第14話 妹と爆弾発言と少年少女
「まずは自己紹介ですね? お互いに」
少女にとある喫茶店に連れてこられた穂坂迅人。
この位の時間帯なら客の一人や二人いるはずなのに、全くいない。
無人だった。見回してみれば、店員どころか店主らしき人影も見えない。
(………どういうことなんだ……?)
不自然すぎる光景に悪寒を憶えるが、顔には出さず少女の座る椅子の反対側、少女に顔を合わせるように陣取る。
「では、そちらから自己紹介をしていただけます?」
「俺から? あそこまで知ってるなら他のことなんざ大体わかるだろ」
「他人に聞くより本人から聞いた方が憶えやすいのですよ」
「…………………………」
あまりにも等閑な言動に一瞬困惑する穂坂だが、もともとこの少女の目的は話を聞かせるだけではないだろうと踏んだ。
「穂坂迅人。高校一年の16歳」
「そうですか。それでは今度は私から」
少女はゆっくりと笑って言った。
「私は白河夏希と申します。中学二年生の14歳です」
「………!」
「昨日は姉がお世話になりました」
絶句した。
「……………………………………って、ことは」
「はい、白河有希の妹です」
再び絶句した。
ああそう言えばよく似ているなあとかそういう次元の問題じゃない。簡単にいえば瓜二つだった。
目も耳も鼻も口も眉も、全てにおいてそっくりだった。
「お姉さまによく似てるって言われるんですよ。あまり間違われたりすることは無いのですが」
なのに今まで気付かなかったのは雰囲気が違うからだろう、と適当に結論付ける。
「では、本題に入りましょう」
二つに縛っている艶のある黒髪を弄びつつ、緩やかに言葉を紡ぐ少女、白河夏希。彼女はゆっくりと、子供に童話を読み聞かせるように言った。
「私とお姉さまは、とある大企業の社長の娘ですわ」
「!? ………は?」
「まあそういう立場である以上は人間関係の上での摩擦は多いわけでございまして「ちょっと待て、ちょっと待ってくれ」………なんでしょう?」
話を遮られて多少不機嫌になった夏希だが、穂坂迅人からしてみれば今の発言は聞き捨てならない。
「………とある大企業の社長の娘?」
「はい。そう言った立場である以上は人間関係での摩擦は多いのです」
どうやら彼女は話を進めるつもりらしいが穂坂からしてみればつい最近やってきた転入生が大企業の社長令嬢だと言われても困る。
(………………………………どういうことなんだ…………………)
なんだか思考が泥沼にはまりそうになっているわけだが、そんな事を気にしてくれる少女ではなかった。
「その人間関係の摩擦は人の妬みや恨みとも直結します」
「そこから生まれた妬みや恨みなどの感情が膨らむことがないというわけではありません」
「膨らんだ負の感情」
「その感情からくる精神的負担は減らしたいと思うのは人間からすれば当然と言えます」
「それを減らそうと策を練り、実行した場合」
「行動によって結果は変わりますが、考えられる悪い行動とその結果がどんなものか、分かります?」
「…………………まあ、いろいろあるだろうな」
いろいろ、という曖昧な表現をしたのは、悪い行動と結果が想定できなかったからではない。
「そんなものは人によって変わるだろ。悪いパターンなんていくらでもある」
幾度となく悪い結果を直視してきたからこそ、言えることだった。
「……………………………で、何が言いたいんだ」
本題は、そこではない。
論じるべき課題は、そこではない。
「これを言うために俺のことを調べたわけじゃねーだろ。本題は何なんだ」
無駄話はここまでだ。と彼は言外に宣言する。
「さっさと本題を話してもらおうか。俺も聞きたいと思っていることが出てきた」
静かに、別の言い方をすると冷やかに先を促す。
ここで彼は気付くべきだったかもしれない。
目の前の少女は、これまでの会話の中でもいくつかの爆弾発言を平然と言い放ってきたことに。
彼女は指で自分の黒髪を弄りながら、こう言った。
「この地域にいる中高生の不良たちがお姉さまを狙う日が来ますわ。遠くない未来に」
その日。穂坂迅人の日常は急激に変わる。