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聖騎士アデルは辞められない  作者: 笛吹葉月


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8/8

エピローグ

 小さな町の通りにひっそりと佇むその店には、目立った看板もなければ、宣伝もしていない。けれど時折、物好きがふらりと立ち寄り、店主のうんちくを聞いては満足して帰っていく。


「これ、昔の工房で使われてた天球儀なんですよ。回してみます?」


 アデルは微笑みながら客に応じ、売る気のあるようなないような口調で応対する。


 陽の落ちた夕方、客が引けてひと段落ついたところで、彼は湯を沸かしに奥へと引っ込んだ。手にした茶器は少し欠けているが、お気に入りだ。

 幸い、第二の人生を決心できた程度には蓄えもある。好きなものに囲まれて、好きなものを手入れしながら暮らす日々。夢にまで見た生活だった。


 それでも、ふと、胸の奥が疼くことがある。

 あれから幾度となく思い出した。あの祭りの夜、輪の中で踊ったひと時、そしてそのあと。

 翌朝、泊まっていたはずの宿屋へ迎えに行った時には、彼女の姿は部屋になかった。そして、机の上には一枚の紙片。


 ――ありがとう。これで十分です。どうか、お元気で。


 『これで十分』とは、なんだったのか。あれほど多くを語り、笑い合ったのに、彼女は何も言わずに去っていった。

 彼女がそれから何をしているかも、定かではない。最後の任務を終えてすぐ、約束通りに退職願は受理された。



「こんにちは」


 店先に吊るした鈴の音にまぎれて、愉しげな声がした。

アデルが顔を上げると、店の入り口に立つ、見慣れない客。……否、見慣れていないふり(・・)をしているだけだ。

 以前より軽く日焼けした肌。肩までの髪を風になびかせ、男物の上着を羽織っている。けれどその瞳は、まぎれもなく。


「またお忍びですか? 姫様」


 アデルが穏やかに笑えば、セラフィーナ──名もなき旅人(・・・・・・)は、微笑んで帽子を取った。


「もうばれてしまいましたの?」

「そりゃあ、マントの縫い目から靴の癖まで覚えてますからね。あと、香水が一緒」

「やっぱり、あなたは鋭いですわね」


 セラフィーナはくすりと笑うと、そっとカウンターの前に腰を下ろした。


「夢、叶いましたのね」

「ええ。なんとか、ね。のんびりやってますよ。王女様の監視役がついてこないぶん、随分と気楽です」

「まあ失礼な。今日はお客さんとして来てあげたのに」

「お客さんなら、お買い物しないと」


 アデルは、棚から小さな銀の手鏡を取り出す。どうやら好みを当てられたらしく、少女は少しだけ身を乗り出した。


「当店の店主は頑固者ですから、値切りは通用しませんよ」


 セラフィーナはひょいと眉を上げる。


「そうね……でも、交渉はしてみてもいいかしら?」

「ええ、受けて立ちます。けど、俺はまけませんよ」


 二人の視線がぶつかり、笑いがこぼれる。

 あの夜とは違うけれど、同じようにあたたかい風が吹いていた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

誰も死なない、怖いことは起きない……他の作品も含め、眠る前のお口直しを目指しています。少しでもホッとしていただけたなら幸いです。お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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