第06話「キョウダン」
見えない建物の中に入った俺は、紅葉と共に奥へと進んでいく。
暗い廊下の横に蝋燭と、お化け屋敷のような装飾がしてある。間違って入ってきた人物を追い払うという意味では役に立つのだろうが……。
正直、トラウマ物だろうな……。普通のビルと思って入ってきた人にとっては。
俺には建物自体は見えていなかったから、どんなふうになっているかは解らなかったが、一つだけわかることがある。
それは確実にこの建物は外層だけでなく、中の方にも何らかの能力が掛かっているということだ。
特に俺が何らかの能力を察知できた……というわけではなく、ただ単にこの建物を元の場所に当てはめると建築基準法を犯しそうな建築がされているということになるからだ。
「ここよ」
そう、紅葉が言った場所には、今度こそ俺にも見える大きな扉がある。その扉のノブをを今度は俺が握り、おずおずと中に入っていく。
「「「ようこそ、『黒の教団』へ」」」
そんな言葉とともにクラッカーが爆ぜ、パーン、パーンという音がする。
その音の数だけ、クラッカーの中身が宙に舞い、当然正面にいた俺は多大な被害を追うわけで……。
そのまま多くの中身が俺の頭の上から思いっきり被さってくる。周りから見れば、海藻とかなにかもじゃもじゃしたものに見えるかもしれない。
そんな俺の様子を見て、その場にいる殆どの人が笑っている。
笑っている人、興味が無さそうな人、いろいろな人がいるがこの団体は俺が思っていたよりもずっと暖かく、ずっと人間味のある人が多い場所だということだけは解ることが出来た。
そんな俺に、自然と笑みが溢れる。……何時ぶりだろうこんなに自然に笑えたのは。……何時ぶりだろう人前で自然に笑うことが出来たのは。
そんな事を思えたことも何時ぶりだろうか。長いことそんな感情もなくしていた気がする。
「何か……気に触ったか?」
俺の様子が少しおかしいことを気にしたのか、この中で一番最年長と思われる男性が話しかけてくる。
「いや、……何でも無いですよ。色々思うことが……あっただけです」
そう言いながら俺は、頭の上に乗っているクラッカーの中身を頭から下ろす。
「スマンが、そろそろ本題に入らせてもらっても問題はないか?」
そう言って話しかけてきたのは、だいたい俺と同じくらいの身長をした爺さんだった。自慢ではないが、俺の身長は平均よりかは上なのでこの爺さんは結構、身長が高いことになる。
(なぁ、紅葉。この爺さん誰だ?)
クラッカーが鳴った時ぐらいから、俺のことを盾にして自分だけ安全地帯にいる紅葉にこの爺さんのことを聞く。
(爺さんって……。この人がうちのマスター。ここで一番偉い人よ)
(嘘だろ!?)
たしかに偉い人と言ったら歳をとってるイメージがあるが、目の前のこの爺さんは明らかに現役を引退しているような歳の人物だ。
「ゴホン」
小声で話し合っている俺と紅葉の会話が聞こえていたのか、爺さんは意味有りげな咳払いをする。歳をとっていても耳は確かに機能しているらしい。
「何か失礼なことを言われたような気がするが……。まぁ、いいじゃろう。ワシは『黒の教団』のマスター、冬野東蔵じゃ。好きなように呼んでくれぃ」
そう言って爺さんは俺の方に手を出してくる。
「俺の名前は榊原悠太です。これからよろしくお願いします」
なんか他人行儀すぎるかもしれないが、相手は俺より年上だ。対応はこれで間違っていない……と思う。
「んじゃマスター、俺が案内してきますよ」
そう言ったのは、さっき話しかけてきた最年長の男性。爺さんがいるので正確には最年長ではなくなったが……。
「僕の名前は宇野亮太。よろしく」
挨拶をされた後、俺は亮太さんと共に、他の人がいる場所へと向かう。
「案内すること、……と言ってもこの場所には殆ど何もないからね。とりあえずは同じ仲間の紹介を」
そう言われた先には、先ほどクラッカーで出迎えをしてくれた優しい御方々が沢山。……いや、さっき頭にいろいろ被せられたことを根に持っているわけじゃないよ?
「……? とりあえず説明するよ? 彼は河口優馬。法術使いで『植物』(プラント)の能力者。ついでにお茶好き」
「えっーと、よろしく」
そう言って軽く会釈をする、年下の少年。髪型が逆立っていて不良のようにも見えるが、お茶ずきっと……。
「こっちのが森村幸平。うちの唯一の召喚術師」
「よろしく」
俺より年上のその人は握手を求めてくる。あまり筋肉のついてなさそうな体に反し、結構力が強い。
「この子が岨野紗江。歌術師の歌い手で『癒しの歌』(エンジェルソング)の持ち主」
「よ~っろしく!」
そう言いながら、彼女は俺の背中を思いっきり叩いてくる。この団体には気の強い女子が多いらしい……。
「こっちの子が、蒼野柚羽。法術師で『状態変化』(ウォーターチェンジ)の能力者」
「宜しくお願いします」
前言撤回。ちゃんと大人しい子もいるらしい。
「コイツが加藤浩介。超能力者でうちの参謀役」
「……よろしく」
そう言いながら片手で掛けている眼鏡をあげる。……物凄く苦手なタイプの人間だ。
「で、僕は超能力者で『肉体再生』の能力者」
これくらいかな、と亮太さんがつぶやくと同時に扉が開く。
「おっ、帰ってきたか。あいつが佐藤渡。魔術師で『炎拳』(ヒートナックル)の能力者」
「……俺になんか用か?」
いま紹介された佐藤……先輩は明らかに俺の方を睨みながら、亮太さんに話しかける。
「いやいや、新人に紹介してただけだよ」
「……ハッ」
明らかに、俺をバカにしたような薄ら笑いを浮かべる。
ものすごいイライラするが相手は一応先輩だ。喧嘩を売るのはダメだろう。決して怖いからじゃない……はず。
「七瀬と紅葉のことは……知ってるよね? じゃあ紹介もひと通り終わったし、とりあえず今日は帰っていいよ」
なんかあっけなく終わってしまったが、こんな物なのだろうか? そんな事を思いながらも、とりあえず俺は言われた通りに帰路につくことにする。
紅葉に一言声をかけてから、俺は一人であの暗い廊下を通る。
……
「……なんなんすか? 佐藤……先輩」
立ち止まった俺がそう声をかけると、追いかけてきていた足音の主は驚いたのかその歩が止まる。
俺が後ろを見ると予想通り、そこには佐藤渡がいた。闇に紛れて出てきた、というのがなかなか似合っていて腹ただしい。
「何で俺がついてきていることが解った」
「そんな事はどうでもいいでしょ。なんのようですか?」
着いてきているのが解ったのは、一時期の努力の賜物だがそんな事はどうでもいい。
「なんのようですか? 先輩」
今度はできるだけ、自分でも「これはない」と思うほどの嫌味を込めた言い方をする。
「メンドクセェガキだな。……とりあえず着いて来い」
断ることもできるが断ったら後々、面倒臭いだけだろう。そう思い俺は渋々であるがついて行くことにする。
佐藤渡が向かったのは最初にきた時には気づかなかった、地下へと続く階段。そこにはここに入ってきた時に感じた闇とは比にならないような、ドス黒い”何か”があるように感じた……。