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聖騎士アデルは辞められない  作者: 笛吹葉月


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6/8

王女の目的

 夕暮れが近づき、石畳の街道に屋台が並び始める。香ばしい匂いと弦楽の音が混ざり合い、いよいよ祭りの準備も大詰めといった雰囲気だ。


「どうにか着きましたわね。……ちょっとだけ、寄り道してもいいかしら?」


 セラフィーナが立ち止まってアデルを振り返る。


「目的地は?」

「秘密」

「ダメですね」


 ぴしゃりと即答すると、彼女は少しむくれたように唇を尖らせた。


「本当に少しだけ。お願いします」


 アデルはため息をひとつ。


「対象の『少しだけ』が信用できないのは護衛あるあるですが、……まあ、ここからそう遠くに行かないと約束していただければ」

「ええ、ちゃんと戻ってくるわ!」


 それだけ言うと、セラフィーナは人混みに紛れるように、軽やかに歩き出した。

 ああは言ったが、黙って見送るはずもない。アデルがこっそりと後をつけると、彼女が入っていったのは、小さな通りに面した古びた建物。町の診療所だった。

 通りに現れる子どもたちに笑いかけながら、医師と思しき老爺に、小さいが重たげな袋を渡している。何度も頭を下げる老医師の姿に、アデルはそっと苦笑した。やはり、王女の目的はこちらだったのだろう。



 何食わぬ顔で戻ってきたセラフィーナを、アデルの側も、同じ場所で待ち続けていたかのように出迎えた。


「お待たせしてごめんなさい。お土産はないけれど、面白そうな通りを見つけました」

「まだ祭りが始まるまでは時間がある。屋台でも見てみますか?」

「はい、ぜひ!」


 小広場では、浮足立った様子の市民が行き交っていた。華やかな飾りを手にした子どもたちが笑い声を上げ、屋台の串焼きや砂糖菓子の匂いが風に混ざる。


「ねえ、あれ……!」


 セラフィーナが小さく声を上げ、裾を引いた。彼女の視線の先には、ガラス細工の屋台。色とりどりの小瓶や装飾品が夕陽に透けてきらめいている。


「ほら、見て。この星の形、可愛らしいですわ」

「買っていきますか?」

「いいえ、見るだけ。でもこういうの、好きなの」


 セラフィーナの横顔を見ながら、アデルは微笑む。


「意外でした。もっと実用一点張りな方かと」

「そう見えましたか? あなたこそ、騎士というのは無駄を嫌いそうですけど」

「俺も別に嫌いじゃないですよ。それにほら、何事をするにも心の余裕は大事です。あの昼間の店も、もう少し換気がよくされてたら常連になってたかも」

「あそこも楽しいお店でしたわね!」


 と、そのとき。セラフィーナがふっと目線を斜め後ろに向けた。


「……また、ついてきてるわね」


 柔らかな笑みのまま、その声音は確かに鋭さを帯びていた。


「例の監視役ですか?」

「ええ。あからさまには見ないで。たぶん、こちらが気づいていないと思っています。……ちょっとだけ、いたずらをしてしまいましょうか」

「え?」


 目線で促され、裏路地へ。次の瞬間、セラフィーナは突然くるりと向き直り、アデルの胸元へと飛び込んだ。


「ヴォーレ・メス、ダーレナ・イスト……!」


 異国の言葉とともに、顔を寄せ、唇を近づけて――。


「っ……!? ちょっ……!」

「イスト・ヴォール、ミーア!」


 大袈裟に頬へキスを仕掛けるふりをしながら、腕に抱きつく。

 後方にいた監視役の気配は、しばらく留まっていたのだが。やがて、方向を変え立ち去っていった。


 足音が遠ざかるのを確認したところで、セラフィーナはアデルの胸元から顔を離した。


「……ふう、どうにか撒きましたわね」

「撒きましたわね、じゃないんすよ……!」


 あれだけ大胆な振る舞いを見て、遠目には王女様だと誰も思うまい。アデルは心を落ち着けるべく深呼吸をひとつしてから、口を開いた。


「さっきの言葉、どこで覚えたんですか」

「外交修行中ですもの。いざという時のために、ちょっとだけ」

「ちょっとで、あんなに流暢にキスをせがむ台詞が出るんですね」

「あら……あなた、話せるの?」

「今どきの聖騎士は、剣だけじゃなく、ペンも握れないと務まりませんから」

「ふふ、あなたに去られてしまう団長に同情しますわ。それで、私のお芝居はどうでした?」


 その笑顔に、アデルは観念したように肩を落とす。


「監視を撒いたら、もう単独行動しないでくださいよ。心臓に悪い」

「ごめんなさい。でも、何かあってもあなたがいるし」

「それは光栄ですけど。……じゃあ、俺が任務をつつがなく進められるように、ひとつ訊いてもいいですか?」

「なにかしら?」


 アデルは足元の小石をつま先で蹴った。


「姫様。さっき、診療所に行きましたよね?」


 セラフィーナは一瞬、目を丸くする。


「見てたんですの?」

「いえ、全部は。まあ、袖のインクも気になってましたし」


 指さすと、セラフィーナは自分の右袖を見下ろす。薄くついた黒い汚れ。修道院の掲示板にでも擦れたのだろうと言えば、今度は少女が肩をすくめる番だった。


「抜け目がありませんわね」

「仕事ですから」


 セラフィーナはふうとため息をつく。


「……城に籠もっていては助けられない者もいます。これは私個人のわがままで、王家の事業とは関係ありませんわ」

「今までよく騒ぎになりませんでしたね」

「もちろん素性は明かしません。皆様には、とある慈善団体からの寄付とお伝えしていますから。それに、まさか王族が直接訪ねてくるとは思わないでしょう?」

「演技が板についているわけだ」

「方言を真似るのもコツですのよ」

「監視役ってのも大変だろうな」


 そう言いつつ、アデルは唐突にセラフィーナの手をとり、まっすぐ前を指差した。その先には、屋台の灯りに照らされた仮装店がある。扇型の仮面や、花を模した髪飾り、リボン、色とりどりの布地が風に揺れていた。


「今朝、祭りを一番楽しみにしてるって言ってましたよね。なら、ああいうのを見ておかないと損です」

「……誘ってくれるの?」

「護衛ですから」


 セラフィーナは笑みを浮かべ、少しだけ顔を赤らめた。


「ねえ。今日だけ、アデルと呼んでもいいかしら?」

「セラフィーナ様の仰せのままに」


 石畳に灯りがともり始め、音楽と笑い声が街を彩っていく。二人は軽く手を引き合って、祭りの始まりへと踏み込んだ。


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