第7話 会話と危険と少年少女
今回は白河有希の視点です。
放課後。私服姿で交番の前に棒立ちしている少女が居た。
彼女の名前は白河有希、最近この地域に引っ越してきた転入生だ。
冷蔵庫の中身が寂しくなってきていたので、スーパーに行こうと思ったら場所を知らず、交番で聞いてみようと考えたわけなのだが。
「うそ………」
扉の横には、『パトロール中』と書かれた幕がぶら下がっていて、交番は全くの無人だった。
がっくりと項垂れる。万策尽きたかととぼとぼとアパートに引き返そうとすると、同じように足取り重く歩く人影を見つけた。
「あれ? 穂坂さん?」
「白河さんか」
昨日、傘を貸してくれた男の子。穂坂迅人だった。何故か制服な彼は、名前を呼ぶとだるそうに振り返ってきた。何やらお疲れな様子である。
不思議に思った有希は思い切って疑問をぶつけてみることにする。
「どうしたんですか? 帰る時いきなり教室から走って出て行っちゃったみたいですけど……」
「うん、まあ大丈夫……多分」
なんだか会話になっていない部分がある。しかも話しかけたら辺りを見回して何かを警戒するような素振りを見せている。
「?」
なんでこんな反応するのかはわからなかったが、それはそれ、これはこれと割り切ってしまうことにする。
「ところでこんなところでなにしているのですか?」
「いや、ちょっと家に帰る途中でさ」
「そうなんですか。あっ、お家の方はどこなんですか?」
「ちょうどこの近くなんだけどな。あの角を右に曲がったとこだよ」
「あ、結構近いですね。私もこの近くなんですよ」
「そっか、近いのか」
他愛のない会話。そういえばクラスの中ではこんな風に話したことなったなあと両者共に思いながら道端で話し続ける。
とそこで白河有希はあることに気付いた。スーパーの場所がわからないなら聞いてみればいいじゃないか、と考える。
「あっ、そうだ。穂坂さん、この近くのスーパーでどこかいいところありませんか?」
「へっ? ああ、この近くにあるけど」
「ちょっと教えてもらっていいですか」
「ああ、まずはこの道を左に曲がってだな………」
聞いてみると、意外と近くにあった。そういえばアパートの大家さんにでも聞けばよかったかななんて思ったけど、言わないでおく。
「そうですか、わかりました。わざわざありがとうございました」
「いや、これくらいだったらいくらでも相談してきてくれて構わないから」
「ありがとうございます、それではこれで」
ぺこりと頭を下げて食料を調達すべく駆け出す。角を曲がって、信号で左に曲がれば着く。脳内で繰り返しながら、スーパーへ行くために角を曲がって
「そんなに急いで、どこへ行くのかな?」
曲がった先に、人がいた。
引っ越してくる前に居た高校の同級生で、自分と同じ立場の人間で。
二度と会いたくないと、今もこの前もこれからも思い続けるであろう人。
「な……なんで、ここに? いえ、どうやって、ここを……」
「どうやって? そんなものは簡単だよ」
歩いて近づいてくる少年を目前にして、動くこともできなくなってしまう。
ぴたりと歩を止める彼の動きを、注意深く見る。少年は懐に手を突っ込んで、黒い何かを取り出した。
それは、一部が割れ砕けてしまっているサングラスだった。
それは、少女がよく知る人物がいつも付けているものだった。
「ッ………!!」
「聞いただけさ、君に忠実な人に……だよ」
戦慄する少女の前で、サングラスを弄ぶ少年。二人の距離は意思に関係なく縮められていく。
逃げ出すこともできずに、じりじりと後ずさる。
少年の威圧感の前に、声を上げることもできない。
背中に硬い壁の感触を感じて、肩がびくんと震える。
追い込まれた。そう理解するのには1秒もいらなかった。
後ろの壁を探るように手を動かし、誰か来ないかと必死で目を泳がせる。
「そんなに怯えることはないよ。ただついてきてくれればいいんだ。君がいうことを聞くだけで、どれだけの人が救われるか、君は分かっているのかい?」
にやにやと嗤う少年の手が、スッと少女の肩に伸びる。
反射的に肩がびくりと震え、きつく目を閉じた。
(だれか……)
口を動かしても、言葉は出てこない。誰にも届くことのない、救いを求める声。
(だれか、たすけて)
必死に動かしても、結局誰にも届かない。結局誰も気付かない。
誰にも届かない、はずなのに。
「何してんだ、てめえ」
少女の耳に入ってきたのは、つい先ほど、聞いたばかりの声。
つい先ほど会話した、クラスメイトの少年の声。
なのに、その声は今まで聞いたことのないほど冷たく、鋭く、突き刺すようなものを感じた。
おそるおそる、目を開ける。
そこには、一人の少年が立っていた。
穂坂迅人が、立っていた。