第8話 妹と情報と少年少女
「ねえねえ、兄貴ィ」
のんびりと間延びした声。それが自分を呼んでいるのだと知っていても、少年、東野京太郎は振り向かない。
「兄貴ぃ、聞こえてる? 聞こえてても無視してるのぉ?」
再度呼ぶ声が聞こえても、やっぱり少年は振り向かない。
「ねえねえ、兄貴ってばああ!!」
「ぎゃああっ!?」
肩が外れるかと思うくらいの衝撃と激痛に、少年は座っている椅子から転げ落ちそうになりながらも絶叫する。
「あ、やっと返事してくれた~。無視するのはやっぱり良くないと思うんだ、うん」
「今のが返事に聞こえたお前は今すぐ病院に行って来いっ!! それと肩に踵落としはやめろ肩外れるわ!」
冗談抜きの本気の絶叫に少しは反省したのか、ちょっと黙り込んでしまう少女。
「あのさ舞、聞いていいか?」
「何?」
舞、と呼ばれた少女は可愛らしく首をかしげる。
東野舞。名前から察してもらえると思うが、東野京太郎の妹で、この近くの中学校の二年生である。
「………なんでお前部活あるのに帰宅部の俺より早いの?」
本来彼女は今頃所属している柔道部で練習しているはずなのだが、帰宅部である京太郎が帰ってきたころにはすでに彼女は居間でくつろいでいた。
「それはぁ、それはね~」
なんだかものすごく楽しそうに言う妹が何言うか警戒していた京太郎だったが、そんなことお構いなしに彼女は告げる。
「部活の同僚が顧問の頭に花瓶落としちゃったんだ~」
「それはそれで大問題だよな! でもなんでそこまでお前は嬉しそうなの?!」
「それで暫くは部活動停止~っ、てね」
「顧問も停止してるわ!!」
なんだか内容がエグい兄妹コント。それを傍観する人物は3人。
「なんというか、東野君の妹さんって個性的ですよね」
「その意見は全面的に賛成だが、自分はどうなのか考えたことあるか?」
「こういうのはしょっちゅうあるのよね。よくあることだからスルーしといてもいいと思うけど」
真中龍華、上城勇人、野村蓮の3人だ。
野村家は東野家の隣にあるため、蓮は舞と親しかったりする。
この時穂坂迅人は殺気立つ男子達から逃げるために爆走してるのだが、彼らは成り行きで東野家へ来ていた。
「それで、その妹さんが言う『情報』ってのは何なんだ?」
上城が半分独り言のようにつぶやいた言葉。東野宅に訪問して、扉を開けた途端に『兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴ィ! ちょっと大変な情報をもらってきたりしたんだよ注目注目ーっ!!』とお出迎えされた4人なのだが、少しどたばたして後回しになってしまっていたことだった。
「そうそうそうそう情報なの情報! よくぞ聞いてくれましたーッ! 電車で来てる人には関係ないかもだけど、近くに住んでる人には大変重要だったりするんだよー」
「舞、とりあえずちょっと落ち着いて話してくれる?」
「えー、私は落ち着いてるよ平常心だよ冷静なんだよ異常なしなんだよ蓮ちゃん」
「そのマシンガントークの時点で落ち着いてないでしょ」
とりあえずの処置としてコップに入った水を渡すと、2秒で飲み干した東野妹。(誤字ではない)
「ふう。まあ最初っから説明していくとだね、この近くに東ヶ原中学校ってのがあるんだけど、それは知ってる?」
東ヶ原中学校。この地域の数少ない中学校のうちの一つ。
「東ヶ原……有名な不良の中学校ですよね?」
思い出したかのようにつぶやく龍華。表情はいつもと同じような微笑みだが、その言葉の内には不安が見え隠れしている。
「そうそう、その東ヶ原。四年くらい前まではただちょっとカッコつけたりしてるだけの学校だったんだけど、最近なんだか急に荒れだしたんだよね~。他校の生徒に手出してるのもいるんだよ?」
「なあ、それがなんで『情報』なんだ?」
不思議そうに問う兄に「まあまあ、まだ続きがあったりするから待っててよ~」と飼い犬にお預けするような感じで勿体ぶる舞。
「まあ、今の話を聞くとさ、ちょっとおかしいところがない?」
突然、誰にでもなく問いかける舞。質問の意味が分かってないのが二人、質問の意味はわかるのが一人、言いたいことが分かったのが一人というような形になる。
「四年くらい前はカッコつけるだけ、最近になって急に荒れだした。さて、二、三年前はどうだったのかな?」
「あっ……」
そこまで言われてようやく気付いた蓮と京太郎。
「二、三年前は……何があったんですか?」
年上なのに舞に向かって敬語な龍華。その問いに答える舞は、どこか憂うようなな表情だった。
「荒れてなかった、と言ったら少し語弊があるかもなんだよ。不良が居なかったわけじゃないからね」
年下なのに龍華に向かってタメ語な舞。口調はふざけているのに、表情はどこまでも真剣だった。
「………っとここで質問!! この中で東ヶ原中卒業した人ーっ! ハイ挙手ッ!!」
突然表情も話の内容も100%切り替えた中学生にその場の誰もが唖然とする。
「おい、どうしたんだいきなり?」
「まあまあ黙って黙って! これ以外と重要なんだからさ!」
「でも、俺と蓮は違うぞ?」
「私も東中ではないです……」
「………俺は東中出身だが」
今まで一言もしゃべらなかった上城のあまりにも小さな自己主張。けれどその一言はこの場を沈黙させるには十分すぎた。
「「ええ?!」」
中途半端なところで終わりましたが、次回も京太郎視点で行きます。