わない辺りは評価に値するかと。どうか、そのままでいらして下さい。それに、ここまでは今だかつて無いほどの高評価です」
「お褒めに預かり光栄だ。たく、ローゼリアといい君といい。少し逞し過ぎるな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ご機嫌な様子で言葉を返すと、レクティはローゼリアの後を追うようにして歩き出した。残されたレーヴェとヴィテスは、ゆっくりとした足取りで、その後を追った。
「以前の主人達にも、あんな感じだったのか?」
「もっと丁寧な物腰だった。ただ、今の方が楽しんでいるように思う」
受け答えをするヴィテスの先では、ご機嫌な様子で尻尾を振るレクティの姿があった。
「と言う事は、言葉通りと受け取っていいのか?」
「含むことがあるかもしれんが、そう思っていいと思う。しかし、主は変わっているな。我らの評価がそんなに気がかりなのか?大抵の貴族は、自分が最高の評価を受けていると信じて疑わないモノだが……」
「評価の基準なんて人それぞれだ。自分が評価する訳でもあるまいし、評価がいいとか分かる訳ないだろう。それに出来の悪い貴族と一緒にして欲しくないな」
貴族と言うのは、平民と同じでピンキリだ。本当に尊敬できる者もいれば、救いようのない屑も存在する。
もっともヴィテスの言うように、己を至上の存在と考え、他者を見下す者が、多いのは事実だ。
国に仕えていたレーヴェは、見下されることに慣れており、怒りを感じることはないが、それらと同列に扱われることだけは、承服しかねた。
「主は、中々の毒舌家のようだな」
「正直と言ってくれ。それに長い付き合いになるんだ。飾るつもりはない」
「む、長い付き合いになるかは別として、そういう点は好感が持てる」
「そういう時は、もう少し気の利いたセリフがあるだろう」
ピクリと言葉に反応し、ヴィテスが立ち止まる。レーヴェが、向き直るとヴィテスが、渋い顔を浮かべているのが分かる。
「どうした?」
「主よ。世の中には『量才録用』と古き言葉がある。意味は『人の才を見極め、才を発揮できる役割を与えること』を言う」
「俗に言う『適材適所』だな。それがどうかしたか?」
「今後、我に世辞を期待するのは、自殺行為と言って置こう」
ヴィテスは、自分の堅物さを理解しているものの、他人にそれを告げるのは精神力を必要とした。
(渋い顔して、何を言うかと思えば……)
表情から察するに、自分が堅物であることに引け目を感じているのだろう。
「そういう言葉が欲しい時は、レクティに期待することにしたから安心しろ」
「そうしてくれ」
「もっとも皮肉で返される可能性が高そうだが……」
「申し訳なく思う」
皮肉で返すレクティの姿が脳裏に浮かんだヴィテスは、軽く肩を落とした。
「そんなこと気にしなくていい。お前が言ったように適材適所だ」
「何が適材適所なの?」
レーヴェが言葉を返すと脇からローゼリアが、顔を出す。
「君やヴィテスに、世辞を求めるのは無駄と言う話しをしていただけだ。まあ、オレも人の事が言えんが」
レーヴェは、この人物評価は正確であると思っている。何故ならローゼリアは、圧倒的に言葉足らずな点が目立つからだ。貴族と言うことで、世辞には長けているかと思いもしたが、彼女の場合は世辞を貰う方が中心だったのだろう。短い付き合いだが、その程度は見て取ることができた。
「むっ、お世辞くらい言える。その内、お世辞でヒルベルトを赤面させて見せる」
「これはまた大きく出たな。楽しみにしてる」
剥れるローゼリアを見て、笑みを漏らす。
「信じてない」
ジト目で睨めつけるローゼリアを見て、レーヴェの中に悪戯心が生まれる。どうせなら逆に赤面させてやろうと。
「そんなことはないぞ。君のその美しい唇と凛とした清浄な声で、オレを赤面させてくれることを心待ちにしている」
「……それはお世辞のつもり?」
見事に空振った。
