絶望
-。
うめき声が聞こえる。
一人じゃない。
沢山の人の。
うめき声が
聞こえる。
「はっ!」
麻生は目を覚ました。
体に痛みはない。
四肢は動く。大丈夫だ。
あれは地震だったのか?
大きすぎてよく分からなかった。
グラグラと揺れる地震ではない。
まるで地面の奥底で大爆発が起こったかのような地震だった。
加野を見る。
意識を失っているようだ。
「おい!起きろ!!」
麻生は加野を揺さぶった。
加野はうっすらと瞳を開けると、目に飛び込んできた景色に絶句した。
CRーXとアルトワークスは地震の直前で停止した。
それが幸をそうして無事だった。
他の車は止まらなかった。
おかしいなと思いながらもそのまま帰路につこうとした。
そうして時速80キロで走る車体ごと地震の揺れを受けた。
衝突した車。
横転した車。
炎上した車。
トラックの下敷きになった車。
……まるで映画のセットの中だ。
「……あ………あぁ……。」
二人はただただその光景を見つめた。
呆然と見つめた。
「た…け……」
かすかに聞こえてくる助けを呼ぶ声。
誰も助けには来てくれない。
辺りは火の燃えたぎる音と、うめき声と、何かが崩れ落ちる音しかしない。
普段ならどこに行っても聞こえてくる車の走る音。
それがまったく聞こえてこない。
麻生はユラユラと歩き出した。
車体から伸び出る手。
その手を握る。
その手は冷たかった。
「……あ……。」
死んでいる。
死んでいるのだ。
人が沢山。
死んでいる。
-ズズズズズ…
少し地面が揺れた。
余震という奴だろうか?
もしかしたらまた大きな揺れが起こるかもしれない。
二人がいる場所は山間に作られた橋の上だ。
今度地震が起きれば…橋が崩れるかもしれない。
前を見ると月ヶ瀬インターの出口が見えていた。
あちこちの車が障害物になりそうだが…行けないことはないだろう。
「か、加野さん…。逃げよう。」
麻生は月ヶ瀬インターを指さした。
「ち、近くにまだ生きてる人がいるわよ…?」
「は、橋が崩れるかもしれない…。」
「み、見捨てるの?」
「………仕方ない……と思う。」
うめき声が聞こえる。
聞き取ろうと思えば何と言っているか分かる。
でも、聞き取ろうとはしない。
聞いてしまえば罪悪感でいっぱいになりそうだから。
俺たちに何ができる?
何もできない…。
死を見届けてやることはできるかもしれない。
最後の言葉を聞くことができるかもしれない。
でもそうしてるうちに橋が崩れて俺たちが死んだら?
……。
麻生と加野は黙って車に乗り込んだ。
エンジンをかける。
バックミラーで加野の方を見ると何か言っているのが分かった。
加野はそのままアルトワークスから降りると麻生の元へと駆け寄った。
「どうした?」
「エンジンがかからないのよ…。」
「地震の影響か?」
「……分からない。」
「とりあえずCRーXに乗れよ。近くで助けを呼んで戻ってこよう。」
そう、逃げる訳じゃない。
見捨てる訳じゃないんだ。
助けを呼びに行くだけ。
そう言い聞かせるために言った。
「……分かった。」
加野は回り込んでCRーXの助手席に乗り込んだ。
麻生はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
名阪国道で動く車はこのCRーX1台。
遠くの方までCRーXの排気音が響いた。
そしてそれは絶望の中にいた人々を呼び起こした。
「た!!けて!!!!」
「けて!!!こ!!!!」
「ああああ!!!!!」
「たす…!!!」
「ここぉ!!!!ここぉ!!!!」
「た…けて!!!た…けて!!!!」
辺りは一気に騒がしくなった。
もはや日本語ではない。
腹の底からわき出る助けを求める声無き声。
「………。」
麻生はただ、月ヶ瀬のインターだけを見つめた。
あんな…ぺしゃんこに潰れた車からどうやって助けろっていうんだ!!!!
無理だ!!!!
無理なんだ!!!!!
ステアリングを握る手がプルプルと震える。
麻生は思考を遮断した。
月ヶ瀬の出口に行く。
ただそれだけを考えた。
CRーXはトロトロと進んでいった。