始まり
-2015年 柏原峠-
「パアアアアアアンッ!!!!」
「ブァアアアアアアアアアア!!!!」
「キイイイィィィ!!!!」
大阪と奈良の県境にある柏原峠。
ここでは夜な夜な爆音が響きわたった。
走り屋と呼ばれる者達の集まりである。
車高をギリギリまで下げて、爆音のマフラーを装着する。
端から見ればそれはただの暴走族だ。
だが暴走族とは決定的に違う点が彼らにはあった。
それは『速さ』を求めているということ。
-誰よりも速く-
それが彼らの目標であった。
赤い車から一人の男が降りてくる。
その男こそ赤下だ。
赤い車はマツダのRXー7 FC3型。
「加野ちゃん速なったなぁ!!」
車から降りてくるなり赤下は声を出した。
すると別の車から女性が降りてきた。
スズキのアルトワークス。
この車に搭乗するのは加野という女性だ。
加野は負けん気の強い男勝りな性格で、そこいらのヘタレな男よりも男らしい。
そんな加野を皆は女性だからと特別扱いはしない。
男女間を越えた仲間なのだ。
「赤下さんが遅くなってるんですよ!」
加野は笑いながら言った。
「アホ言え!!俺はいつでも最速や!!」
「射精も最速ですか!?」
「それは遅漏や!!!」
赤下と加野が下ネタで盛り上がってると、峠の麓から改造車の排気音が聞こえた。
「何かあがってくるな。」
赤下は排気音が聞こえる麓を見た。
車のヘッドライトの光がもの凄い速さでこちらに向かってくる。
その光は瞬く間に赤下と加野を照らすところまで来た。
ホンダ サイバーCR-X。
1トンを切る車重に短いホイールベース。
コーナーを駆け抜けるために生まれた車だ。
「すんません遅くなって!」
CRーXから降りてきた男が赤下と加野に声をかけた。
この男は麻生。
赤下、加野と共に柏原峠を走る仲間だ。
大のホンダ好きでVTECエンジンに憧れを持っているが
麻生の乗るCRーXはVTECエンジンではない。
低グレードの1500ccのキャブエンジンだ。
本人曰く「キャブなのがしぶいだろ。」と言うが
実のところはVTECエンジンを買うお金がないだけである。
「遅いわよ!」
加野に怒られる。
「いやぁーごめんって!」
「そういや2人は明日はモーターパーク鈴鹿にご出勤か。」
赤下が言う。
モーターパーク鈴鹿とは三重県鈴鹿市にある小さなサーキットだ。
麻生と加野はモーターパーク鈴鹿によく走行練習に行っている。
「ええ。どうせならベクターの皆で行きたかったですけど。」
麻生が言った。
ベクターとは麻生達が作った走り屋のチーム名だ。
他にも走り仲間が数人いる。
「おじさんは明日仕事やからな。」
赤下が言った。
ベクターでは最年長の赤下は自身のことをたまにおじさんという。
誰かから「おじさん」と言われると猛烈に批判するのだが…。
「まぁせいぜい晴れることを祈るわ。雨男と一緒だし。」
「あ、雨男って俺かぁ!?」
麻生が自分を指さす。
そう、麻生が何かするときはいつも雨。
デートの日も、走行会も。
雨ばっかりなのだ。
対して加野は晴れ女だ。
当日の予報が雨でも雲を蹴散らし晴れにする。
驚異の力だ。
この相対する二人が一緒に行動すると気象庁も悩むほど天候が分からなくなる。
麻生が勝って大雨になることもあれば
加野が勝って晴天になることもある。
引き分けになってグズグズの天気の時もある。
「明日はどっちが勝つんやろうな。」
赤下がニヤニヤしながら言った。