標的として絞られたローゼリアの顔を、一欠けらも動かすことが叶わなかった。それどころか、絶対零度の目でレーヴェを冷ややかに見据えるのみだった。
(即席にしては、上手く言えたと思ったんだが……)
「今の言葉で赤面するなら、舞踏会に出たら顔が茹で上がるほど赤面してる」
「主よ。今のであれば我にも言える」
ローゼリアもヴィテスも容赦なかった。
「すまん。オレが悪かった。忘れてくれ」
二人の冷たい評価に、レーヴェは己の行動の浅はかさを呪った。まさか、ここまで空振るとは予想していなかったのだ。地味に自信があった分、ダメージが大きかった。
「ヒルベルトの語彙の乏しさは置いておくとして」
「君に言われるとショックがデカいな」
「貶した罰」
「肝に銘じて置く」
落ち込むレーヴェに、飛びっきりのいい笑顔を向けるローゼリア。
ローゼリアは、奴隷市での意趣返しができたことを内心で喜んでいた。何しろ市では冷静で居られず、結果的にレーヴェに縋る形になってしまったことが悔しかったのだ。
もう少し早く市に訪れることを知っていれば心の準備ができたかもしれないからだ。
醜態を晒した恥ずかしさと小さな恨みを晴らせたことが、今の笑顔に繋がっていた。
「話しは終わり。そろそろ店に入りたい」
「もう店を決めたのか?」
「ん、アレ」
コクリと頷くとローゼリアは、近くにある店を指差した。
店を確認すると、色鮮やかなスープと杯の絵が看板に描かれているのが見て取れた。
「またスープか」
朝にもたらふくスープを飲んだことを思い出し肩を落とすレーヴェ。
「他に無かったのか?」
「レティがあそこが良いって。それに、あの店は肉料理も美味しい」
店の前に視線を向けるとレクティが、入り口の前でレーヴェ達の到着を待っていた。レクティの尻尾は、今だかつて見たことが無いほど左右に大きく振られている。
レーヴェは、もはや何を言っても無駄なことを悟り、仕方なく了承の言葉を口にした。
「分かった。あの店にしよう。ヴィテスもそれでいいか?」
「問題ない」
無関心を装っていたヴィテスだが、ローゼリアとレーヴェにはそれが正しくないことが明らかに見て取れた。
何故なら、
「尻尾、すごい振ってる」
フサフサとした尻尾が、左右に振れ喜びを表していたからだ。これで見抜けない方がどうかしている。
レーヴェは、勢い良く振られる尻尾を見て、交渉ごとにヴィテス達を使うことを断念した。感情を表に出さないヴィテスは、交渉ごとに向いているのではないかと期待していたのだが、尻尾で当たりを付けられるのであれば、どんなにポーカーフェイスを気取っても無意味だからだ。
「どうにも、うちの従者は食い気が先行するみたいだな」
「それ私も入ってる?」
「『もう一杯』と称して鍋ごとスープを貰って来た奴の言葉とは思えんな」
頬を膨らますローゼリアだが事実なだけに言い返すことができなかった。久し振りに好物に在りつけたので、歯止めが効かなかったのだ。今思えば、少しばかり反省の必要があるように感じていた。
注がれる視線に耐えきれず、あからさまに目を逸らすローゼリア。
「恋人をからかうのはその辺にして下さい。終わるのを待っていたら、餓死してしまいますわ」
三人の到着を待つのに耐えかねたレクティが、急かすように言葉を掛ける。
「餓死するような玉じゃないだろ。君は土壇場になったら自分で取って食べるだろ」
「あら、そんな野蛮なことはしません」
「ならどうするの?」
横合いからローゼリアが尋ねるとレクティは、姿勢を正しレーヴェ達に正対した。
「やさしいやさしい殿方から快く譲って頂きます」
晴れやかな笑顔を向けてくるレクティに対し、レーヴェは頭を抱えた。
天然がローゼリアならレクティは確信犯だった。己の容姿の使い方を十分に心得ている者のそれだ。狼とは良く言ったモノだ。逞し過ぎて涙が出る。
「お前の妹は些か逞し過ぎないか。狼の一族の女は、みんなこんなに逞しいのか?」
「主よ。我が妹を一族の基準に置くのは、狼の女に気の毒だ」
「だろうな」
レーヴェは、あきらめにも似た表情を浮かべ呟いた。
