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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

『言葉の悪魔』にある「善性の徴収」の話と、化石が掘りにいけなかった悲しい思い出による言葉の悪魔の誕生について。

作者: ぽぴ
掲載日:2026/04/07


『言葉の悪魔』とは、最近、私が素直に書いたエッセイのタイトルだ。


このエッセイでは、言葉による契約、いわば自身の信念の話をしている。実際に、悪魔と契約しているわけではない。






 私は、心のおもむくままに『言葉の悪魔』というエッセイを書いた(未投稿)。


その内容を要約すると、「私は言葉に誠実に向き合いたい。『必ず』や『絶対』、『約束』や『命をかける』といった言葉は契約であり、果たさなければ相手の善性(善性=生命)を奪うことになる」といった話だ。


※あとがきに『言葉の悪魔(全文)』を載せてます。



 さて、『必ず』や『絶対』などの″契約″を果たさなければ、なぜ相手の善性を奪う事になるのか。


これは、単に「相手を傷つけるから」と言った道徳的な話ではない。


それを今から解説する。


 なるべく、分かりやすい説明を心がけるが、念のため私の考えをあらかじめ説明しておく。


簡単に言ってしまえば、「『必ず』などの言葉による契約を果たさない行為は、相手の生命の一部を奪う行為に等しい」と私は考えている。


では、つぎの◇から、説明を始める。




 私からすると、「必ず」、「絶対」といった強力な装飾語(修飾語)は、時間をかけて築くはずの信頼を、相手の信心を担保にし、すぐに築ける″魔法の言葉″だ。


通常、人は初対面の相手を信用することはまずない。


しかし、大抵の人間は、初対面の相手が「必ず〜します」や「絶対に〜やります」と言ったとき、とりあえずは信用するだろう。


なぜなら、人を疑う行為は悪いこと、といった倫理が心にあるからだ。


 「必ず」や「絶対」といった魔法の言葉による″魔法契約″を頻繁に行う人間は、それを肌感で知っている。


そして契約後に、「(その場さえ丸く収まればいい)」

「(周囲にいい顔ができればいい)」といった身勝手な理由から、契約を果たさない。


この一連の流れは、他人の信心を犠牲に、自分の私腹(評価や娯楽)を肥やす行為にほかならない。


 私はこの行為のことを「善性(生命)の徴収」と呼んでいる。


 ″善性″とは、相手の精神エネルギーであり、相手の生命そのものだ。


人に裏切られた人間が心に痛みを感じるのはなぜか。


それは、契約の不履行によって、自身の生命を大量に徴収されてしまったからだ。


 つまり、契約の言葉を発し、魔法契約を交わした以上、その契約を履行じっこうしなければ相手の善性(生命)を奪うことになる、というのが私の考えだ。


 善性の徴収は、「約束」や「命をかける」といった言葉でも起きる。


 この言葉たちは、「必ず」と言った言葉たちより、更に強力な魔法の言葉だ。


人の人生を強く拘束するための、「強力な魔法契約を結ぶ言葉」と言えば、イメージしやすいだろうか。


 もし、この言葉を織り込んだ契約を果たさないならば、生命の徴収に加え、″相手の思い出を引き裂いた″という結果が付随する。



この話を「小説家になろう」で例えるならば、


結婚の「約束」を破られる婚約破棄。


「命をかけて守るから」という言葉を信じていたら、そうそうに捨てられる家族や異性、または友人。


 「約束」や「命をかける」と言った言葉は、相手の人生を大きく左右する強力な言葉であり、契約が果たされなかったときの被害は、より深刻なものになる。



 ゆえに私は、「必ず」や「絶対」といった言葉、さらには、「約束」や「命をかける」といった言葉で契約を結んだならば、その言葉通りに実行すべきだ、と考えている。



表現として使う分には、問題は無い(ここ重要!)。



しかし、真剣な場や顔で魔法の言葉を唱えたならば、話は別だ。


それは、『厳密な契約』だ。

果たさなければ、相手の生命を奪う事になる。





 私の中には、言葉の悪魔がいる。この悪魔は「化石が掘りにいけなかった」という幼少期の悲しい思い出が生み出した。


 私の母はパーソナリティ障害者で、衝動的に「祖父は車にはねられて死んだよ」といった、酷くユーモアに欠けた嘘を家に並べる。


 私の父……と言っても義父だが、彼は身体障害者であり、人を蹴落として生きてきたために、大きな被害妄想を抱えている。家では変な機械を振り回し、「盗聴されている」と騒ぐ。


その上で、庭に入ってくる野良猫を殺すために、ホウ酸団子(毒)を混ぜた猫缶を庭に並べる。


庭に野良猫が入ってくるのは、彼が死んだ熱帯魚を庭先に投げ捨てているからだ。


因果関係が、少しも分からないらしい。



 そんな、にわかには信じられない「魔界」のような環境で育った私だが、妹たちが産まれるその時までは、ほんの一時の幸せを握りしめていた時期がある。


 ある日。義父は「本物の化石が掘りにいける場所がある。近くでイルカも見れるらしい」と言い、再婚相手に付いた″こぶ″である私を喜ばせようと、旅行を計画してくれた。



 旅行には、義父、母、私、そして、双子の妹たちの5人で行った。


 泊まった古いホテルからは、防波堤に打ち寄せる波が見え、――ああいう場所に化石があるのかな?明日は楽しみだな――と、私は足下の畳を、伸びきった爪でイジりながら、物思いにふけていた。



