第1話 朝と頭突きと少年少女
「あふぁ………」
机に身を預けて、眠そうに欠伸をする少年。
「どうしたんですか穂坂君、眠たそうですね」
少年の傍らに立ち、満面の笑みで問いかける少女。
「なんか中学の先輩から連絡きたらしい」
少年の机に腰掛けて独り言のようにつぶやく別の少年。
「それでなんで寝不足になるのよ」
少年の前の席に座り、呆れたように言う少女。
この学校の入学式が行われてから、一週間ほど経っていた。
少年達はいつもと同じような朝を至極まったりとした空気で過ごしていた。
「いやもう昨日連絡が来てさ、夜通し話してたんだよ」
眠そうに目を擦りながらぼやく少年、穂坂迅人。
「いったい何話してたんですかぁ?」
ニコニコ笑顔を少しだけ引きつらせて再度問いかける少女、真中龍華。
「どーせあの先輩からだろ? 大体想像できる」
机に腰掛けたまま顔をしかめる少年、上城勇人。
「ていうか夜通し話すほど仲いい先輩なの?」
前の席に座ってふしぎそうに問いかける少女、野村蓮。
クラスメイトである彼らは、登校してから担任教師が来るまでの時間をしゃべりながら過ごしていた。
「それなら穂坂君、今からとびっきりの方法で起こしてあげましょうか?」
とびっきりの笑顔で言う真中。どうやって起こすのかはわからなかったが穂坂はその厚意を受け取ることにしたらしく、
「じゃあ、頼む………」
ゆっくりと瞼を閉じて言った。
そんな様子を見て彼女はにっこりと笑って(というかずっと笑っているが)彼の前に立ち、彼のこめかみの辺りを包むように優しく押さえて軽く胸を反らして
勢いよく額と額をぶつける、要するに頭突きを繰り出した。
がごんっ!!という音がするほどの勢いで繰り出された頭突きをもろに受けた穂坂は比喩でなくひっくり返る。ちなみに一番後ろの席なため巻き込まれたりした人はいなかった。だが受けた本人はかなり痛かったらしく、床に転がったまま額を押さえて声無く悶絶していた。
「目、覚めましたか?」
100%が善意でできている微笑みに返事ができるわけもなく、ただただ無言で悶絶する。
「………覚めたっつーか、やりすぎだな」
「てか上城、もっと他に言うことはないのかって私は言いたい」
蚊帳の外だった二人がぼそりと漏らしたつぶやきは当人達には聞こえなかった。
そんな出来事があった5分ほど後、クラスメイト達が大分登校してきて、その中に彼らは遅れてやってきた友人を見つけて声をかける。
「キョウタ、遅いじゃん。いつまで寝てたのよ」
「うっせ。遅刻しなきゃいいんだよ。てか俺の机に我が物顔で座ってんじゃねー!」
キョウタこと東野京太郎。野村蓮の幼馴染。ちなみにキョウタ、と呼ぶのは野村一人である。
「おっす東野、今日も普通だな」
「登校したら普通だなって言われた?! ってゆーか普通でなにがわるい!」
普通な髪型に普通な顔。本人もすでに開き直ってしまうまで東野京太郎は普通だった。
「大声で叫ぶな朝から……。こちとら頭痛いんだよ………」
ものすごく不機嫌に訴える穂坂。さっきのダブルショック(頭突き+後頭部を床に強打)のダメージが抜けきっていないらしい。
「てかどうした穂坂その頭というか真っ赤だぞ」
「深くは聞くな………」
ぐったりと机に突っ伏しながらげんなりと答える穂坂に首をかしげながらも、東野は鞄を机に放り出して言った。
「なあなあ、もしかしたらの話なんだけどさ」
のんびりと椅子に腰掛けながら言う彼に、四人の視線が集中する。
「転入生が来るかもしれないぜ?」
疑問形で言われたその言葉は、その周りの空気と一瞬凍結させた。