実の兄からこれほどの評価を受けるレクティが、どれほどのジャジャ馬なのか想像するだけで先が思いやられる。
「私のことは兎も角。そろそろ本当に入りませんか?」
「それもそうだな」
言葉に従い、レーヴェは三人を引き連れて店まで歩みを進めた。
設えの良い木製の扉を開いて店へと入ると温かい空気と酒場特有の活気が一行を迎え入れた。
テーブルに付くと看板娘らしき少女が注文を取りに来たので、適当な料理と温かい飲み物を頼んだ。料理と飲み物は、さほど時を置かずに運ばれてきた。
「値段の割に、スープの味がしっかりしてますね。肉の厚焼きの方も焼き過ぎてなくて美味しいです」
「美味いな」
「追加してもいいから、好きなだけ食べろよ。ローゼリア以外は、明日から手持ちでやりくりして貰うからな。酒も頼みたかったら頼め」
「承知した」
舌鼓を打つ二人の獣人に、レーヴェが言い含めると二人は目を光らせメニューに目を走らせた。
追加注文する気があると捉えたレーヴェは、軽く手を上げて店員を呼んでやる。
初めに注文を取りに来た少女だった。
「追加のご注文ですか?」
「ほら、好きなだけ頼『肉料理、上から全部お願いします。』ゴフッ!」
「酒、上物を上から五品目を貰おう」
「月熊のスープ、一鍋。」
まさに遠慮なしの注文だった。あまりのことに、飲み物が息穴に入ってしまった。
若干一名、突っ込みどころ満載な注文を行う者がいたが、最早反論する余裕も気力も無かった。
「大丈夫?」
咳き込むレーヴェの背中を摩るローゼリアだったが、その原因の一端を担っていることをレーヴェは自覚して欲しかった。
「お客様、苦しんでいるところ大変申し訳ないのですが~」
苦しむレーヴェに覗き込むようにして、少女が声を掛ける。
「だったら、話しかけるな」
「ひぃ、すみません!」
たっぷり威圧を込めた視線と声を返すと、少女は震え上がり身を引いた。しかし、立ち去らない。商売人としての誇りなのかは分からないが、立ち去る気配は皆無だった。
「それで要件は?」
ようやく呼吸が落ち着いたので、少女に向き直り要件を聞く。怒ったのは大人気なかったが、それを謝罪するつもりはない。
「これだけの大量注文となりますと先にお題を頂くことになりますが、宜しいでしょうか?」
とても言い難そうに少女が告げるとレーヴェは納得した。
今の要求は店の立場からすると当然のことだ。客を散々飲み食いさせた後に、金が足りなかったり食い逃げをされる事態に陥った場合、店側の大損だからだ。レーヴェ達には、全くその気は無いが店としては当然の処置だ。
「これで足りるか?」
仕方なく財布から銀貨を三枚程取り出し、少女に渡す。幸いにしてここの酒は、全て安く設定されていたので、どんなに注文してもこの額を超えることはまずないと判断した。
たった一食で、平民一か月分の稼ぎが消えたと考えるとレーヴェが支払った額がどれだけ大きいか理解できるだろう。
「も、もちろんです。今、おつりを!」
「それよりもその額を超えない程度に酒のつまみを持って来てくれ。余った分は、取って置いてくれ」
「それでも、食べきれないと思いますよ」
「構わんよ。払い過ぎを気に病むようなら、今度割り引いてくれればいい。これだけ特徴がある面子が揃ってるんだ。覚えられるだろ?」
レーヴェの言葉を受け、少女は四人を見渡す。
獣人の男女に、黒髪の男。それに加え、銀髪の女。その上、女性の二人は美少女と言っても差し支えないほど整った顔立ちをしているのだ。これだけ特徴的な一行を覚えられない方がおかしい。
「分かりました」
納得した店員は、丁寧に頭を下げて厨房へと引っ込んで行った。
目に見えて足取りが軽く見えたのは、レーヴェ達の気のせいではないだろう。店側からして見れば、いきなり飛び込みで上客がやってきたようなモノだ。喜んで当たり前である。
暫くすると注文通りの品が、次々に運ばれて来てテーブルに所狭しと並べられる。ローゼリアの前には、顔がスッポリ入るほど大きな器に入ったスープが用意された。
