第18話 急転と仕組みと少年少女
「ってめ、こんなことして瀧田さんが黙ってねごがふっ!」
「の野郎! てめえ、顔は覚えがげばっ!?」
何とも残念な怒鳴り声の後に、どさどさと何かが倒れる音が連続で響く。
「…………………はぁ」
「おっ疲れさまーん。なかなかいい仕事っぷりだったよー」
今日もまたタイミングよく現れてくる生徒会長にものすごく呆れた視線を送りながら、迅人は頭を抱えるようにしてしゃがみこんだ。
「やっぱり連戦はキツイかなー? こんなの続いてお疲れかい?」
「キツイわけじゃないんだけどねー。ちょっとどっかの誰かさんが人知れず暗躍してるからクラス中大騒ぎなんだよ」
思いっきり嫌味を言ってくる後輩に微笑みかけながら、谷原遼一は「まあそれはいいんだけどさ」と、一枚の紙を迅人に押し付けた。
「なにこれ?」
「依頼主さんからだよ。連絡先を知らないから渡しておいて下さいってさ」
それでさー、と会長はニヤニヤと笑いながらこんなことを言った。
「ちょっとだけ事態が深刻になってきたみたいだよ、それ」
紙にはこう書いてあった。
『事態が急転しました。この紙が渡された日の午後6時に、詳しいことは先日会った喫茶店でお話します』
「僕の方も本格的に動かないといけなくなってきたようだ」
「?」
言葉の趣旨がつかめずに首をかしげる迅人に、谷原は少し声のトーンを落としてこう言った。
「『白河有希の誘拐を目的とした会合が行われる』という情報をキャッチした。…事態は本当に深刻みたいだね」
その言葉を聞き終える前に、迅人は地面をけって駆け出していた。
まだ5時にもなっていなかったが、迅人には何故かあのおかしな口調の少女が座って待っている気がした。
取り残された生徒会長は微笑みながら後輩の背中を見送った。
「まったく、どうしてここまでお人好しなのかな。あいつは」
そして、どこか嬉しそうにこう呟いた。
「………そこが、みんなに好かれて、みんなに嫌われてる理由だってのにね」
緩やかに紡がれた独り言は誰にも届かなかった。
「あら、随分と早いですね。穂坂迅人さん」
「………いや、そうは思ったけどさ。そうは思ったんだけどホントにそうだとはね? いやそうだとは思ったけどさ………」
5時を少し回ったころ、息を切らせた穂坂迅人が喫茶店に到着した。
のんびりと挨拶をしてくる白河夏希は、茶色い封筒を1つ持ってきていた。夏希が陣取るテーブルの上にきっちりと置いてある。
「ですがおかしいですね、たしか谷原さんにお渡ししたメモには『6時に喫茶店で』というものだったと思いますけど?」
「その台詞、そのままそっくり返せるだろうな」
半ば呆れたように返して、夏希の前の席に陣取った迅人。腰を下ろして、視線だけで喫茶店内を見回す。
相変わらず客どころか店員さえいない。だからこそこんな話し合いができるのだろうが。
「ええ、私も貴方のことを言える立場ではありませんが………ですが先程、連絡がありましてね」
「???」
「穂坂さんが来る前に話し合いを………と思ったのですが、この際まとめてお話ししてしまいましょう。………ですから、もう少しお待ちしていただけますか?」
「? ………いや、いいけどさ」
途中から殆ど独り言になっていたため何が言いたいのかサッパリな迅人だったが、こういうのは一応了解しておいたらいいかななんて思っていたりした。
「そんなに簡単に言ってしまっていいのですか………ある程度は警戒するとか考えないんですか?」
「ん? 今なんか言ったか?」
「いえ、なんでも」
そんなこんなで二人は待ちに徹することになるのだが。
「……………やることが無いな」
「……待ちとはそういうものだと思います」
女子中学生一人と男子高校生が一人。これだけ見ると少しキケンなシチュエーションなのだが、この二人の間にそんな空気は一切ない。
ただ同一の目的のために集まっているのだから、そのような感情は無いのかもしれない。
「…………ヒマだ」
「…もう少しだけ待って下さい」
双方ともに少しづつイライラしだしてきた。二人して待つのが苦手なのかもしれない。
そこからさらに10分ほど経過した頃、沈黙を守り続けていた扉が音を立てて開いた。
「あら、いらっしゃいませ」
ゆるやかに、白河夏希は訪問者に言い放つ。
「っ、てめえは………!!」
「なっ………? これはどういうことなんだ!?」
名前も素性も分からない。それは二人とも同じこと。
訪問者と穂坂迅人。決定的な二人の違いは、相手に対して向けているものが敵意がであるか、疑問であるか。
店員も客もいない喫茶店の訪問者は、穂坂迅人がこの案件に介入するきっかけとなってしまった人物。
白河有希が明らかな畏怖の念を向けていた少年だった。