第3話 家主と会話と少年
今回いつもよりも短めです。
美少女転入生白河有希が転入してきてから三日。彼女を囲むクラスメイト達の雰囲気も少し落ち着いてきたと穂坂は思う。
まあ、あくまで『少し』、なのだが。
「ただいま」
「おお、帰ってきたか」
帰ってきたときの定番の挨拶をしたら定番ではない凛々しい声が返ってきた。
だがもう少年にとっては日常の一部でしかないから、気にすることもなく部屋に進む。
「待ちくたびれた、早く夕食を作ってくれ。実際のところ昼から何も食っていない」
腰まで伸びた茶髪を頭の上の方でくくった、要するにポニーテールの女性。化粧を落とした整った顔立ちは疲労など微塵も感じさせず、口元には笑みが浮かんでいる。
だが疲れているのは本当らしく、テレビの前のソファに寝転がって両腕を投げ出している。
うすい黄緑のハイネックのTシャツとベージュのカーゴパンツを身に纏った家主を見た穂坂はげんなりと脱力して溜め息をついた。
「弁当持っていかなかったのかよ」
「うむ」
「いや、うむっておい……」
彼女はこの近くの総合病院に勤めていて、その人柄(と美貌)から患者から指名がくることもしばしばだった。
「まったく、病院のマスコット的存在が家でこんなことしているって知られたらそれだけで病院潰れるかもしれないよな。そうだろ? 天国の門番三城院さん」
天国の門番、とは医者である彼女、三城院響の二つ名で、瀕死の重傷患者の手術をも成功させることからそう呼ばれるようになった。
天国の門番と呼ばれていることもあり、この地域で彼女は有名人なのだが、十年以上共に暮らしている穂坂でさえ、彼女の年齢を知らない。年齢に限らず、彼女は知ってるようで知らない事が多く、かなりの部分が謎に包まれている。
「これはこれ、それはそれだろう? 私だって疲れたら家でゴロゴロしたいと思うさ」
「そりゃそうだけどさ」
着替えてから用意するよ、と言い残して部屋から消えた背中を見つめて、三城院響は溜め息をついた。
「腹減った……」
更にもう一度溜め息をついて、ソファの上で伸びをする。
(さて、今日あたりにでも聞こうと思っていたが、どうやって切り出すか……)
彼女の頭の中には、仕事の休憩中に見つけた知り合いの少女のことがあった。
ここに居るはずのない少女。
別の世界に居るはずの少女。
(迅人のことだ、何かしら知っているだろう)
根拠のない自信を持ちつつ、疲労から彼女の意識は眠りへと落ちていった。
彼女がソファの上で爆睡するのを見た少年が、夕食の準備を終えて彼女を起こしたのはそれから30分後のことである。