番外話 暗躍と連絡と少年少女
「へえ、またあいつ厄介事に首突っ込んでんのか」
『そうなんだよ、しかも今回はかなり厄介なんだ。誰にも話せないし相談もできないんだよ』
「そりゃ御苦労様なこった」
夜。とある市のとある公園のベンチに少年が一人座っていた。
少年は自分のものではない携帯で、とある高校の生徒会長と電話をしていた。
「で、なんでわざわざ電話なんかしてきたんだよ。それだけ言っときたかったんだよじゃーねで済ませるなよ」
『あっはっはー、普段だったらそれだけで済ませるんだけどね、今日はそれだけじゃないんだ』
「? なんだよ」
なんだかほんの少しだけ真剣みを帯びた声に、警戒心を強める少年。
『最近、ちょっとした事情があって不良グループの動きが活発化してきてる傾向がある』
「何?」
『東中も例外じゃないし、そっちの高校だってそうだ。狙いがこっちに向いてるから大丈夫だろうけど、そのあたりを注意してほしい』
「はあ? よーするに俺らは黙っててめえの言うことを聞けってか?」
『そういうわけじゃなくて、ちょこっとだけ心配だっただけさ。あ、こっちは大丈夫だから、心配しなくてもいいよ』
「まあいいんだけどよ。ところでカイチョー、ちょっといいか?」
『なにかな?』
少年は勿体ぶるように一瞬だけ黙って、こう言った。
「………さっきからあんたの声が聞きたいってうるせーんだ、代わるぞ」
それだけ言って、少年は目の前に居る少女に携帯を突きだした。
「ちょっとカイチョー酷いんとちゃう!? なんでウチの携帯に掛けといてなんで北条に代われ言うねん! 有り得へんがなほんまにぃぃ!! ……え!? だって北条じゃないと話進まないやて!? じゃー最初っから北条に掛けたらええやん! なんでわざわざウチに掛けんねんーっ! 冗談じゃないわ!」
携帯を引っ掴みぎゃあぎゃあと喚きたてる少女。長い黒髪を後ろで一まとめにして結んでいる。
整った顔立ちをしていて、口がなんだか猫みたいなのが特徴的だった。
スタイルも抜群で、白い長そでのシャツの下から大きな双丘が凄まじく自己主張している。
身長が平均より少し高く、少年より一つ年上だった。
「え? それよりも花嵜達がどないしてるかやて? あのな、今はその話じゃなくてもっと真剣にな……」
その似非関西弁をやめれば男も寄ってくるんじゃないかと少年は思っているのだが、言っても無駄だと思うので言わないでおく。
「ねえ」
「あ?」
声を掛けられて、ぼーっとしていた少年は間抜けな返事をした。
「かいちょーは、なんて言ってた?」
それは、少年よりも頭二つ分ほど背の低い少女だった。
「べつに大したことは言ってなかったがな」
「そう?」
少女はサラサラとした黒髪を肩の辺りまで伸ばしていて、夜とは言っても4月の中旬なのに、黒いコートを羽織っていた。
感情の籠っていない瞳は、どこを見ているのか分からないような感じがした。
電話に怒鳴りつけている少女とは違って、胸部には微かな膨らみがあるかないか。コートを羽織っているため分からない。
「それよりお前、暑くないのか?」
「ん、べつに平気。あつくなんかない」
ムキになってるとか強がってるとかそういうわけではなく、あくまでただ興味がなさそうに言う少女。
「……沈黙、げんきかな」
少年の顔が、よく知っている人物の呼び名を告げられて忌々しげに歪んだ。
「彼らならば心配は無用でござろう、そう気負われるな」
また別の声が聞こえた。どこかおかしな(古風な)口調でのんびりと告げる少女だった。
「気負ってなんかいない。ただ少し心配なだけ」
「そうでござったか」
くっだらねえ、と吐き捨てた少年は、街灯に照らされていないベンチの暗闇へと目を向けた。
そこには、少年達より一つ年上の、少年が座っていた。
「………谷原は何と言っていた」
「不良集団に気をつけろだってよ」
「………そうか」
簡潔に告げて、少年達が一度、全員沈黙する(電話を握りしめた少女は電話と口論を続けていたが)。
「けど、それだけなら、かいちょーが電話してくることはない、と、思うのだけれど」
「そうでござるな。そのような些事で谷原殿が連絡を寄越すとは思えないでござる」
「………何か、あったのか」
三者三様の反応を見せる仲間達にどう言うか一瞬だけ迷ったが、
「単なる気まぐれだろうよ、いつものことだろ」
そういう彼も、実はあの会長がなぜ連絡してきたのかは分からない。
正直、生徒会長が理由もなく連絡してくるということは今まで全くなかった。
ただ、いつも「単なる気まぐれだよ」で済ませてしまうから質が悪いのだ。
「うん? ああ、そうなん? へーえ、あいつらにオトモダチねえ……ウチが言うのもなんやけど、結構なモノ好きやね」
まだ電話をしている少女だが、一応落ち着いてきたようだった。
「え? 北条に代われ? ……わかった、代わるでー」
ほら、と携帯を突きだす少女。渋々と言った感じで受け取ると、携帯を耳に近付ける。
「何だよ?」
『今回のことはなるべく口外しないでくれると助かるんだよ、余計な混乱は招きたくないからね』
「ああ、分かってる」
心の底から面倒臭そうに返すが、内心、この人物が口外することに危機感を持っていることに驚いていた。
『今回ばかりは重要機密事項ってヤツでさ』
「わかったよ、口外しなきゃいいんだな」
『助かるよ。それじゃあ今日はもう遅いし、何かあったらまた連絡するから』
「はいはい」
それだけ言うと、通話は切れてしまった。
少年は携帯を折りたたみ持ち主に押し付けると、ベンチから立ち上がって辺りを見回した。
四人と一瞬目を合わせると、視線が少年の方向に一斉に向いた。
「まあ、口外しなけりゃいいんだろ?」
月も見えない夜。とある市のとある公園で。
過去と今を混在させる話し合いが行われた。