それぞれ好きなモノを手に取り、酒と共に腹の中に入れて行く。レーヴェとヴィテスは酒。レクティは肉料理。ローゼリアはスープといった具合に別れた。
「旦那、随分と羽振りがいいみたいだな」
酒で喉を潤していると隣のテーブルの放浪者の男が声を掛けて来た。どうやら仲間内で飲んでいるらしくテーブルには、男の他に三人ほど腰を掛けていた。
彼らのテーブルの上に並べられている料理は、豪勢と言うには程遠い品揃えだった。
「仲間の歓迎も兼ねてるからな。そういう日ぐらい奮発するさ。察するに肉料理か?」
こうして話しかけてくる場合、相手の欲しいモノは決まっている。放浪者をやっている者達の中では、お決まりの展開だ。何かと苦労の多い放浪者は、持ちつ持たれずの関係が成立している。懐に余裕のある放浪者が、余裕のない放浪者を助けるのは最早常識なのだ。
そうすることで、施しを受けた放浪者は余裕が出来た時に、他の放浪者を助ける。更に、その放浪者が別の助けると言う具合に広まり、最終的には自分の所に戻ってくると言う訳だ。
そう言うこともあり、殆どの放浪者は他の放浪者に対して友好的であることが多い。俗に言う仲間意識だ。
レーヴェ自身もこの関係に大いに助けられた為、求められたら無理のない範囲で助けることは心に決めていた。
「話しが早いな。すまんが恵んでくれるか?」
「いいぞ。次に運ばれて来た料理はそっちに回そう。こいつも食っていいぞ?」
手近な場所にあった串焼きの山を器ごと渡してやると、男達は驚いた顔を浮かべた。
「いいのか!?俺達は少し貰えれば良かったんだが……」
「オレも他の放浪者に助けて貰ったからな。それに、その人数でそれだと足りないだろ。」
ついでに未開封の酒を二本程渡す。
男達が、酒を持っていないからだ。空気が冷え込む夜期では、食事時の酒は必須だ。それが無いってことは、相当切羽詰った状態であること示している。
「すまねぇ恩に着る」
感極まったように男が酒を抱える。
「近々、高台の上で宿を開く予定だ。アンタ達なら安くするから是非利用してくれ。湯浴みもできる。一泊二食付きで、銅貨三枚で手を打つぞ」
「湯浴み付きで銅貨三枚。本当かよ」
男達は、目を見開くほど驚いた。
放浪者に取って湯浴みをできる利点は大きい。汗を落とせることも大きいが、なにより溜まりがちな体の疲れを取ることできるからだ。それも一泊二食付きでその料金なら、破格の安さである。
「但し、ひとつ条件がある」
「なんだよ」
「知り合いの放浪者に口利きを頼みたい」
「なるほど。俺達は、客寄せか。それなら納得の値段だ。他の奴らの値段は、どうなる?」
「銅貨四枚」
「悪くねぇ。よし、乗った」
男が握手を求めて来たので、レーヴェもそれに応える。
折よく店員が料理を運んで来たので、隣の席に回すように言うと熱々の肉料理が、隣のテーブルに乗せられた。
男達はレーヴェに改めて礼をすると貪るようにそれを食べ始めた。それを見ていたローゼリアが、確保して置いたスープの一部を譲ると我先にとスープを奪い合うようになった。殴り合いという訳でなく、だれが一番初めに口を付けるかで揉めたのだ。
何しろ美少女に振る舞われた料理だ。女日照りの男達には、これ以上ないくらいのごちそうなのだ。
ついには一口目の栄誉を預かる為、腕相撲を始める始末だった。
それを見ていた周囲の席の放浪者達が、料理を手土産に参戦。いつしか酒場全体を巻き込んだ力試しに変わっていた。当然、隣の席に陣取っていたレーヴェ達も巻き込まれ、酒場は大きな宴の場と化した。
「親父、酒だ!!」
その喧騒を打ち破るように扉が大きく開け放たれ、冷たい空気と共に兵士がぞろぞろと乗り込んで来た。いい気分で騒いでいた客達の気分は台無しである。
「申し訳ありません。ただいま満席でして」
店の主人が、慌てて対応すると先頭の兵士が眉を顰めた。
「何寝ぼけたこと言ってんだ。俺達は守備隊だぜ。アンタらが安全に商売できるのは俺達の御蔭なんだぜ。席が満席なら開けさせろ」
