第6話 逃走と危険と少年少女
「待てぇー!!」
「誰が待つかバーカ!」
穂坂迅人、ただいま絶賛爆走中!
「あ、あははははっ……。なんつーか、もうやだ」
なんでこんなことになっているのかを簡潔に簡単に説明すると、HR終了➝帰ろうとする➝殺気を漲らせるクラスメイト(男子。女子は黙って睨んでいるだけだった)に呼びとめられる➝危機感を感じ逃走➝現在に至る。追われている本人はなんで追われてるかさっぱり分かっていない。
「もうほんともうやだ! 俺が何したって言うんだぁぁぁぁあぁっっっ!!」
一人で放つ渾身の絶叫は、かなり虚しく消えていく。
そこからさらに15分後。
「くそっ……なんで俺は追っかけられてるんだよ殺意バリバリの男共に!! ……ん?」
後ろから聞こえる足音が聞こえなくなったのを不審に思って振り向くと、いつの間にか後ろには誰もいなくなっていた。
「撒いたか………?」
追手が来ていないことを確認すると、のんびりと歩き始める。
「疲れた………もうホント疲れたぁ……」
ホントに俺何やってんだろうなとか思いながらとぼとぼ歩いて行くと、見知った顔に会った。
「あれ? 穂坂さん?」
「白河さんか」
白河有希だった。ただし今は制服ではなく私服に身を包んでいる。派手すぎず地味すぎない私服は、彼女の控えめな性格を表しているようだった。
「どうしたんですか? 帰る時いきなり教室から走って出て行っちゃったみたいですけど……」
「うん、まあ大丈夫……多分」
後ろを確認するように一度振り返ってから向き直る。その挙動不審な感じに違和感を覚えたのか不思議そうに首を傾げる白河だったが、そんなに気にすることでもないと判断したのかニコニコと微笑みながら穂坂に話しかけてきた。
「ところでこんなところでなにしているのですか?」
「いや、ちょっと家に帰る途中でさ」
「そうなんですか。あっ、お家の方はどこなんですか?」
「ちょうどこの近くなんだけどな。あの角を右に曲がったとこだよ」
「あ、結構近いですね。私もこの近くなんですよ」
「そっか、近いのか」
そんな感じでのんびりと会話し続ける二人。正直言って制服の男子と私服の女子が道端で立ち話しているというのは少しどころかかなりおかしいことに二人とも全く気付けていない。
「あっ、そうだ。穂坂さん、この近くのスーパーでどこかいいところありませんか?」
「へっ? ああ、この近くにあるけど」
「ちょっと教えてもらっていいですか」
「ああ、まずはこの道を左に曲がってだな………」
簡単に道のりを説明していく。その間にも男共が追っかけてこないかビクビクしている穂坂だが、人が来る気配はない。
「そうですか、わかりました。わざわざありがとうございました」
「いや、これくらいだったらいくらでも相談してきてくれて構わないから」
「ありがとうございます、それではこれで」
ぺこりと頭を下げて走っていく背中を見つめるとなんだか自分が引き止めていたんじゃないかとか思えてきてしまう穂坂迅人だった。
「帰るか」
そう呟いた途端、携帯が振動した。開くと、メールが届いていた。
「三城院さんからか」
内容は
『迅人、今日はなんだか刺身が食いたくなった。買ってきてくれ』
とのことだった。
(仕事中だろアンタ)
医者が勤務中にこんなメール送ってくるなよ、とか思うのだが来たものは仕方がない、と割り切ることにする。
財布の中身を確認すると、ギリギリで買える程度の額が入っていた。これで家に一度戻らなくともいける、と少しだけ足取り軽く歩きだす。しかしメールが来なければ帰るだけで済んだという事実に気付いていない穂坂だった。
のんびりと歩を進めて、角を左に曲がる。そこには
白河有希が立っていた。
だがしかし、彼女は壁に追いつめられるように立っていた。
その白い手を背中に隠すようにして、助けを求めるように目を泳がせている。
彼女の目の前に立つ、痩せた茶髪の少年はニヤニヤと笑いながら彼女に話しかけていた。
ふと、少年が少女に向かって手を伸ばした。
彼女はその小さな肩を震わせると、怯えるように目を閉じた。
その唇が動いたのを見た穂坂迅人は、一瞬で事態の危険性を把握した。
少年の手が届く前に、穂坂は一歩踏み出した。