決壊
あの地震から一夜が空けた。
ユウキに聞いたところここの集落は月ヶ瀬村というそうだ。
月ヶ瀬村には40人ほどしか村人がいないそうだ。
みんな農業や林業で食べていってるらしい。
「おはよう。」
加野も起きてきたようだ。
「おはよう。」
麻生は挨拶を返した。
空は昨日と同じで晴天だ。
まるであの地震が嘘だったかのように思える。
「どうする?これから?」
加野が聞いてきた。
恐らく名阪国道は倒壊したり破損した車ばかりで通ることはできないだろう。
復旧作業や救助、被害はどれくらいなんだろう?
とにかく情報が欲しい。
「…あ。」
麻生は声を漏らした。
「な、なに?」
「カーラジオがあるじゃん!」
CR-Xについてるカーオーディオ。
ラジオも聞けるのだ。
なんでこんなことに気づかなかったんだろうか!
麻生と加野は急いでCR-Xの元へ駆け寄った。
エンジンをかけてカーオーディオをラジオに合わせる。
「…ピィ……東海地震……被害はなおも……機能せず……ガッ………ガ……」
そこでラジオからはノイズしか聞こえなくなった。
「山間部だから電波の入りが悪いのかな?」
「そうかもな。でも震源地は大体分かったな。起こる起こると言われていた東海地震がついに起こったんだ。」
「私たちは大阪に向かうから被害が少なくなっていくといいんだけど…。」
「そうだな…。」
大阪は東海じゃなくて関西だ。
きっと無事なはずだ…。
そう言い聞かせるしかない。
麻生はポケットからタバコを取り出して銜えた。
ライターで火をつけると車内にタバコの煙が充満した。
「あんたいいかげんにやめなさいよ。」
加野が煙たそうに言った。
やめよう!と思ってやめれたら苦労はしないんだがな…。
麻生は思い切り煙を吸い込んでニコチンが体内に入っていくのを楽しんだ。
フロントガラスから見える景色。
紅葉がかっていて綺麗だ。
やっぱり俺は都会よりもこういう田舎の方が好きだな。
ふと、集落のはるか上の山頂に目が止まった。
山頂に何かある。
なんだろうか?
コンクリートでできた大きな壁?
麻生はアタッシュケースからデジタル1眼レフカメラを取り出した。
麻生の車以外の趣味。
それは写真撮影だ。
車の走行写真を撮影したり友人の結婚式を撮影したり。
写真は人を喜ばせることができる。
喜んでもらえるとこちらもうれしいものだ。
300mmの望遠ズームレンズを選択して本体に差し込んだ。
サーキットで走行する車を撮影するのに重宝するレンズだ。
これで遠くの被写体を大きく撮影できる。
そうして麻生はレンズ越しに山頂を見てみた。
山頂のコンクリート部分が拡大されて見える。
「ダムか……。」
それは大きなダムだった。
見た感じ人はいなさそうだ。
視点を移動させる。
するとある異変に気づいた。
コンクリートの壁の一部分から水が勢いよく漏れ出している。
「………」
地震の影響で壁に亀裂が入ったのか…。
「……まずいぞ…!」
今は亀裂で済んでるから水はそこまで溢れ出てはいない。
だが、次に余震でも起きようものならあの壁は簡単に決壊するだろう。
それほどまでに壁には亀裂が入っている。
ダムから視点を下にやっていく。
調度……真下に月ヶ瀬村があった。
「か、加野さん!!急いで村人を集めるんだ!!」
麻生はCR-Xから飛び出して集落に向かった。
「え?え?ちょっと!!」
加野も後を追った。
麻生はまずあの老人に声をかけて村人を集めてもらうことにした。
元々40人ほどしかいない村だ。
伝達は早く、1時間ほどで村人全員が集まった。
「なんじゃい?この忙しいときに。」
村人達は怪訝そうな顔をしている。
麻生はデジタル1眼レフで撮影したダムの写真を見せた。
「皆さん、あの山頂にあるダムが今にも決壊しそうなんです!」
「な、なんじゃいこりゃぁ!!」
「せやからワシはダム建設に反対じゃったんじゃ…。」
ざわめきが起こる。
村人達はうろたえていた。
「で、どうする気なんじゃ?」
あの老人が麻生に声をかけた。
「ど、どうするって…逃げるしかないじゃないですか!」
「どこまで?どうやって逃げる?」
「う……」
この村にいる人達は大半が老人だ。
他は30代、40代など……子供は数人しかいない。
この人達の体力ではそんなに長距離を歩くことはできないだろう…。
となるとやはり手段は車か…。
「車をかき集めましょう!乗れるだけ乗せて逃げましょう!」
「まぁ……車は3、4台はあると思う。だがどこに逃げるんじゃ?」
……どこに逃げるかって言われても……俺はここの住民じゃない。
地理なんか分かるはずもない…!
「分かるわけないでしょう!?僕はここの地理は知らない!」
「……ふん。ちゃんと考えてから行動せぇ。」
この老人の発言にさすがにカチンと来た。
だけど今はケンカをしている場合ではない。
「……ワシが道案内してやる。」
「…え?」
「ここから農道を通っていけば名阪国道を使わずに西の方に抜けれるんじゃ。」
「お、おじいさん……!」
「ほれ!!さっさと車を集めるぞ!」
老人の掛け声と共に男数人がそれぞれの自宅に走っていった。
こんな田舎の村じゃ車を持ってるほうが珍しいんだな。
…でもこれで助かる段取りはついたし、大阪の方へ近づける…!
一安心だ。
「なんとかなりそうね。」
加野が言った。
「そうだな。」
麻生は笑って返した。