「で、できません。それに、以前の御食事代を頂いておりません」
「おっさん、俺達の御蔭で商売できてんだぜ。飯代くらい負担するのが義務ってもんだろうが!」
カウンター越しに主人を殴り付けた兵士達は、客に構わず中に入ってくる。
「さっさと席を開けろ宿無し共」
その言葉に放浪者を始めとした男達は、カチンと来た。
「宿無し」と言うのは、旅を続ける放浪者を卑下する言葉だ。金もなく野宿することが多い為、宿無しと称して蔑むのだ。常識のある人間なら、絶対に使わない類の言葉だ。
町の人間であっても、外からやってきて少ないながらも自分たちの財布を潤してくれる人間だ。しかも、つい先ほどまで酒を酌み交わしていた仲だ。馬鹿にされて面白い筈がなかった。
「主、どうする?」
「今、守備隊とことを起こすのは宜しくない。幸い俺達は向こうから見えてないから、適当な所で抜け出そう」
「まだ食べ足りないのですが……」
「同じく」
「事態が落ち着くまでの間に、腹に入れろ」
レーヴェの言葉にレクティとローゼリアが難色を示すが、抜け出せるようになるまで少し時があると認識した二人は食事を再開した。
「おら、さっさと席開けろ」
怒鳴り声と共に、隣の席のテーブルが蹴り上げられ、レーヴェ達の席を直撃する。
見事なまでにテーブルがひっくり返り全ての料理が、見るも無残な形へと変貌してしまった。しかも、テーブルが飛んできた影響で周囲の人垣が割れ、四人の姿が兵士達の視界に入ってしまった。
ローゼリアとレクティの姿を認めると兵士達は、口笛を吹いた。それだけで、レーヴェは自分たちが最悪の事態に陥ったことを悟った。
「お客様、やけどは?」
少しスープを被ってしまったレーヴェに、少女が駆け寄る。
「大丈夫だ。冷めていたからそんなに熱くない」
「良かった」
その言葉にホッと息を付く少女の背後に、兵士達が詰め寄る。
「おいおい、そんな奴に構うより、俺達に奉仕してくれよ」
「っ!痛いわねっ、放して!」
少女の手を掴みあげ、強引に拘束する兵士達。かなり強く腕を握ってるらしく少女は、苦痛の表情を顔に浮かべている。
周りの男達が殺気立つ。
「あっ、なんか文句でもあるのかよ?営倉にぶち込むぞ」
爆発寸前の放浪者だったが、その一言で封殺される。街に置いて守備隊の権限は、それほど大きいのだ。
「そっちの女二人は取り調べ対象だな」
「ああ、そうだな。報告にあった賞金首に特徴が似てる」
「安心しろよ。疑いが晴れたら解放してやるからよ」
「日期に入ったらだけどな」
適当な嘘を並び立てながら、舐めるような視線で、ローゼリアとレクティを見据える兵士達。下心を隠そうともしていない兵士達に、周囲の男達は我慢の限界だった。
「主よ。かなりまずいのでは?」
「まずいな。どうしようもないほど」
男達以上に怒りを宿している者がこの場にいた。目線の位置が、彼女達とほぼ同じ高さにあるレーヴェとヴィテスには、それがハッキリと見て取れた。
そして、恐らくもう歯止めが効かないレベルまで怒りが達していることも理解できてしまった。
「ほら立てよ。可愛がってやるからよ」
そう言ってリーダーらしき男が、レクティの肩を抱こうとした瞬間、怒りは爆発した。
伸ばされた男の手を左手で捻りあげ、下から強烈な右拳で顎を打ち抜いた。腕の骨と顎の骨が砕ける鈍い音と共に、男が店の壁に打ち付けられる。
「下種な男が触らないで頂けます。腐ります」
「……テメェ!」
あまりの出来事に呆気に取られる兵士達だったが、正気を取戻しレクティに掴み掛る。
しかし、レクティまで手が伸びる前にローゼリアの蹴りによって足を圧し折られ、うめき声を上げることになる。
「私のスープを返して。それと視線が不愉快。ついでに弱過ぎ。」
この一言で兵士達は逆上し客との取っ組み合いが始まった。そして、守備隊相手に喧嘩を始めてしまった事実を呪い。レーヴェは現実逃避をするのだった。
評価、感想お待ちしています。




