奴隷市5
長かった奴隷市もこれにて終了です。
同時に、貴族モードのレーヴェ&ローゼリアも終了となります。
レーヴェの言葉に、ロプスは心臓が止まるほどの衝撃を覚えていた。
何故、自分が権利書の行方を探しているのを知っているのか?何故、ロプスすら知らない所有者の情報を所持しているのか?
頭の中を、疑念が駆け巡って行く。
「何故、それを……」
目まぐるしく疑念の言葉が駆け巡る中、ロプスが絞り出したのは、打算も疑念も込められていない驚きを表わす言葉だった。
「驚いているようだな」
「そ、それは無論。私の疑問にお答え頂けるでしょうか」
「ふむ……」
その言葉にレーヴェは、考え込む仕草を返す。
答えは決まっていたが、すんなり応じては返って疑念を持たせてしまうからだ。
貴族として振る舞えば、ここで突っぱねるのは簡単だ。だが、ロプスの疑念を晴らさないまま契約に入るのは、後々警戒感を抱かせることになる。
「己で察しろと言いたい所だが、今は気分がいい。お前に習い譲り受ける商品と同じ数だけ疑問に答えよう」
レーヴェは、心の底からロプスとの交渉を楽しんでいた。
世間でどう言われていようが、レーヴェに取ってロプスは既に尊敬すべき敵だ。ロプスは、それほどの相手だった。
許されるのであれば酒を飲み明かしたいと思うほどだ。
「ありがとうございます。では、まず『何故、権利書のことを知っているのか』のご説明をお願いいたしま。」
耳に届いた言葉は、予想に反して非常に素直な問いかけだった。
レーヴェは、もう少し探りを入れるような質問を期待していたのだが、どうやら知りたい情報を得ることに注力したいようだった。
「界隈で出回っている噂は、知っているな」
「はい、そちらに関しては承知しています」
噂で当たりを付けてきたことは、ロプスにも容易に想像ついた。
これだけ噂が広まっていたら貴族の耳に入るのは当然だ。しかし、それは噂の域を出ない話しだ。その噂でしかない話しを確定情報として、扱っているのが問題だった。
「先日、噂の元になった権利書を直に見る機会に恵まれてな。噂が真実であると確信した」
「それは、真のことでございましょうか?」
レーヴェの言葉にロプスは浮足立った。
それが本当なら権利書を手に入れる為の有力な手掛かりが得られるかもしれないからだ。買い取るにせよ奪うにせよ。権利書の在り処が分からなければ手の打ちようがないのだ。
真実なら、千金に値する情報だ。
「嘘をついていると?どうやら、お前を買い被っていたらしい」
「失礼いたしました。しかし……」
「お前が疑うのも無理はないが、真実だ。件の人物とは、少し関わりがあってな。権利書に関してもいくつか知っている。確か、金貨二十五枚で買ったと言っていたな。にわかには信じがたいが……」
金額を聞いたロプスは、レーヴェの言葉が真実であると確信した。
つい先ほど部下によってもたらされたモノと取引額が、完全に一致していたからだ。出任せであれば、相場を無視した金額が出てくる筈がない。
「次で最後だ」
ロプスの顔色から真実と受け止めたことを悟るとレーヴェは、最後の質問を促した。
「対価として頂ける情報の詳細と契約の内容を」
(なるほど、こちらの質問が本命か……)
ひとつ前の質問で、こちらの情報の真偽を確かめたからこそできる質問だ。
交渉に応じても情報に信憑性が無ければ、ロプスにとっては意味をなさない。だからこその前振り、己が不利な状況に立たぬよう細心の注意を払った上での質問だった。
内容も実に商人らしい。
「対価として提供する情報は、『滞在先』と『権利書の保管場所』だ。契約内容の詳細は、『現時点での正式な権利保有者から、土地の権利譲渡を望んでいるアヴァール商会に対し、権利者レーヴェ=ヒルベルトの滞在先と権利書の保持の有無を情報として提供する。情報対価として、アヴァール商会の保有する奴隷二名を譲り受ける。』こんなところだ。」
「…………」
ロプスが聞く限り、契約内容に問題はない。
情報提供を受ける理由も明確に記されており、契約の体裁が整っている。仮に内容が表に出たとしても全く問題のないモノだ。
当然、権利者が死ねば疑われる材料となることは間違いないが、表に出ることは考えられない。何故なら権利者が死ねば、情報を受け取った側だけでなく。提供した側も嫌疑を掛けられることになるからだ。
目の前の男は、そんな愚かな真似をするとは思えない。
(この取引は成立する)
ロプスは、そう確信した。
「承知いたしました。確かに対価として相応しいモノでございます。契約内容もそのままで、証書を用意いたします。暫くお待ちください」
「予定以上に時を掛けている。手早く用意しろ」
「直ちに」
ロプスが、係りのモノに目配せすると天幕の奥から契約に必要なモノを運んで来た。それらを受け取るとロプスは、手早く契約書にペンを走らせた。
レーヴェにもペンと紙が渡される。
提供する情報を商品として扱う為の処置だ。紙に書き込むことによって形のないモノに形を与えるのだ。この工程を踏むことによって、初めて物々交換が成立する。
「奴隷の御引渡しは、いつにいたしましょう?」
「契約成立直後だ」
「衣服を整えますか?」
「外套だけ用意して貰おうか。人目を引くのは避けたい」