後ろでは、ずっと妹たちが泣いている。



 すると、壁から「ドンッ!!ドン!ドン!」と大きな音がした。


両親の反応を見るに、どうやら妹たちの泣き声に迷惑をしている隣の部屋の人が、壁で太鼓の達人を始めたらしい。



リズム的には、フルコンボだ。



 義父はすぐにフロントに行って、チェックアウトを申し出た。当然、フロントの人は「なにかございましたでしょうか…?」と消え入りそうな声で聞く。


 義父は理由を説明し、フロントの人は「それでしたら、両室が空いているお部屋を手配しますので……」と言ってくれたが、義父は最後まで話を聞かずに「いいです」と言い切り、本当にホテルをチェックアウトしてしまった。


そして義父は、「今度、また″絶対″化石を掘りに来ような」と言い、赤い目をした私の頭をワシャワシャと撫でた。


泣きつかれた私は車の中で眠りにつこうとした。


悲しい出来事だけれど、――つぎがあるから。妹たちも赤ちゃんだからしょうがない――と言い聞かせて眠りについた。


……その日から何年も経った。妹たちは言葉を話し、元気に走り回るくらいには大きくなっていた。



 妹たちは双子で、何かと時間と金銭的な手間がかかった。それに、両親のW不倫によるWideワイドな慰謝料の支払い、家や車のローンの支払いなどがあったようで、いよいよ″瘤″に割く余裕は無くなった。


ついに、「絶対」という言葉は果たされなかった。



 おかしくなった両親は、幼い妹たちに呪詛を込める。


「あいつは家族の悪口をいつも言っている」と。


 ビビリの両親は、私の成長による力関係の逆転を過度に恐れた。ゆえに、その日を迎える前に妹たちへ熱心に呪詛を込めた。


将来、私が妹たちに迫害されるように仕向けるためだ。両親は、自分たちの契約の不履行を隠すために、妹たちの善性を徴収したのだ。


被害妄想の強い義父は、

扉に少しでも隙間があればこちらを覗いてくる。



こんな環境でも神が助けてくれないなら、

契約を守る分、悪魔のほうがマシに思えた。




そんな魔界育ちの私は、「言葉の悪魔(信念)」と契約した。


『言葉』とは、人を騙すためのものだ。

だからこそ、契約は果たされなければならない。


安易に他人の善性を徴収すれば、

自分も両親のような魔族になってしまう。


言葉の悪魔は、私に汚れた紙を差し出した。


「徴収さえしなければ、この魔界から″必ず″抜け出させてやる。『言葉の悪魔』である私の″命をかけてもいい″」と。


私はその紙にサインした。


しかし、この契約はパラドックスを含んでいた。


 このエッセイをここまで読んでいるあなたも、前半の「言葉による契約」を熱心に解説する私を見て、その様子に――何か怖いもの――を感じたはずだ。


 「魔界から抜け出す」という契約を悪魔と交わした人間は、純粋な人間ではいられない。純粋な人間は、そもそも悪魔と契約したりしない。


ゆえに、魔界から抜け出せたとしても、その先の世界で私は、両親たちのような魔族と変わらない「異形」として扱われる。


契約を果たすたびに、

私には異形の皮が張り付けられる。


とても()()な、善き世界だと思う。





『言葉の悪魔』


【まえがき】


※概念には『 』を、物理的な物には「 」をつけています。


本文


 私にとって『言葉』とは、人を騙すためのものだ。パーソナリティ障害者の母や統失の父、利己的な祖父母や、規範や倫理を破る宗教家の保護司。


私の周りには、こういった「言葉」を使い人を騙す人間。いうなれば、言葉を操り、他者の生命を徴収する魔物がいる。


だからこそ、概念としての『言葉』は、人を騙すためのものだと感じている。


 その一方で、私は誠実に「言葉」を使いたいと思っている。そうすれば、母のように嘘に溺れ、孤立し、虚構の狭間で存在するだけの人間にはならず、倫理や規範を破る偽の神弁者にもならない、と考えている。


ゆえに、私が「命をかける」と言ったならば、本当に命をかける。それ以外の意味はない。


命を引き換えに、必ず目標を達成する。


 そんな私の目の前で、軽々しく「命をかける」と口にした人間がいたとき、私はその人の命を奪ってしまうかもしれない。


「絶対」「必ず」「約束」

そして、「命をかける」。


これらの言葉は契約である。

果たされなければ、相手の善性を奪う事になる。


 もし私が悪魔になったなら、言葉の悪魔として人々の善性を守るんだろうな。そして、いつしか私はその善性に殺されるんだろうな。


だって、所詮は悪魔なのだから。



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