「承知しました。外套は商会側で負担いたします」
情報を書き終えると封をし、「ベノワ=フォン=リベルテ」と書き込む。これで、レーヴェの準備は完了した。
ロプスの方は、既に一枚目を書き終え、契約書の複写に入っている。
手隙の時間ができたので、周囲に目を向けると奴隷の二人と目が合った。
レティと呼ばれていた少女の方は、面白いモノを見るような目でこちらを観察している。逆に、男の方は感心した様子でこちらを見ている。
無関心でいられるより百倍マシだが、こうも好奇の視線で見られると居心地が悪い。
目を逸らし、今度はローゼリアに目を向けると、酷く非難するような目でこちらを見ている。
「……ロゼ。それは、婚約者を見るような目ではないと思うのだが……」
「あまりにも貴族らしい振る舞いに驚いています」
「それは、遠まわしにオレが貴族らしくないと?」
「はい、日頃はもっと抜けたように思えます。凛々しいお姿を拝見できただけで、今回の静養に同行した甲斐がありました。しかし、殿方が女性の体に興味を持ち、目が向けるのが自然の必定と承知しておりますが、ベノワ様は少々向け過ぎかと」
突如として、予期せぬ捏造話しが発生した。
普段余り話さないローゼリアの口から、こんなにも流暢な言葉が出てくるとは夢にも思わなかった。しかも、紡ぎ出されたのは、謂れのない中傷だった。
「ロゼ、捏造はやめるんだ。一体、いつ鼻の下を伸ばしたんだ」
「周りの者は騙せても私は、騙されません。そちらの者を見られた時、全身を隈なく見定めるような目をされたではありませんか」
「確かに見たがそれは筋肉のつき方を見る為のモノで、決してやましいモノではないのだが」
レーヴェが、事実をその通りのまま言葉にして、返すとローゼリアは不満げな表情を浮かべた。
「暇になった途端、婚約者の私ではなく。あの者を見たのがなによりの証拠かと。潔く認めた方が男らしく感じます。」
何故だろう。いつの間にか酷くローゼリアの機嫌を損ねたらしい。機嫌を直そうにも機嫌を損ねた原因に皆目見当が付かなかった。
返す言葉に困るレーヴェを放置し、ローゼリアは畳み掛けるように言葉を紡ぎ出す。
「ご安心ください。ベノワ様が他の女性に目移りしようが未来の妻として寛容に受け止めるだけです。どうか存分に女性と戯れなさいませ」
二コリの晴れやかな笑みを向けるローゼリアに、軽い戦慄を覚えるレーヴェ。
(これはもしかして、完全に放置されていたことに対する意趣返しか……)
加えて、隣にいる自分より先に奴隷の二人に、気が向いたことが頭に来たのだろう。つまり、ローゼリアはある意味で言葉通りに怒っているのだ。
交渉時とは、また違った意味で冷や汗が流れるのを感じた。
「さすがベノワ様の婚約者。心が広い方のようですな」
「ロプス。これは心が広いのではなく狭いのだ。どうやらオレが交渉にかまけていたのがお気に召さなかったらしい」
助け舟は、意外なところからやってきた。
当然、レーヴェはこれ幸いと思い。それに便乗することにした。
「それで契約書はできたか?」
「こちらに同一の内容のモノを二枚準備いたしました。ご確認下さい」
再び蚊帳の外に置かれたローゼリアは、益々不機嫌に陥るがレーヴェは、あえてこれを無視。契約書に目を落とす。
書面の内容は、どちらも問題なかった。獣人の返還に関する記述が追記されているだけで、他は全てレーヴェが口にした契約内容そのものだった。
もう一枚の契約書にも問題はなかった。完全に同一の内容である。
既にロプスのサインは入っているので、後はレーヴェのサインが入れば完了する。
再度、契約内容を読み、改めて問題ないことを確認するとレーヴェは、サインを入れた。
これで、契約は完了だ。
レーヴェは、用意した封筒をロプスの前に差し出し中を確認させた。
情報の書かれた紙から目を話すとレーヴェに礼をした。
「確かに情報を頂きました。契約に基づき奴隷二名をお譲りいたします。こちらが奴隷の契約証書でございます」
「確かに受け取った。中々、有意義な時間だった。礼を言おう」
「お言葉感謝いたします。もう一度お目に掛る機会があることを心待ちにさせて頂きます」
「その言葉、覚えておこう」
証書を受け取るとレーヴェは、ローゼリアを連れ立って天幕の外へ出た。
外には、正式に譲渡された獣人二名が、係りの者と共に待機していた。
「見送りは不要だ。お前たちは付いてこい」
レーヴェが、歩を進めると獣人二名も直ぐ後に続く形で歩き出した。
敷地内では、勤めて口をつぐみ流行る気持ちを抑えつけ、ゆっくりとした足取りで歩を進めた。
時折、すれ違う商家の人間からは、軽く礼をされながらも真っ直ぐ出口を目指す。
暫くすると見知った場所が現れ、ついには敷地内から出た。再び喧騒に包まれ、四人は瞬く間に人の波に飲まれた。
「次、会うときはお前の最後だ。豪商ロプス=アヴァール」
レーヴェの小さな呟きは、瞬く間に喧騒に掻き消された。
豪商ロプス=アヴァール。その人物は、この言葉通り死に向かって転げ落ちていくことになる。一代にして巨万の富を築いた商人は、自分が致命的な過ちを犯したことにまだ気づいていない。
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